表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女装をした陰キャ、時給2000円でママになる  作者: 久遠ノト
1-4 小説家とVtuberと友達と:ただ友達と遊ぼうとしただけなのに
53/58

53 これ……触っていい?



 海岸のシャワーは個室で、カーテンが膝丈辺りまで伸びてるタイプ。そこにボクとイオは二人で転がり込んだ。


「なんでっ……こんなトコでそんなコトになってんだよっ!」


 狭い個室で恥ずかしそうに話すイオ。


 一方ボクは顔を腕で覆って必死に堪えている。今、イオを見るのもやばいし、距離感を感じるのもやばいし、匂いとかもやばいし、とかく五感から得られる情報が全部エマージェンシーなのだ。


「おい、ミオ! なんでって」


「だって……イオが……抱きしめたからっ!」


「私に抱きしめられたくらいでそうなるのかよっ! ならないだろ!」


「…………なるよ……」


「んなっ……」


 もー、頭が熱い。ぽかぽかする。じんじんもする。

 あー……涙でてきた。


「おいっ、ミオ! もっと詳細をっ」


 ぐいっと腕を下げられ、目と目があった。


「……詳細なんて……イオは可愛いし、魅力的だし、逆になんでならないと思うのか、そっちの詳細を教えてほしいよ」


「みっ、魅力的だって言っても……」


「魅力的だよ……すごく」


 こつこつ、とカーテンの向こうを人が歩く音が聞こえて、喋るのを止めた。

 

 汗をかいた二人が狭い個室で見つめ合う。やがて、イオが耳元で声量を抑えた声で。


「で、でもっ、おまえっ……男だけど、その……女だって」


 ここで大学で話をした「女になりたい」という話が出てきた。でも待って欲しい。ボクはそれに一石を投じることができる!


「イオだって男になりたいけど胸が大きいって言ってたじゃん!」


「はあっ!?」


 大きな声が出て、2人で口を手で押えた。


「それがなんだよ……!」


「それがボクにとってのコレだよ! 自然現象! 仕方がないのっ! 抗えないの! どうしようもないんだよっ……!」


 そう、あるものは仕方ないのだ。だってあるんだもん。

 そして、脳みそが信号を送れば、反応をするんだもん。


「そんなこと言ったって……でも、私だぞ!? 私にそんな、だって、硬くして……こんな魅力がない奴に……そんなことなるわけ」


「イオは可愛いよ! なんでそんなこと言うのさ!」


「かっ、かっ、かわっ」


「可愛いよ……可愛いでしょうよ。普段はカッコいいけどさ、可愛いよ」


「わたしが……かわいい……?」


「ボクみたいなのにも優しく接してくれるし、頼りがいがあってカッコいいのに、女の子らしいところもあって。普段使う筆記用具もピンク色がちょっと入ってたり、部屋で座る時の姿勢とか、ぬいぐるみで会話してきたり、甘い物好きなところとか――」


 そこで言いすぎたのでは、と思った。


 イオは男になりたい。おそらく、可愛い、と言われるのは好ましくないのではないかと。ヒートアップしていたとはいえ、喋りすぎた。イオも顔が固まってるし……。


「気分を悪くしたなら……ごめん……」


 イオは結構カワイイ系を好んでるが、おそらく無意識かもしれない。


 ガサツな所はあるけど、家は綺麗だし、窓ガラスの下にシールが貼ってあったし、勉強会の時にモコモコの寝巻きも見えてたし……。


「……いや、謝らなくていい。私の方こそ、ごめん」


 俯くイオ。頭をボクの胸に押し付けて謝ってきた。


 でも、これで、ようやく丸く収まりそうだ。あとはボクのコレを鎮めたら終わりで──


「ミオの言いたいこと、分かった」


 ん?


「……言いたいこと……?」


「私のせいでこうなったんだもんな……」


「こう……?」


 なんだ、急に会話が噛み合わなくなったぞ。


 イオの言葉を待ってると、ボクの方をゆっくりと見上げてきた。


 その時のイオの顔は見たことがない顔をしていて――





「コレ……触っていい?」





 湯でダコのように真っ赤な顔で。

 大粒の汗を垂らして。

 引き攣るように笑みを浮かべていて。

 

「……え、イオ?」


「興味がある! だって、私にない物だぞ!? だってほらっ、私の股間にはなんにもない!」


「それは、そうだけど。いや、だとしても」


 何を言い出したんだこれは……!

 イオが蒼央さんみたいなテンションになってるっ!


「フェアじゃないから公言するが、私も絶賛盛り上がってる」


「ばっ! 知らないよっ! ってか何言っちゃってるの!?」


 イオが壊れちゃったっ!

 あの真面目なイオが! カッコいいイオが!!

 いや、先に壊れたのはボクだけどさ!


「おら、手を貸せ! ほら! 熱いだろココ!」


 イオが僕の手を握り、鼠径部に押し当ててきた。突然の出来事にボクは動けずに、顔だけをそむけた。


 手から伝わってくる温かさが頭に浸食するのを必死に堪える。


「私も興奮してるのが分かった?」


「分かったから……分かったから……イオ……」


「これでフェアだな!」


「フェア……?」


「ミオだけに恥ずかしい思いはさせん。それがダチだ!」 


 どーん、と腕を組んだイオは相変わらず耳まで真っ赤のままで。


「……まさか、わざわざそのために……?」


「どうにかして、私も……なんだ、その……昂ってることを伝えたかった! 下品だったけど……その……気持ち悪かったら……ごめん」


「いや、えっと……」


「嫌そうな顔してたろ、さっき」


「ビックリしただけ! さすがに……その……女性のそこ触ったこと無かったから……」


「そ、そうか……」


「…………うん」


 心臓の音が凄くうるさい。

 

 イオのまつげがこんなに長いなんて気が付かなかった。


 目の色も、唇の色も。

 

 ちょっと日焼けして、赤らんだ肌も。


「ミオ……わたしの心臓凄いことになってる」 


「ボクも……」


 というと、イオはボクの脇下から腕を通して――体を寄せてきた。


 むにっと胸がボクに当たって潰されて、振動が伝わってきた。


「すごいね、たしかに」


「ミオのもすごい……はやい」


「…………」


「……」


「……なんか、照れるな、こういうのって」


「うん……」


「いやいや、そこは茶化してくれないと」


「できないよ……頭が回ってないもん」


 イオの手が段々と上がってきた。


 ボクの頭を支えるようにして……顔がよく見える距離まで下がった。


「お互いに回ってないんだな」


 その後に続く言葉は「じゃあ、仕方ないな」だと思った。


 これからボクらがするであろう行為を正当化するための言い訳。それが互いから出たのだから、それはもう仕方がないのだろう、と。


 そしてその考えは、イオの蕩けたような顔を見て確信に変わった。


 1度離れたはずの体が再び近づき、互いの吐息が当たる距離まで来て。


「――イオ、それはダメだ」


「むぐ」


 ボクはなんとかギリギリのところで理性を保った。

 

 重ねられるはずだった唇は二本指が代わりに受け止めた。

 

「ボクらは、その……そういう関係じゃないから。流れでやっちゃうのは……イオも後悔すると思う」


 危なかった。

 ほんとうに、危なかった。

 あのままだったら、そのままズルズルと互いのどちらが止めるまで続けてた気がする。


「……それに、ボクは……渋い男じゃないからさ」


「…………」


「だから――」


「オイ、こら」


 イオはボクの頬を下から掴みあげ、ギロッと睨み上げてきた。


「か、勘違いすんな! 私はただ……そのっ、ミオの頭に貝殻がついてたから取ろうとしただけだ!」


「……えっ?」


 そう言うとボクから小さな破片を取り、ほらな、と見せてきた。


「でもさっきの……あの、露骨な……」


「あれは前髪にもないかって見つめてただけ! なんだよー。まさか、私がキスをするとでも思ったのか? それっ」


 イオはキュルッとシャワーの蛇口をひねり、二人で水まみれになった。呆気に取られてるボクの頬をつねり、


「砂まみれだからシャワーしな! 私は外で待ってるから!」


「う……うん」


「じゃ、終わったら来いよ~」


 そう言い、手をひらひらさせて消えていったイオ。


 足音も完全に聞こえなくなってから、シャワーの温度を上げた。ざあざあと降り注ぎ、耳に入ってくる音が全部それになった。


 砂混じりの水が排水口に流れていくのを眺めて。

 さっきまでの光景が頭から離れてくれなくて。

 ボクは口を手で覆った。


「……意識させるようなことをしたら……ダメなんだってば……」


 イオはあくまで友達の延長線上みたいな感じだったけど、

 

「あんな態度取られて、意識しない、は無理だって」


 イオは嘘をつかない。なぜなら渋い男が好きだからだ。だから、最後のあれも本当にそうで。


 ただ、ボクの脳みそがピンクだったからそう見えてただけ。イオは、なにも、気にしてなんか……。


 ――お互いに回ってないんだな。


「…………」


 頭が冷えるまでシャワーを浴びることにした。





 私の名前は伊尾祈織。

 岡山から上京してきた大学1年生。

 昔から男に憧れていて、渋くて男になりたいって願望がある。


 そんな私は、女よりも女らしい男子学生に出会った。


 そいつが本当にいい奴で、私がしたいことをしてくれるし、嫌な顔一つせずに遊んでくれる。理想の女友達って感じだったんだけど……私のせいで彼の男性的な部分が……その、元気になっちゃったらしくて。


 唇に残った彼の指の感触に自分の指を重ねた。


「やばいなぁ……どうしちまったんだ……」


 今までこんな感情になったことが無かった。


 感情に支配されたような感覚。


 自分の意思があるのに、全てがソレを肯定している感覚。


 乾いた喉を潤すように、減ったお腹を満たすように。私の身体は、あの瞬間、ミオの身体を欲したのだ。


「なんなんだあ……!」


 それに、私は、嘘をついた!

 男性に憧れていたからこそ『嘘はつかない』と決めて過ごしていたのに……。


 ──なんだよー。まさか、私がキスをするとでも思ったのか。


 咄嗟に嘘をついた。

 そうした方がいいと思ったから。

 あのままいけば、彼に拒まれると感じたから。

 怖くなって、嫌われる気がして、不安になって。


「この感情って……なんなんだよぉ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ