36 これが、恋心……!?
蒼央さんが何かいい出した。正直、怖い。
最近構ってなかったって、構ってなかった……? 嘘だろ……? アレで?
『ミオちゃああん、肩を揉んでっ! バキバキでさあー。んッ” お”っ……ああ”』
『いい湯かーい!? 一緒入る!? 背中流す!?』
『たまには添い寝はどうだい? わたし、体温高いぜ? どだい?』
『瓶の牛乳買ったからさ、漫画とかの腕をクロスさせて飲むやつやりたい!』
『メイド服似合ってんじゃあん。じゃあ、今からましろくんの家にレッツゴー! 性癖を捻じ曲げるんだ! おら、突撃じゃあ!』
「──ミオちゃん! どうなのさ! 興味ないのっ!?」
アレで構ってないって言われたら……なにをしたらいいんだ……。
あと、蒼央さんって自分の魅力をご存知ないのか?
「どうなんだい!?」
ぐいぐいと身体を押し当てて聞いてくる。色んな所が密着して仕方がない。オフの姿であっても魅力は衰えない。
それに──興味がない訳がない。なぜなら男子大学生だから。
(だが……これは、蒼央さんの暴走である。そして、ボクは……蒼央さんのママだ)
蒼央さんと接する時にはママであるべし。
額縁に入れて飾って毎日復唱して仕事に望むレベルで、ボクは『二度と、変な気を起こさない』と誓ってる。仕事中に性的興奮を感じたら仕事にならないんだよ!
で、こういう時はなんて返答したらいいんだ……?
興味がありません──うん、嘘だ。男だし。興味がありすぎて困る。
興味があります──うーん、これも返答として間違ってる気がする。
「ミオちゃんー! エッチなこと!」
蒼央さんは男性のことが良く分からないと言っていた。
つまり、男の部分を見せたら……引いてくれるのでは? 初日は耳元で話しかけただけで、びっくりされたもんな。
「エッチしよ! エッチしよっ!」
クイクイと引っ張ってきていた蒼央さんの手を握った。
「蒼央さん、ボクも男ですよ?」
片手でエプロンをほどいて、ニヒルに笑った。
「そういうことになる覚悟ってあります?」
「は、はわ……」
顔を真赤にして目を泳がせてる。うん、作戦成功だ。
これでいいはずだ。怖がらせたかもしれないけど、仕方あるまい。
ん、抱きついてきた。やりすぎたかな。
「これで懲りましたか? エッチなんてしなくても、ボクは蒼央さんから離れようと思わないですから安心して……」
「いまの……すごい……やばかった」
あー、やりすぎたみたい。そうだよな……怖いって言ってるのにやっちゃうのはさすがにダメだったよな。
「ごめんなさい。怖がらせるつもりは」
なくて……といいかけると、ガバッと上がった顔は非常に嬉しそうな顔をしていた。
「女の子の気分になったよ! いまのがメス堕ちって奴かな!?」
「はっ?」
「それに、謎の感情の正体がわかった!」
感心したように胸あたりを押さえて、蒼央さんは目を輝かせた。
「独占欲、またの名をヤキモチ。つまり、恋心って奴じゃないのか!?」
「こいっ……」
「胸にもやもやとした不安がある……。でも、穴と捉えるのは……なるほど、誰かと一緒にいたら埋まるから、そこがポッカリと空いたようにという比喩だな。ただ、穴というよりモヤに近いな。視野が狭まる感じ、息が詰まる感じが……。となれば、何か変なことをした後に謝る描写があるのは、頭が冷静になれないからか。字面では分かっていたが……実際に体験してみると、こうも感情に支配されるのか。つまり、わたしはミオちゃんに恋をしているということで、私だけを特別扱いしてほしかったってこと……」
「え、あ、えーと、蒼央さん?」
全部声に出てますけど……その……。
「なるほど……なるほど? これは、作品の幅が広がるぞ!」
蒼央さん……もしかして、気づいてないのか?
「ン、どうしたんだい? 顔が赤いぞ? 体調には気をつけるんだぞ? ちょっと、この気持ちを文字に起こしたいから部屋に行ってくる! また声かけるから好きにしてて!」
「はい……」
バタバタと部屋に入っていった蒼央さんを見送り、はぁ、と椅子に座った。
疲れもあるけど、それ以上に……。
──恋心って奴じゃないのか!
──わたしはミオちゃんに恋をしている
──私だけを特別扱いしてほしかった
「勢いで、すごいこと言ったよ……あの人……」
それって、そういうことだよな。
木下心音、18歳。
異性から初めて好意を向けられ、困惑中。
「さりげなく言われただけで……こんなに刺さるんだ」