31 ミオちゃんの動画が出来たってさ
五月病も緩やかに終わって来た頃。人の数も戻ってきた。
そして、コンクリートがフライパンになってきました。なんだっけ、ヒートアイランド現象だっけ。こういうのって。
なんて思いながら、薄着になったボーイッシュ・イオを横目で見た。長かった髪も短くして、ツバ付き帽子を被っている。まるで美男子のような……いや、顔立ち的にカッコイイ女の子だな。
「しっかしミオは肌綺麗だよな。なんの化粧水使ってんの?」
「ノーマークの使ってるよ、結構オススメ。コンビニにも置くようになったし」
「あれかあ……割といい値段するよな? 私は薬局の大容量でジャバジャバ派だ」
(蒼央さん派か)
一方、ボクはというと蒼央さんチョイスのカジュアルな服を着てる女子……に見えてるのかな。ボクの顔なんて見慣れすぎて分からないのだ。
鏡張りの店の前で服装を横目でチェックする。ふむ、女性服を着た木下心音にしか見えない。
「服、似合ってるよ。今日もかわいい」
「あ、ありがとう。イオもカッコイイよ」
「へへへ。あ、ハッハッハの方が渋いか……?」
「ははは……あー……どうだろう」
あの1件から、イオさんとは大学内で性別を逆転して過ごすようになった。うん、ほんと、なんでこうなった。
イオさん的は対外的に『男勝りな女子』として認知されるけど、ボクって『女装した男』になるからダメージでかいんだよ? 恥ずかしいから外じゃ秘密にしてねと言っておいたから、致命傷にはなってない……多分。
でも、周りから変な目で見られてるのは確か。
こういう時にぼっちで助かった。友達なんかいた日にはすごい誤解されそう。
で、なんだかんだ大学の生活にも慣れてきて、GWの出来事を『この前の~』って話すには時間が経った頃、蒼央さんの家にて。
「ミオちゃんの動画が出来たってよ!」
「すっかりミオちゃん呼びが定着しましたね」
シャワーで汗を流しているとそう言われた。
バイトが休みでも蒼央さんの家にお邪魔してる。大学から近いし、引越し完了しちゃったし。
「どんな感じです~?」
髪をタオルドライしつつパソコンを覗き込む。すると蒼央さんはクンクンっと匂いを嗅いできた。
「……臭かったです?」
「いや、んー……なんで同じの使ってるのにいい匂いするんだろう」
浮気? って言われた。んなわけない。
「柔軟剤とかですかね、ボクと蒼央さんの別々でやってますし」
「うえっ!! なんで!? そんな思春期の女子みたいなことを……」
「蒼央さんが『みおとくんから私の匂いする……』って言ってたから……てっきり嫌なのかと。あと、ボク外に出るから汗もかきますし、嫌じゃない──」
「嫌なわけないから!! 一緒の匂いになろう! そして征服感を味わせておくれ! 好きな子から自分と同じ匂いするっていうシチュエーション! あれ、同じ匂いするって同級生に言われて同じ家に住んでると思われたり……あれっていいよね……」
よく分からないけど、これで少しは水道代が安くできる。お値段は見せてもらってないけど、水道会社から『お値段はね上がりましたけど……』って心配の電話をもらってたからな。
「で、動画はもう投稿されたって感じです?」
「限定公開でねー。そのURLをもらったのさ。ましろん呼んで鑑賞会しよ! 呼んでくるからスキンケアとかその間に終わらせといて!」
「ありがとうございます」
自室に戻ってスキンケアの荷物を広げる。
あぐらをかきながら保湿していると、蒼央さんとましろくんが見学しに来た。
「なんです?」
「いや……エロいなーと思って」
「……それは、えーと。……え、エロいって言いました今?」
「なんか、見ちゃいけないのを見てる気がします」
「ね。ましろんもそう思うよね」
ただ肌着であぐらかいて保湿してるだけなのに、なにがエロいっていうんだ。
「保湿するときのポーズが小顔ポーズなのと、ミオちゃんの肌着姿がなんか、エロい。そんであぐらも、なんか、こう」
「いつもきっちりしてるお姉さんのオフの姿が」
「それだ。私らだけに見せる無防備な姿に優越感を感じてるんだ」
うむ、分からん感情だ。
「大学にも着て行ってますよ、これ。涼しいですし」
「密かに男子共の中で話題なってそう。さ、ましろんは居間に行こうね~」
「ねたってなんです?」
「白米がよく進むって意味だよ」
と言いながら居間の方に向かっていった。化粧鏡に映る自分を見て首を傾げる。ただ、男子大学生が肌着でスキンケアしてるだけなのになあ。
スキンケアを終えると、ボクはましろくんの横に座った。
「自分が動画に出るって不思議な感じだ」
「緊張しますよね。ぼくも慣れないです」
動画掲載元のチャンネル登録者数を見たら50万人って数字が見えた。
見なかったことにしよう。そんなチャンネルにボクが出る訳ない。
「じゃあ、動画再生~!」
蒼央さんがリモコンを押すと、小洒落たオープニングが流れて……。
『大会お疲れ様! ホント皆スゴかったわ! ありえんくらい強かった!』
「誰ですか、コレ」
ましろくんの動画がすぐに流れるのかと思ったら、黒髪の関西弁オジさんが防音室で喋ってる映像が流れ始めた。
「大会を開いてくれたプロゲーミングチームのL9のオーナーさんですよ」
「へー……れおないん。きいたことないな……」
「あれ、知らずに出たの? 結構有名な大会なんだよ、アレ」
「いつの間にかコーチになってたし、ゲームから離れてたので」
でも、どっかで聞いたことがあるような声してる、このオジさん。
ましろくんにあの大会の詳細を聞くと、あれは元々日本のゲーミングチームL9が定期的に開催している大会で、今回のは開発会社が協賛して開かれた特別な大会だったのだと。
関西弁オジさんがオーナーの日本発ゲーミングチームのLeo Nine。
今回やったゲームタイトル以外にもチームを擁していて、いくつかのゲームタイトルでは世界大会にも出てるとかなんとか。結構規模がでかいみたい。すげー……。
「じゃあ、このオジさんがあのパソコンを……」
「プレゼントしてくれた人ですね!」
「わあ……」
届くはずがないけど、テレビに向かって「はじめまして」といっておいた。
そんなオーナーさんのチャンネルで動画が上がるらしい。じゃあ、あのサプライズ動画はついでみたいな感じなのかしらね。