66.空を飛んだ絨毯
メーオは屈託のない笑顔でハヅキの手を引き、ベランダに出る。アイテムボックスから、絨毯を取り出している。
「何事も実験だよ! 飛んでみよう! 葉月の重力魔法と、僕の移動魔法で、やってみよう。とりあえず、地上に降りるよ! 」
メーオが葉月を横抱きにし、二階から飛び降りる。着地した所に絨毯が滑り込んでくる。
「さあ、僕の前に座って。ハヅキ、魔力循環して感覚を統合するよ」
満月に近い明るい月が出ている。月夜に浮かぶ白いメーオの顔は嬉しさを爆ぜさせている。メーオと葉月は二人で手を繋ぎ、絨毯に向かい合って座る。メーオの奥二重の切れ長の目が、今から起こる事に期待して見開かれ、キラキラしている。普段は色気をたたえている紅い薄い唇も、口角があがりお喋りしたくてウズウズしているように見える。もうオジサンなのに、何て少年みたいなんだろうと葉月は思わず口元が緩んだ。
いつもより強く手を握られる。見つめ合い、呼吸を合わせる。この頃は、一メートル位離れていても魔力循環ができるようになっていたのに。いつもと違う魔力循環なのだろうか?
すぐに、葉月自身が溶けるような感覚が襲ってくる。通常ならば、体がポカポカしたり、温い湯にプカプカ浮いている様な感覚を覚えるのだが、今日は違う。溶け合い混じり合い二人が一つになるような心境に至る。葉月は思わず身を固くする。
「怖がらないで。僕と一つになろう……」
引き寄せられ、メーオが後ろから抱え込むような体勢に変える。つむじにキスが落とされる。頭を預けるメーオの胸の中に葉月が沈んでいく。溶けていく。どれくらい、その不思議な感覚のもたらす快楽に浸っていただろうか。不意にメーオの中に葉月がいて、葉月の中にメーオがいる事を体感する。
「!! メーオ、これって? 『そう、感覚の統合が上手くいったみたい』 メーオの声が私の中に響いてる! 『ねえ、重力魔法で浮遊してみて!』 うん、じゃあいくよっ!! 」
葉月は祝詞を奏上し、重力魔法を発動する。
「心願成就!! 重力魔法、浮遊!! 」
途端に、フワフワと絨毯が、葉月とメーオを乗せて一メートル程度上昇する。メーオが葉月の顔に頬を付け詠唱を唱える。飛行機が上昇する時の様な圧を感じる。あっと言う間に十メートル程、上昇したようだ。
「キャーッ! 『ハヅキ、ハヅキ、大丈夫。目を開けてごらん』 ファァー! 『ふふ、変な声。ほら、飛んでいくよ! どこにする?』 湖を一周して、丘まで飛んでみようよ! 『お姫様、夜のお散歩に参りましょう』」
気を抜くと、飛行機の乱気流みたいに上下左右に大きく揺れる。その度に叫ぶ。葉月が高度を一定に保つことができれば、絨毯はスムーズに移動している。やはり、葉月の魔力操作がまだ未熟なようだ。
高い木にぶつかりそうになり、急上昇する。周りの山より高く飛んでしまい、月に手が届きそうだと思った。急に下降する。絨毯に包まれたように落ちていく。スカイツリーのエレベーターが落ちたらこんななのかなと頭の隅でのんびり考えていた。
「 『ハヅキ! ほら、早くしないと痛い思いしちゃうよ! ハヅキならできるよ!』 浮遊!!」
四階建てのビル位で急ブレーキがかかった様に止まる。重力魔法を使っているのに、つぶれたような声が出る位の重力を感じる。しばらく、慎重に同じ位の高さで漂うように止まる。メーオに預けている背中に鼓動が伝わる。
「あははは! ごめん。ボーっとしちゃってた。ドキドキしてる? 『今までで一番ビックリしたよ。ハヅキになんかあったらって考えたら……』 ごめんね、心配かけちゃって。 『とりあえず、丘まで飛んで一休みしようよ! 』 うん、結構難しかったね。もっと練習しようね」
スムーズな移動には、顔全体で進行方向を向き、目線を先に送り続けることが大事なようだ。怖くて手前ばかり見ていると、躓いたり、急に止まりやすい。
二人で少しずつコントロールの微調整をしながら丘の上に降り立つ。二人とも、思っていたより手をしっかり握っていたので手を離すのに時間がかかってしまう。手が離れると、思わず葉月はメーオに抱き着く。
「楽しかったー! メーオは? 気持ち良かったねー! たくさん叫んで声がガラガラ! 嫌な事、ぜーんぶ飛んでった! 」
「ふふふ。ハヅキはお姫様なんじゃなかったの? あんな魔獣の声みたいに叫んで、お姫様気分になれたの? 」
「うん、うん。大満足! 空を飛べた事もだけど、メーオと一つになって幸せな気分になれたよ。色んな事が吹っ飛んだし」
「それなら良かったよ。ハヅキが熱唱した歌は耽美な感じだったのに、全くそんな感じじゃなかったからね。でも、ハヅキがこんな風に抱き着いてくれるなら、夜の絨毯での飛行は甘美なモノだったって事かな? 」
メーオが今までの様に冗談ではなく、愛情を込めて抱きしめてくれていることが分かる。さっきまで感覚を統合していたからか、メーオの気持ちが伝わってくる。葉月は、ハッとして体を離そうとする。
「嫌だよ。やっとハヅキから僕の中に飛び込んできてくれたのに。ハヅキは、僕の気持ちを知ってるんでしょ? 思ったより、意地悪なんだね。それとも、僕を翻弄して楽しんでる?
ねえ、ハヅキ。僕を見てよ。知らんぷりしないでよ。
ハヅキを好きだって気付いてから、誰とも関係を持ってないよ。ハヅキが僕のモノになってくれるなら、絶対浮気はしない。魔法契約で縛っても良いよ。それに、僕の心の中には、まだ誰もいない。ハヅキが初めて好きになった人だよ。運命の番が出てくるのが心配なら、中和剤を飲んでもいい。お願い。僕を見て。ハヅキが好きなんだ」
メーオのいつになく真剣な雰囲気に、ハヅキは緊張する。自分の気持ちが分からない。
「怖いの……。誰かの特別になりたいって、ずっと思ってた。誰かに、私が欲しい、私じゃないとダメだと望んでほしかった。年甲斐もなく、白馬に乗って王子様が現れるとも思ってた。でも、いつかきっと捨てられると考えちゃう。そんな思いをするくらいなら今のままがいい……」
メーオがぎゅっと抱きしめる力を強める。同じ位の身長なので、頬と頬が触れる。熱い肌が触れて、熱が上がる。