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64.推し活の行方

 タオが、ハヅキをポームメーレニアンのテーブルまで連れて行く。葉月は久しぶりに会う『推し』に緊張して顔を見ることもできず、かぶっていた帽子を取り、ぎゅっと握りしめている。


「ポームメーレニアン様、奥様。こちらが厨房の責任者のハヅキです」


 平常心、平常心。笑顔で、なるべくポームメーレニアンを見ないようにして話しかける。


「責任者の葉月です。お食事はお楽しみいただけましたでしょうか? 」


「まあ! 貴方みたいに綺麗な人が調理していたの? でも、女性ならではの繊細さや、華やかさがあって、納得だわ! アンも、主人も、旅行の疲れか、食欲が無かったみたいだったけど、食べ進めるにつれて元気になったのよ。白いご飯があんなにも美味しいとは思っていなかったわ! 人生で初めておかわりをしちゃったの。美味しいお食事をありがとう! 結婚記念日にはいつもここに来たいわ! ねえ、アン。いいでしょ? 」


 なんて、甘いお菓子みたいな美しい少女。声までがシロップの様に甘い。生クリームみたいにフワフワのクリーム色の巻き毛。透き通るような白い肌。隅々まで磨かれた細い指には王都で流行っている結婚指輪にはブラウンダイヤだろうかポームメーレニアンの瞳の様にキラキラと光っている。細い腰。小さな靴先がスカートから覗いている。ポームメーレニアンのあの大きな手はこの靴をどうやって脱がすのだろうか。そしてその手を妻の上でどのように這わせているのだろうか。この小柄な少女があのたくましい腕に抱かれているのだ。


 葉月は嫉妬で苦しくなった。ポームメーレニアンは『推し』なのだから『推し』の幸せを祈っている。なのに、おかしい。葉月はじわじわと腹の底から湧き上がる嫉妬を必死に押し込みながら、精一杯の虚勢(きょせい)を張って答える。


「ありがとうございます。新婚旅行という大切な記念日に当カセムホテルをご利用いただきありがとうございます。また当館のディナーをお褒めいただき、喜ばしい限りです。これからもお客様に喜んでいただけるようなサービスに心がけたいと思います」


 ポームメーレニアンが驚いた顔で葉月を見ているのを目の端で確認する。葉月はもうポームメーレニアンの母親には似ていないだろう。ふっくらもポヨポヨもしていない。葉月にはポームメーレニアンが求めていた母親の姿はない。結局、世間一般の美的センスに(なら)って、結婚したのはお姫様みたいな美少女だったじゃないか。葉月の要素が一パーセントも無い人を選んでいるのも腹がたった。ハヅキには、そんな文句を言う権利なんてこれぽっちも無いのに。


 腕を組んで楽しそうに特別室に向かう二人を見送る。いつもの何倍も疲れてしまった。今日は、家族部屋もカップルが利用している為、食事も早めに終わってしまった。魔法兵士の三人も帰宅し、食事の後は各自の部屋にいる様だ。フロント係に挨拶をした。二十二時には自宅に帰る事ができそうだ。


 雑事をこなしていると、すでに二十二時になりかけていた。


 ホテルの入口にある水時計を確認する。適宜神殿の鐘に合わせているので、概ね、合っているのではないだろうか。魔道具でぼんやりと光らせた廊下を戸締りしながら歩く。タオは自分がするといってくれたが、体を動かしていたほうが良いと言うと、好きにさせてくれた。正面玄関を閉める前に少し外に出てエントランス横のベンチでボーっと夜空を見上げて放心する。


 久しぶりに見たポームメーレニアンは相変わらず土佐犬に見えたが、少し痩せていた。長めだった髪を短く刈り、精悍(せいかん)な顔立ちをより際立たせていた。大きい体が小柄な妻と居ると更に大きく見えた。葉月は届かない淡い恋心を『推し』といってごまかしていた事は自覚していた。これでよかったではないか。ポームメーレニアンは既婚者だ。これからも『推し』で『リアコ』になってはいけないのだ。


 ふいに後ろから抱きしめられる。大きい男だ!


 葉月は、男の手首をつかみ、前のめりになり、背負い投げの要領で担ぐようにして投げ飛ばした。三メートル程飛ばしたが、男は受身で(かわ)したようだ。大きな動きなのに、あまり音がしない。訓練された者だろうか。


 葉月が素早くベンチから立ち上がるも、男も投げ飛ばされた後体勢を整え、目にも見えない速さで突進してくる。身体強化が使えるのか。男が葉月の正面から手を掴み、強い力で引き寄せられそうになる。足を思い切り()み、相手が(ひる)んだすきに身体強化をして頭突きを食らわせる。ゴッ!! と重い岩同士ををぶつけるような音がする。


「ぐぅっ!! ハヅキ! 私だ! ポームメーレニアンだ! 」


 ポームメーレニアンが頭を抱え、片手で葉月を制し、(うずくま)っている。


「えっ? ポメ様? ごめんなさい! すぐ治癒魔法かけますね! 」


 葉月は急いで治癒魔法をかける。メーオとの魔法の研究で、普通の治癒魔法では光の触手は出ないようだ。まだ、仮説だが、体内に瘴気があると、触手が出てくるようだ。メーオからハヅキの治癒魔法のイメージがあるはずと言われて、金色の野に降り立った自分を想像し、赤面をした。とにかく、通常の治癒魔法は問題なく使用できる。


 まだ衝撃があるのか、ポームメーレニアンは頭を手で押さえている。


「ハヅキはこの一年、兵士になる訓練でも受けていたのか?」


「いいえ、魔獣を狩っていたら強くなってしまったようで……お肉が欲しかっただけですよ」


「そうか……。元気にしていたのか? 元交際していた女性からの嫌がらせや、婚約破棄を私がしたことでシリやドウまで職を追われてしまって、すまなかった」


 ポームメーレニアンは頭を下げている。


「そうですよ! 私達、こんなところまで引っ越さないといけなかったんですからね! あ、ご結婚おめでとうございます! カワイイ奥様ですね。 新婚旅行なのにお部屋に一人ぼっちだと寂しいですよ。早く戻ってくださいね」


 葉月は話を終わらせる為に、やや早口になり、部屋に戻ることを促す。


「ハヅキ。お願いがあるんだ。一度だけでいいんだ。君が欲しい。君を抱かせてくれないか。私はその思い出だけを胸に、普通の生活に戻るから」


「はぁ? これって新婚旅行でしょ? なんで他の女を抱くの? 奥さん、今何してるの? こんな所見聞きされたら、私、今度は国外追放されちゃうよ! 」


「妻は、今、寝ている……。妻は義務で抱いているんだ。私の様な大きな体を受け入れるようにはできていなくて、いつも気を失ってしまうんだ。妻は嫌がってはいないんだが、私が求めているのはハヅキ、君なんだ! 」


「何それ? さっき奥さん抱いた後に、違う女に抱かせてくれなんてよく言えますね? 気持ち悪いんですけど!! 私は浮気男なんてゴメンです!! もう一度同じこと言ったら、本気で殴り倒しますからね!! はい、コレ、奥さん好みの果実水の(かめ)です。キンキンに冷えてるから、蜂蜜酒と混ぜて二人で飲んで、朝まで子作り頑張ってください! これが最後です。 もう話しかけてくんな! クズ男!! 」



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