39 ええい、足を絡ませてくるな!
蒼央さんとの雇用契約書には小説の手伝いと書いてあった。小説の手伝いという名目であれば、色々なことができるからな! とか言ってたのも記憶に新しい。
でも、さっきのは違うんじゃないかなあ!! コレのせいで上着を余計に一枚持って、前を隠さないといけないんだけど。
媚薬ってこんな効果あるの!? 絶対に適量以上入れたでしょ! そもそもなんでそんなの持ってるんだって話だよ。
(くそぉ……すごいムラムラする……)
それに、危なかった。
ましろくんがいなかったら……多分、あのまま──……。
「……ううう……」
ママであるべし。ママであるべし。……冷静になれ、心音。
くそぉ、ボクは男で大学生だぞ……。誘惑されたらそりゃあ負けちゃうよ……薬なんかも使われたら、無理じゃん。
その挙げ句、あんなかわいい声で……。
──ミオちゃん専用〜……なんちゃって。
「……刺激が強すぎるんだよぉ……っ」
そんな内情を悟られないようにしつつ、ましろくんにつれてきてもらったのは古民家カフェ。
ゆっくり出来そうな内装だが、人気店のようで、それなりにガヤガヤしていた。四人席で蒼央さんとは離れて座った。ちょっかいかけられたら他の人に迷惑がかかる可能性があるから。
「お待たせしてすみません~。ちょっと迷っちゃって」
「ぜんぜん待ってないです!」
「先生~、久しぶりです~」
「あ、先生~。こちらこそお久しぶりです!」
先に席についてコーヒーを飲んでいると、女性が遅れてやってきた。
青色のメッシュが髪に入っている親しみやすそうな女の人だ。
どうやらましろくんと蒼央さんとは知り合いらしい。
「あ、お姉さんですね? はじめまして! イラストレーターのねこ餃子です」
「どうも……」
「あ、私もアイスコーヒーください。シロップ多めで」
今日来た目的はましろくんのワガママらしいけど。このひとも関係あるのかな? というか、真正面に蒼央さんが座ってるのマズイ。視線から熱を感じる。
あの人、この状況を楽しんでる。普通におかしいだろ、変態め。
「──ッ!?」
蒼央さん、テーブル下でちょっかいかけてきた……!!!
顔を見るとニマと笑っている。足先で触れっ……この人……!
ぺしっと蹴っておいた。ほんっと油断ならん!!
「お姉さんはお二人から何か聞かれてます?
「いっ! いえ、なにも……」
「おー、ってことは今日が初出しと」
「サプライズですよ、サプライズ!」
「ましろくんの中でサプライズのブーム来てるでしょ〜? あの動画見ましたよ~。お隣さんって羨ましいなあ~」
二人が話をしている横で蒼央さんに口パクで「やめてください」と言うと、酔っ払ったように「えー?」と口パクで返された。
「それじゃあ私から話したらいいのかな? よいしょっと」
ねこ餃子さんは持ってきていた肩掛け鞄からタブレットを取り出した。背面には色々なキャラクターのステッカーが貼ってあるのが見えた。
そっか、蒼央さんやましろくんの知り合いならこっち側の人か。最近の人って陰キャも陽キャも見た目があまり変わらないことが多くて、どっちがどっちの人か分からないんだよね。上手く擬態をしているというかなんというか――ええい、足をからませてくるな!
「それで、依頼されていた件なんですけどー」
(依頼? ワガママのことかな?)
タブレットを机の上に出してきて、それを見て、ギョッとした。
「まず、キャラクターのコンセプトなんですが、SNSで上がってるお姉さんの印象を損なわないように作ってまして。インタビューでぼやけてましたけど、ピンク色の髪の毛が見えてましたのでそれをそのまま使わせていただきました。あとは基本ベースが糸目で、たまに開眼する方がいやらしいと話がありましたので、採用させていただきました。私案のボーイッシュな見た目は、次の衣装のご依頼があった時の候補に回させていただく形で」
「全体的にママ味があふれる見た目でバッチリです。タレ目でおっとり系で、簡単にNTRそうな見た目が世の男子を捕まえて離さないと思います」
「お姉さんの優しさ全開の見た目で非常に良いですよね!!」
三人からの視線を受け、再度そのキャラクターを見つめる。
キャラクターの立ち絵に色々な設定が小さな文字でびっしりと書かれてある。初めて見る何かの資料のようなモノを前にして、ボクは頭を頑張って働かせた。
「ええと、えっと……これは、小説のキャラクター……?」
「違いますよ、お姉さん。ぼくのワガママですよ」
というと……なんだ。このキャラクターがなんだっていうんだ。
分からないという視線をましろくんに向けると、にこりと笑って。
「その名も、お姉さんVTuber計画です」
とんでもないことを言ってきた。