63.葉月のおまかせディナーコース
「「「いらっしゃいませ。ようこそカセムホテルへ」」」
タオは揃いのユニフォームで従業員と共にお迎えする。葉月が蘭にデザインの発注をして、近所のお針子に作ってもらった。開襟シャツは白を基調にし、襟や袖口、裾にバンジュートの伝統的な深緑の植物柄の布地を使い、パンツは深緑のややゆったりした9分丈に仕立てている。女性従業員用はチュニックになっており植物柄の布でパイピングしている。深緑のロングスカートを着用し、植物柄のサッシュベルトを巻く。リゾートホテルの制服の様だ。バンジュードでは斬新なデザインなのだろう。よく、どこで仕立てたのか聞かれる。そのユニフォームを着たタオはリニューアルオープンする際に髭を剃って、大分見た目が若くなった。それでも四十代には見えるが、やり手のホテルマンに見えなくもない。
馬車から女性をエスコートするために降りてきたポームメーレニアンはタオを見て一瞬戸惑った表情を見せた。が、すぐに張り付けたような笑顔で女性の手を取る。
「アン、とても素敵な所ね。叔父様に感謝しなくちゃ! 随分先まで予約が取れないって聞いたの。それに、新婚旅行なんて、行ったことがある人が少ないのよ。今度、お茶会で皆さんに自慢しなきゃ! ねえ、アン。お部屋で少しゆっくりしたら、湖の畔を少しお散歩しましょう。馬車から見えた湖面がキラキラとしてとても綺麗だったわ! 」
クリーム色の巻毛をふわふわさせたトイプードルの犬獣人と思われる美少女がポームメーレニアンの妻なのだろう。大きなポームメーレニアンに縋り付くようにして歩いている。ポームメーレニアンはただ微笑むだけだ。
特別室に案内すると、ポームメーレニアンの妻が感嘆の声をあげた。
「まあ! 素敵! 大きくて豪華な赤いバラの花束だわ! アンからなの? 花束のリボンに『愛する妻へ』って書いてあるわ! 」
タオは答えた。
「旦那様より『華やかな妻に似合う花を』と言付かっておりました。赤いバラの花ことばは『貴女を愛しています』、九十九本が意味するのは『永遠の愛』です。旦那様がお選びになられました。お風呂は薔薇風呂をご用意させていただいております。ごゆっくりお楽しみください。また、こちらに準備しております蜂蜜酒は、ご夫婦でご飲用なさいますと子宝に恵まれると言われております。当ホテルからのささやかなプレゼントです。夜のお食事のご利用は六時以降九時までとなっております。何時にご利用ですか? 」
「ねえ、アン。今日の夜はゆっくりと楽しみたいわ。お食事は早めに済ませましょう? 」
ポームメーレニアンは幼さが残りながらもなまめかしい微笑みで誘う妻に気圧され、何も言えない様子だ。
「あ、あぁ。そうしようか。では、六時からで……」
「はい、かしこまりました。六時にお食事を準備させていただきます。そうそう、六時前に丘の上に登ったら、夕日が見られると思いますよ。とても美しい夕日です。お食事はそれからでもいかがですか? 」
「まあ! 良いのかしら? お言葉に甘えそうしましょうよ。ねえ、アン? 」
「ああ。そうしよう。……ちょっと店主、食事の時の酒の事で相談があるのだが」
「はい、かしこまりました」
タオを廊下に連れ出したポームメーレニアンは、顔色を青くして問いただす。
「タオ、ここはお前の店か? ハズキはどこだ? 」
タオはポームメーレニアンをじっと見つめる。
「ここは私達のホテル。カセムホテル(幸福なホテル)です。ハズキはレストランの責任者として働いております。この度はご結婚おめでとうごさいました。従業員一同お慶び申し上げます」
グッとポームメーレニアンは言葉に詰まる。タオはポームメーレニアンの耳元で注意を促す。
「自分が、新婚旅行で来ていることを忘れん事じゃな!
お食事の時は甘めのお酒をご用意させていただきます。では、失礼いたします。早くお部屋に戻られませんと、奥様がお寂しい思いをされますよ? 」
ポームメーレニアンは、はっと顔を上げ、部屋へともどっていった。その姿を見ながら、改めて何も無ければ良いのだが……と思った。
※ ※ ※
ポームメーレニアンの妻は丘から見る夕日と湖を見て感動したようだ。とても興奮し、はしゃいだ様子でレストランに入ってくる。
葉月はとても仲睦まじい様子の新婚夫婦を、厨房の隙間から覗いて、胸を撫で下ろすと共に、黄金に輝いていたポームメーレニアンの横顔を思い出しほろ苦い思い出を頭を振って追い出した。推しに最高の夕食を出すのだ! いまこそ、推し活をする時だ! 揮え! うなれ! 私の料理の腕!!
食前酒:(葉月の梅酒ソーダ割)
五種の前菜盛り合わせ:(山羊のチーズ味噌漬け、ミニトマトのマリネ、カブとマスの燻製のサラダ、北京ダック、ゴマ豆腐)
魚料理:鯉のから揚げ甘酢あんかけ
肉料理:牛魔獣のローストビーフ温野菜添え ワサビマヨソースとともに
ふわトロかきたま汁
極み炊き白米
バンジュート風香の物
本日のデザート:(季節のフルーツ、プリンアラモード)
どうだ! 出し切った……。所々、給仕の職員から報告が上がる。
「お皿が白くて四角でツルツルだといって、奥様がはしゃがれていました」
(そうでしょう。粘土から探して作ったお皿だよ。賢哉君にお願いして、作り方調べてもらって、磁器をこっちで苦労して作ったの)
「料理が匙に乗っていて食べやすいし、カワイイ! と目をキラキラされていました」
(あなたの小さなお口でも食べられるように工夫したの)
「お魚は、今まであまり食べたことが無かったけど、これなら毎日でも食べられるそうです」
(ポームメーレニアン様もお魚は苦手って聞いてたけど、どうだったのかな)
「魔獣は嫌いとおっしゃっていましたが、旦那様が美味しいとすすめられ、渋々召し上がられましたが、気に入られたそうです。ワサビマヨソースが特に気に入られたとの事です」
(ポームメーレニアン様、気に入ってくれると思ってた。嬉しい)
「ご飯をご夫婦でおかわりされました」
(よっしゃー!胃袋ゲット! )
「奥様はお皿に描かれた『ご結婚おめでとうございます』のメッセージと、カワイイ盛り付けは王都でも見たことが無いとお褒めの言葉をいただきました。旦那様も完食なさいました」
(ポームメーレニアン様が全部食べてくれた! 感無量だわ! )
「奥様が、ぜひ調理人に会いたいとおっしゃっています」
思ってもいなかったので、びっくりしてしまった。こうやって礼を言われることは度々あったが、自分がポームメーレニアンの前に出ると思っていなかったのだ。タオを見てみると、ゆっくりと頷いてくれた。約一年ぶりに推しと会うのだ。葉月は緊張しながら、ポームメーレニアンが待つテーブルへ進んだ。