43 男らしさと女らしさ
大学が終わってから【初めての勉強会】をすることになった。
ただ、キャンパスを出てから電車に乗ったりして、しばらく移動して……。
「荷物適当な場所に置いていいぞ。ベッドの上とかでもいいし」
「……えーと、イオの家でするんだ?」
連れてこられたのは学生マンションの一室。
「家以外で勉強したらお金かかるだろ? 図書館も静かにしないとダメだし、ファミレスも長時間だと困るしな。岡山じゃあ怒られること少なかったけど、東京はほら人が多いし」
「たしかに……」
イオさんって本当になんで革ジャン着てたんだろう。こんなに素直で真面目な性格してるのに。
「……女の子の家に上がるの初めてかも」
イオさんの家、普通に綺麗で感動してる。木目調の床に白を基調にした部屋で、ワンルームを限られたスペースを上手く活用してる。
なんか感動する。渋い男性のポスターとか白黒の相撲のポスターとか貼ってる辺りがイオさんらしいと思う。「状況をひっくり返せ」というキャッチコピーなのもらしさがある。
「……イオ? どうしたの?」
部屋を見ていたら、冷蔵庫を足で閉めた体勢のまま止まっていた。
「え」
「え?」
「あー、そーか! わたし、女か! 性別のこと考えてなかった! ミオと一緒にいたらさ、男とか女とか考えなくていいからさ」
「まぁ、そういう気にしなくても良い仲だからね、ボクら」
「そーだぞー。変なことを言い出すからちょっと焦った。ミオじゃなかったら、私は異性を部屋に連れ込んだやべーやつになっちまうからな〜」
「んー? んー……ん! だね!」
事実としてそうなんだけどね? まぁ、イオさんが良いならいっか。
それからイオさんが机を出してくれて、横に座って勉強をすることに。
「……いつも背負ってたギターケースみたいな奴、鞄なんだ」
「だぞ。親父が貸してくれた。舐められねぇようにって。革ジャンとかもそれ」
上部が筆箱とかの小物入れになってて、ギターの胴体? にあたる部分には資料を入れれるように二段構造になってる。どこで買えるんだろう、そういうの。
「でも、コレのせいで軽音部とか合唱部とか……あとは、今日みたいな小汚い金髪とか茶髪の男ばかり集まってきてよ~。まーじで逆効果だったわ」
革ジャンを着てて、金髪でギターケース背負ってる女子。まぁ、そういう人たちが声を掛けるのも分かる気がする。
「じゃあ、まだ記憶が新しい内に地方経済史からやっていくか。テスト範囲広いよなあ……どっから出んだマジで……」
そういって悩みだしたイオさんに心の中で首を傾げた。
あれ、過去問とかそういうのもらってないのか? という奴である。
「サークルの先輩とかは知ってたりしないのかなー……」
「ン?」
「あ、いや、その……大学あるあるでさ。先輩から過去問〜とかって」
なんて遠回しに言ってみると、目をぱちくりとさせていた。
「フツーに問題用紙も回収されるし、過去問と同じ問題は出さないらしいぞ。逆に過去問がどうたらって言ってるトコは近づかん方が良いな。普通に学校側も認知してるから対策されるっぽいし」
「え、じゃあ……噂で聞いたアレは」
「大学にもよるんじゃね? 少なくとも、ココはそういうのないらしい」
そうなんだ……そうなのか……。ということは、ボクはすごく嫌な奴じゃないか? 陽キャは過去問を知れて、楽が出来ていいなぁとか。イオさんは過去問を知ってるかもとか。
(ううう……ボクは悪いやつだあ……っ)
楽をしようとして、イオさんに近づいてさあ。
人と触れ合うと自分の人間性があけすけになる……。
「ごめんね、イオ。ボク、悪いやつで……」
「あン? ミオはいい奴だろ。私のダチは全員いい奴しかいねーよ」
「もぉ……イオはかっこいいなぁ」
ほんと、男よりも男らしい。見習うべきだな〜。しれっとそういうセリフが言えるのはイオさんの強みだ。
「んぅ……」
とりあえずテスト範囲の書き出しと、レジュメのまとめをしていくとして……うーむ、やることが多いな。
口元に手を当ててなにかするべきかと悩んでいると、イオさんがこちらを見ていることに気づいた。
「どうしたの?」
「……いや、ミオも、人のことは言えんなって」
「え?」
「なんでもない」
「ええ? なにさ。男らしくないなー」
「ここは多分、言わなくていい奴だから」
「そー? そーなら良いんだけど」
まぁ、追求するようなアレでもないだろうし。
◇◇◇
ピンク色の髪をかきあげ、落ちて来ないように耳にかけた。
ピアスをしたら似合いそうな綺麗な耳が特段魅力的に見えるのは、唇に重ねた人差し指のせいだろうか。
小さく「んぅ……」と呟き、レジュメを眺める目の上の睫毛は羨むほど長い。化粧をしていない素肌は日々の手入れによって潤い、毛穴の見えないたまご肌で。
口から出てくる言葉は時折、乱暴になることもあるけれど、他人を慮る【大和撫子】然としている。事実、隣にいる彼女にとって、彼の言葉というのは非常に心地の良いものだった。
(理想の女ってこういうのを言うのかな)
伊尾祈織は、隣の美麗な男子を眺めていた。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。なんて言葉があるが、ピンク色の頭髪も相まって、花をそのまま人間にしたような姿だ。
(ミオは私のことを男らしいっていうけど……)
悩む姿ですら女性よりも女性らしい彼を優しく見つめていると、目が合った。
「どうしたの?」
「……いや、ミオも、人のことは言えんなって」
「え?」
「なんでもない」
「ええ? なにさ。男らしくないなー」
「ここは、多分、言わなくていい奴だから」
「そー? そーなら良いんだけど」
そう言い、また教科書とレジュメを前にして悩み始めた。
その横で伊尾も同じ資料を広げて勉強を始める。テストの日までまだ時間は長い。