33 え、この高層ビルで撮影会を?
(撮影会なんて行きたくない……!)
そんな思いで布団を頭から被っていても時間は過ぎていくのである。
ましろくんにゲームを誘われても色々な口実で断ってるのも罪悪感凄いし……。周辺機器がないから~とか、マイクまだ買ってないから~とか。引越しから何日経ってんだって話なのにね! ごめんね。でも、あんな動画を見た後にゲームをする気がおきないんだ。
あんな有名な人に色々言われて、色んな人に迷惑プレイヤーだと思われてたのショックがデカすぎる。蒼央さんとましろくんは「気にしなくていいよ~」って言ってくれたけど……気にしちゃうよ。
「ここが撮影会の場所……」
撮影会当日。電車に乗って指定された場所に到着。
スマホに表示されてる「目的地です」という文字と目の前の高層ビルを見上げた。
「本当にココ……? えっ、う、うぇっ。高ぁ……」
撮影会はL9が借りたスタジオでするって話だけど、え、ここ? スタジオあるの? というか今からこの建物に入るの?
「……緊張で吐きそう……」
「お姉さん、あまり緊張せずに行きましょうっ」
着いてきてくれたましろくんに声をかけられて、怯えながらも頷いた。ましろくんはマスクと帽子と伊達メガネスタイル。身バレ防止のためだという。
「ましろくん、ホント心強いよ。ボク、苦手で……人混みとか」
「電車の時の顔、すごかったです。まっしろで」
「満員電車、祭り、観光名所はボクの天敵だから」
「ははは! さ、入りましょう!」
「わああ、ましろくん……待ってっ……! ながさないで!」
ズンズン入って行くましろくんの背中の影に隠れて建物に入っていく。
ましろくんの話によるとVTuberの皆さんは既に撮影を終えているらしい。バーチャルの強みだ。ボクもオンラインでの参加にしてもらえば良かった。
「おはようございます。お姉さん、招待状あります?」
「は、はいっ。これです」
受付に招待状を出すと確認されて、関係者っぽい人が降りてきた。
「おはようございます! お姉さん様ですね、お待ちしておりました。この方は」
「友人のましろです。付き添いで来ました」
「ましろ様でしたか。ここは人の目が多いですから、待機室にご案内しますね」
スーツ姿の男性に連れられ、エレベーターに乗り込み、部屋に案内された。そこにはメイクさんや衣装さんが控えていた。なんで? え、なんで?
「ぼ、ぼくっ……顔出しNGなので、そのっ、メイクとかしなくても……」
「服装は映りますし、手元とかは映りますので。綺麗にしておきましょう!」
「は、ひ……」
そこからは着せ替え人形みたいに色んな服を合わせられた。結局、小増な衣装と普段は付けない付け爪を用意された。もう好きにしてくれ。
鏡に映る明らかに元気の無くなった自分の顔を見て苦笑い。
姉さんの着せ替えにつきあわされる気分を久しぶりに味わった。最初はこんな感じだったよなー。相手の好きそうな服をバシバシ合わされる感じ。懐かしい。
「はじめまして、お姉さん様。お初にお目にかかります」
なんて思ってたら、誰かが扉をノックして入ってきた。誰だ? 初めて見る顔……というか、ここにいる人は全員がはじめましてか。
「…………えーと、はじめまして」
「ましろ様も。電話ぶりです」
「お久しぶりです~」
電話? 電話って……。
「あっ! あのサプライズの電話の! 大会運営の!」
「はい。あの日は良い反応をしていただき、ありがとうございます」
わあ、冷静な声だと思ってたけど、イメージ通りな見た目だ。
「いま、キョージュ様の撮影を行っておりまして、今しばらくお待ちいただくことになります。テーブル上にある飲み物やお菓子は食べきれなかったら持ち帰っていただいても大丈夫ですし、置いていかれても問題ありませんので」
「ありがとうございます」
「その間、お姉さん様にお会いしたいという方がいまして、よろしいですか?」
ましろくんに確認するように目を向けると頷かれた。
「はい、大丈夫です」
誰が来るんだろ。ボクに会いたい人……まさか、怒られる? あのリアクション集の中の怖そうな入れ墨の外国のおじさんとかだったら……。
「はじめまして~! わああ! お姉さんだあ!」
「ふへ……」
誰だ、この陽キャ女子。分からない。イオさんとは違う系統の人だ。
キャピキャピしてて、陰キャにも優しくしてくれるタイプのキラキラ系陽キャ。学生の頃には服を腰で巻いて、体育祭とか全力出してくれる系の人だ。
「ン、その声……モココさんですか!?」
「むっ! あー、ましろくんでしょ! そうでしょ!!」
え、モココさん……? あのゆるふわなモココさん!? うっそ!?
優しそうでおとなしめの女性をイメージしてたけど、凄い方向で裏切られた。いや、VTuberの中の人を想像するのは良くないんだけどさ。
金髪で目が大きくて、明るくて、別け隔てなく元気な感じの……。
「実際に会うの初めてですよね! 初めまして!」
「ましろくんがいるって聞いてなかったからビビった。お姉さんの警備とかか~?」
「お姉さんが不安そうでしたので、付き添いです!」
「アツい~~! いいじゃんそういうの! で! あなたがお姉さんね!」
スッと手を出されたので、立ち上がって握ろうとしたら──ぎゅっ。
「ふぁ」
「リアルお姉さん尊い……っ!」
「ちょっ!? もここっさんっ!? なにをして」
「えっ? 女の子同士のスキンシップだけど? びっくりさせちゃった?」
色々言いたいことがあったけど何も言えずに口をパクパクした。
後ろにいるましろくんの視線を感じて振り返ると、蒼央さんと同じ顔をしてた。
純粋だった彼に悪影響を与えてますよ、蒼央さん! 黙ってた方が面白いから黙っておこう、みたいな顔してますよ彼!!
「あ、そーだ! コレ! セカイから!」
ズイッと紙袋を渡された。
「優勝に導いてくれたお姉さんに感謝を伝えたいけど、外に出るの嫌だからってお礼の品を持ってきたの!」
「あ、ご丁寧に……」ズシッと紙袋には重量を感じた。「ズシッ……?」
明らかにお菓子とかじゃない重量に中を恐る恐る覗き込むと、緑色や青色のカラフルな箱がいくつか見えた。
「あのっ、モココさん……これ」
「セカイがスポンサーになってるゲーム会社のマウスとマイクとマウスパッドとワイヤレスヘッドフォン!!」
「わわわわわわ」
「周辺機器がないからゲームできないって言ってましたし、良かったですね!」
ましろくんの屈託のない笑みを正面から喰らい、うぐ、と心臓が痛くなった。
ボクはなんて醜いんだ。こんな子の誘いを適当な嘘で誤魔化して。
「……げーむ、いっぱいやろうね。ましろくん」
「はいっ!」
「え~、私も混ぜてよ~。二人だけでずるいぞ~」
「モココさんもやりましょう……」
「やった~。あ、あと、ちょっとまってね。まねーじゃー! 持ってきて~」
開いていた扉から入ってきたのはまたもや知らない人。マネージャーさんらしい。
「セカイからコレも預かっててさ。アイツ、料理を作ってほしいんだってさ」
「え」
「インタビュー動画撮った後に別のスタジオ予約してるからさ、そっちで料理しよ! あと、それも動画撮ってチャンネルに上げたいんだけど良いかな?」
「あの」
「あ、映すのは手元だけだから安心して? ましろくんがお姉さんの料理に胃袋を掴まれてるって言ってたからさ~。セカイも私も食べてみたいってなって!」
「気になるって言ってましたもんね!」
なんか色々話が進んでるけど、もうどうにでもなってくれ。
「ボクなんかが力になれるなら……頑張ります」
「ヤッター! お姉さんの手料理だあ!」
「お姉さん様。インタビューの準備が整いましたので、こちらへ」
「あ、はい……」
電話対応のお姉さんに連れられ、ボクは撮影スタジオに連れて行かれることに。
モココさんとましろくんが「頑張って!」と応援してくれたけど、正直、緊張と色々なことが起きすぎて、インタビューのことはほとんど記憶に残ってない。
ただ、怒られることはなかった。みんな優しかった。