30 お前は女になりたいんだもんな?
「ここ、私の地元。山と川しかないだろ」
「わー、ほんとだ」
「ほら、前言った奴。体育館に飾られてる校歌の写真。手前にいるのが高校のツレで」
「へー……」
なんだ、これ。
伊尾さんに捕まって怒られるかと思ったら、写真フォルダを見せられてるんだけど。
それも経済学部棟の一階の談話コーナーで! 皆が横目で見てくる中!
「あのー……伊尾さん?」
「呼び捨て」──「イオ。あの……」──「コレが家のワンコロとネコ」
「わー、かわいい……じゃなくて」
「なにが? え、なんか間違えた? 東京の作法とかある……?」
「そういうのじゃないんだけど……」
怒られる訳じゃないのか? でも、こういうのって先んじて謝った方がいいよな。
「図書館の奴……ごめん」
「あン? 無視したヤツのこと?」
「うん」
「気にしてないけど。え、気にしてると思ったのか?」
「うん……」
「真面目かっ!」
なんか分かんないけど驚かれた。
無視ってそんな当たり前の行為なのか……? ボク無視されたら普通に心臓が痛くなるんだけど。
「無視くらいで不機嫌になるかよ、思春期じゃあるまいし。それに、ミオが無視するならなんか理由があるんだと思うしな」
……イオさんの中のボクの評価高くない?
コイツが無視するなら、なんか理由がある、とか。
コレが陽キャの処世術なのか?……覚えておこう。
「ってな訳で、私のGWは実家でのんびりしてた訳だが、ミオはなにしてたんだ?」
「課題とレポートと──」
あとはVTuberの自宅に訪問して、大会のコーチして、パソコンもらって、撮影会に行くことになって……なんて言える訳もないので。
「気がついたら……時間が経ってました」
「もっとないのかよ~、東京ならではのさ! オモロイ話とか!」
「18年も住んでるけど、東京のオモロイ話はないよ」
「そっかあ……」
残念そう。地方から来た人って東京をなんだと思ってるんだろう。
流行り廃りが激しいから、短い間でイベントがあると思われてるのかな。
「あ」
「なんだ、オモロイ話あった?」
「同類って話がずっと気になってたんだ」
あの日、ボクに声をかけた理由を聞いたら「同類だと思ったから」と言われた。同類ってなんだ、ってことで。まともに話せる時間があったら聞こうと思ってた。
どこをどう見ても、逆立ちしても「同類」には見えない。陰キャと陽キャ。金髪とピンク髪。服装も違う、出身地も違う。学部が一緒くらい。
「同類……? んー、ああ! 気になるか?」
「うん」
「私は男になりたいんだよ」
「…………????」
え、同類って話は?
「特に渋い男が好きでな。最近、なんちゃら賞を日本映画が受賞したろ? その俳優とか、一人でご飯を食べるドラマの人とかさ!」
最近受賞したのでいえば……時代劇の奴か? 確かに渋い人だとは思う。一人でご飯を食べる奴の俳優さんも渋いといえば渋いのか。
じゃなくて。
「ゲームのキャラメイクもさ、男のほうが格好いいんだよ。女はキャピキャピしてて……なんか、こう、違うって感じ」
「……ボクは女性キャラの方が自由度が高い気がして好きだけど」
「ミオは女になりたいんだもんな?」
「いや、別にそういう訳じゃ」
「それで同類だと思ったわけよ。男になりたい私、女になりたいミオでな」
聞いてない……。でも、まぁ、そういう意味の同類か。
とりあえず、あの日ボクを誘った理由は「女になりたい奴だと思った」ってことで間違いない。
そもそも、誘った理由は当日になんか言われてた気がする。童顔で、女枠でもいけんじゃね、みたいな……こと言われてた気が……うん、なんかそんな感じの記憶がある。
ボクって傍から見て「女子になりたそう」って思われるような素振りをしてるのかな。
(普通、男子に女子枠で出てくれなんて頼まないか……。でもそれを一言『同類だと思った』でまとめるのは言葉足らずな気がするけど……)
まあ、なにはともあれ、女子枠で誘われた理由が分かった。別にボクは女子になりたい訳じゃないんだけどなー……。
「こういう話できる奴がいないからさ、ミオの存在はほんとデカイのよ。東京には色んな人がいるって聞いてたけどなかなかいなくてさ〜」
そういい、紙コップのコーヒーをちびと飲むイオさん。
本来なら、話を合わせた方が良いんだろうけど……こういうのは早めに訂正しておいた方がいいよな。
ましろくんにも後々で訂正して傷つけちゃったし、うん、そうだな。
「イオ、ごめん」
「なんだ? なんで謝られた?」
「ボク、別に女の子になりたい訳じゃないんだ……」
言っちゃった。
嘘をつくのはイオさんにも悪いし、ボクとしても話しづらくなる。
だから、これは、言っても良いハズ。
「……」
うう、顔を見上げるのが怖い。
怒られるんだろうか。なんて言われるんだろう。
『私を騙してたのかテメー! BBQにして食っちまうぞ!!』
『冗談に決まってんじゃん、本気にしたの? 陰キャは冗談も通じないんだな!』
色んなパターンが考えられる。2番目の方が心抉られる、1番も怖いけど……。
おそるおそる顔を見上げると……口を少し開けて、眉が下がってる彼女の姿が見えた。
「そうか……悪いな、そうか、そうだよな」
そして、取り繕うように作り笑いを浮かべて、
「ごめんな、勝手に、その……1人で盛り上がって」
いつもハキハキ喋るイオさんが言い淀んだ。
「っ!」
一気にじわっと胸の中で苦い感情が広がった。
ああ、そういう顔をしてほしかった訳じゃないっ……!!
ああ! ああ!! えっと、えっと……!
「うそ! うそ! うそだよーん! イオと一緒!」
席を立ち上がり、両手を広げた。
その時にイオさんで見えなかった後ろの人達の顔や、風景が広がって、行き交う人達の顔もクリアに見えて。
「……!」
顔が熱くなって、ゆっくりと座って顔を手で隠した。
「でも恥ずかしくて……その……だから……」
「……」
「ごめん……えと、あの、内緒にして……ほしくて」
あー! あー! ボクってほんとうダメな奴だっ……! イオさんを傷つけ、自分の意見もまともに持ってなくて!
ボク、なにがしたいんだ……? 中途半端な奴だあ……! ぐううう……!!
「ミオ、おまえ……」
「その、ごめ――」
「やっぱり、ミオは話がわかる奴だと思ってたぜ!」
「ふぇっ──グッ!?」
席を立ち上がったイオさんが肩を組んで来た。
勢い強すぎて殴られたかと思って、痛くもない頬を抑えちゃって。
「じゃあ、私とミオはこれからそういう仲だ! よろしくな!」
「そ、そういう仲っ!? それって」
「言わなくても分かるだろ~? とりあえず、飯奢るわ! 男が奢るのが当たり前らしいからなあ~! あー、金ないけど大変だあ~! 男って大変だなあ!」
そうしてあれよあれよとご飯を奢られる流れに。
絶対この『そういう仲』ってのも言葉足らずだよ!
あー、もー、どうしてこうなった……!
お久しぶりです!
しばらく、0:00に一話更新を続けさせていただきます。