57.葉月の教育的指導
葉月は、真剣な眼差しで若い二人を見る。
「私がいた地球はティーノーンより、医療とか衛生状態や栄養面でもいろんな面で進んでたの。様々な制度もあって、若い夫婦でも赤ちゃんを迎えることは可能だった。それでも、若すぎる妊娠は危険を伴うものだったよ。だから国で結婚できる年齢が決まっていたの。獣人の国バンジュートでもそうでしょ。人族より体が丈夫だと言われている獣人族でも十五歳だということを覚えていてね。
詳しく言うと、母親の身体が成熟していないと、赤ちゃんが正常に大きく育たなかったり、出産時に危険な出血や感染症になりやすいの。
あと、生活の基盤がしっかりしていないと、生まれてきた赤ちゃんとお母さんを十分養えないでしょ。それで、お父さんが生活を支えるだけで精一杯になって、お母さんが気持ちを病んでしまう事もあるの。
私はカインとシリがとっても大切。だから、悲しい結果を招いてほしくない。
今から言う事を面倒に感じたり、煩いと感じたりするかも知れないけど、ちゃんと聞いてね」
この後なんだかセクシャリティとかプライベートゾーンとか拒否権とか言ってたような……。自分が理解してないと、上手く言葉にできないな。専門じゃないし、ざっくりと伝わる言葉で、印象に残るように……。
「よーく、耳の穴をかっぽじって聞け!!
自分は自分の身体の王様だ! 自分の身体は国だと思え! 特に下着で隠れるところと口は、城塞の中だと思え。他人が勝手に触ったり見たりしてはいかん! 自分の国は自分で守るのだ! 少しずつ国際交流を行い、お互いをよく知る事から始めるのだ! そして、嫌な事は、断固拒否すること! たとえ愛し合っていると思っても、嫌な事を嫌と言えない相手や、嫌な事を強要するような相手は、愛し合ってなどいない! お互い、許可を毎回とって接触する事! わかったか! 」
「「はい! 」」
「よし! カインよ、接吻では子はできん! 」
途端にカインはホッとした顔をする。
「今後は個別に指導する。そして、二人はシリが十五歳になり、結婚するまで閨を共にすることは禁止する! 以上だっ! 」
「「えー? 長くない? 」」
「長くない! この世界で、どうやったらきちんと安全に閨事ができるかを調査、確認してから、タオと協議の下、許可する。それまで待て! 」
早急に、この世界の性事情の情報収集が必要だ。避妊やあれやこれやはどうなっているのだろう。
タオが、葉月に小声で尋ねる。
「ハヅキ、言いたいことはわかったが、なんで兵士の様な口調なのじゃ? 」
「勢いがないと、なんか照れちゃって。でも、真剣に言わなきゃ伝わらないからさ」
そして、振り向いてカインとシリに一喝する。
「そうだ! もう今日から、男部屋と女部屋に分けるからね! 夜、少しずつお話ししてあげるから。まだ、あと二年もあるもの。じっくり学んでいこうね」
一旦、今日はカインだけ、タオの寝室に寝る事になった。思春期のカップルが同居していたら気を揉む。きっと、恵一郎もこんな気持ちだったのかもしれない。
※ ※ ※
タオと飲みなおすために、タオの部屋に来ている。結局、湖の宿屋への引っ越しの件を聞きそびれたが、シリが来るならカインもついてくるだろう。もう、かかあ天下の片鱗が見えているカップルが心配でもあり、微笑ましくもある。日本の中高生のカップルなんか、二週間ぐらいでくっついたり離れたりするものだ。大人が、優しく見守ってあげれば良いだけだ。
「はー、びっくりしたね? タオは気付いていた? 」
「何となくじゃが……」
「それなら、教育的指導を早めに行ってよ! 盛り上がってそのまま妊娠してしまったらどうするのよ! 」
あ、これは禁句だったか。マレさんと赤ちゃんの事を思い出して辛いかも……。言ってしまってから後悔した。
「すまんの。獣人は、体の成熟具合は匂いでわかるもんなのじゃ。お互い成熟しないと発情しないものなんじゃよ。ハヅキの国では、さっきみたいに大人になる前に色々教えるのか? 」
「各家庭では、それぞれ違うと思う。だいたい、ざっくりしたことは学校で勉強するよ」
「そうか。ワシも知っていれば……」
「タオが若い獣人に伝えればいいんじゃない? そしたら、タオやマレさんみたいに悲しい思いをする人が一人でも減るかもしれないじゃない? 」
「そうじゃな。今まで一人で考える事しかしなかったから、そんな事、思いもしなかったのじゃ」
「だけど、話すのが辛いなら、話す必要はないよ。タオの大切な思い出なんでしょ? それも、タオのモノなんだから」
「そうじゃの……、また話したくなった時にハヅキは聞いてくれるかの? 」
「うん、いいよ。いつでも、私はタオの近くにいるからね」
葉月が来てから、マレを思い出す事が段々少なくなってきた。今まではそれが裏切りの様に自分で感じていたのに、もうマレも許してくれるんじゃないかとか思っている自分がいる。
「あのさ、こっちではどうかわかんないんだけど、ペーンさんとハーンさんのお墓作るでしょ? 」
「ああ、息子夫婦の横に墓を準備する予定じゃ」
「私が言う事じゃないけど、そこにマレさんと赤ちゃんのお墓を作ったらどうかな? 絶対、お節介ってわかってるけどさ、お祈りとかすると、タオの気持ちも落ち着くんじゃないかなって思ってたんだ」
「……そうか。じゃが、何もないんじゃ。手紙なんてのも書いたことも無いし、もらったことも無い。贈り物もしたことも、もらったことも無いのじゃ。ハヅキがポームメーレニアン様からもらったバラを乾かして大切にしている事は知っている。ワシは運命の番だったのに、花の一つも送っていない。何もしてあげていないんじゃ……」
「私は、マレさんが羨ましいよ。こんなに素敵なタオから、ずっとずっと愛を贈られてるじゃん! あ、私、マレさんの絵をかいてあげる! 一応、美術部だったからねー」
字の練習用の板を出してくる。炭を細く削り、準備をしている。絵師でもないのに絵を描けるのか?疑問に思いながらも、眺めていると準備ができたようだ。
「マレさんを思い出してね。全体的にはどんな雰囲気の女性なの? 輪郭は? 鼻筋は? 眉は? 目は? 口は? 唇は?……」
マレの事を、ずっと想っているのに、顔が随分曖昧になってきているのに気付く。もう十八年も経っている。ここはどうかな、長い、短い、丸い、とか相談しながら調整をしていく。半時間ほどかかった。
完成したようだ。葉月が絵を渡してきた。
「どうかな? 似てるかな? 」
そこには、記憶の中の美しいマレがいた。卵を愛おしげに抱いている。朧気だった記憶が鮮明に蘇る。
「マレ……」
思わず、板を撫で、指が黒くなる。涙が板を濡らす。葉月はいつの間にか居なくなっていた。
酒の瓶に板を立て掛ける。たくさん話したい事はあったが、言葉にはできず、タオはずっと板の中のマレと子どもを眺めていた。