56.保育園の行方
タオの店で話し合いが行われた。ムーの夫と二十三歳の長女とその夫、十九歳の次男とその婚約者、そしてタオと葉月、カインだ。シリとドウが保育園だった所で、長女の八歳になる三つ子と一緒に、キックやノーイを含めた小さい子達の面倒を見てくれている。
「タオ、ハヅキ。ムーは隣の家の皆に感謝しとったよ。ありがとう」
ムーの夫はこの一週間位で一回り位小さくなったように見えた。この間まで、ガッチリとした体つきで、精力的なイメージだった。実際、庶民ながら従業員を使い手広く農業や畜産を行っている実業家でもある。
「俺も、もう年だ。最愛のムーを亡くしたので、この世で執着するものも無い。だから、今までやっていた事業は長男に譲ろうと思っとる。
生前、ムーが楽しそうに保育園の話を良くしてくれていた。長女も良く手伝いに行っていたし、子沢山のウチは、家そのものが保育園の様なモノだったからね、いつか、ここの保育園を譲ってもらえないかとムーと話していたんだ。タオよ。良かったら、この家と、保育園を俺達に譲ってもらえんかな? 」
「ああ、ワシたちもムーには心配もかけたし、沢山世話になったのじゃ。こちらこそ礼を言う方じゃ。もし、お主達にこの家や保育園を譲れたら、ワシも嬉しい。じゃが、家は随分古いし、便所や風呂は旧式じゃ。その次男の新婚の住居としては、いささかみすぼらしいのじゃが」
「いや。妻になるこいつの親に言われたんだ。『俺たちは、それこそ豚小屋から始めた。裕福な親におんぶにだっこされてるような軟な奴にはやれん』って。タオじいさんが今度見る時は、風呂や便所は最新式に、家や保育園は新築でピカピカになっているように頑張るよ! 」
次男は初々しい婚約者と一緒に顔を紅潮させ頷き合っている。
「おーおー。それなら、ワシも長生きせんといかんなぁ」
「そう何年もしない内に見せてやるよ! 」
「楽しみじゃな。ワシたちも実は、キックとノーイの生まれ故郷で食堂をしようと思っとるのじゃ。お前達も落ち着いたら旅行に来ればよい」
長女には保育園をよく手伝ってもらっていたので、カインと作った『保育園マニュアル』を使っての業務の引継ぎはスムーズに行われた。長女の夫は、ムーの夫の秘書をしていたようで、家や店の譲渡の手続きも問題ないようだ。
タオとムーの夫は別れ際、固い握手を交わした。葉月は、今は実業家そのものの様なムーの夫が「園長先生」と呼ばれ好々爺の様に相好を崩しているのが見えるようだった。
※ ※ ※
「「「カンパーイ」」」
子ども達が寝静まった夜。タオと葉月とカインが祝杯をあげていた。バンジュートでは十五歳が成人だが、飲酒や喫煙は特に年齢で禁止されてはいない。だが、タオは早期に飲酒や喫煙をしている者が悪い大人に引きずられ、道を外す所をよく見ていた。なので、この家では、十五歳未満は禁酒・喫煙なのだ。そう、カインが十五歳になったのだ。
「へへー。久しぶりの酒だ! 」
「それって、おかしくない? 」
「俺、スラムに住んでたんだぞ。小さい時から、大人の真似してタバコ吸ったり、酒を飲むもんさ。くあー!なんだ? これが本当の酒か? うまい! そして、いつもハヅキの料理は美味いが、つまみっていうのは酒の為にあるんだな! 大人ってスゲー! 」
「悪くなりかけた安酒だったんじゃろう。これは、カインの為の特別な酒じゃからの」
「大人になったね! 頼もしいよ! 」
「ははっ。ハヅキは半年しか知らないじゃないか」
「いや、このくらいの男の子は、あっという間に男性になってるからね」
「そこで、大人のカインよ。お前は、湖の宿屋に来るか? 好いた女はいるのか? お互い十五になっていたら結婚ができるのじゃ。こっちに残って、前言っていた様にどこかの商会に勤めていいのじゃぞ。小さな家位なら準備してやることができるし、向こうに望まれれば婿養子に行けばいい」
「なあ、タオのじいさんよ。運命の番って、どうやってわかるんだよ? 人族でもわかるのか? 」
「獣人は匂いとかでわかるのじゃが。人族は獣性がほとんど失われてるからな、あんまりわからないらしいのじゃ。まあ、接吻して嫌じゃなければ、運命の番の可能性もある位か。運命の番にあったのか? 」
「……」
カインは顔から湯気でも出そうな位真っ赤になっている。だれか、心当たりがあるのだろうか。カインは十五歳。日本の中学三年生と考えれば、体つきもしっかりしている方に見える。辛い過去があるからか、落ち着いていると思う。時々、無邪気な十五歳の男の子らしいところを見ると、ハヅキがほっとするくらいだ。
「あのさ、接吻で赤ちゃんってできるのか? 」
そうか! こっちで性教育なんてないから知らないんだな。タオに目くばせする。男の子の事は大人の男の人に任せよう。タオは任せておけと、頼もしく頷いている。
「わかった。カイン。今から、大人の時間だ。娼館に連れってってやる! 」
なに? こっちの性教育ってこんななの? 葉月が慌てていると、カインが強く拒絶した。
「いやだ! シリに『娼館に行ったら、結婚してあげない』って言われたっ! 」
相手はシリか! まって、まって、シリは十三歳よ! あ、ファーストキスは早い子はそれくらい? こっちの常識が分からないから慌ててしまう。あと二年、シリが大人になるまで、カインには我慢してもらわなければ! タオはいたって平然としている。ウチの孫たちが恋仲なのですよ!
寝室でウトウトしていたシリを起こして連れてくる。何のことかは敏いシリは察している様だ。テーブルの向こうに、カインとシリを座らせる。葉月の横のタオはあまり大事とは思っていない様子。いやいや、まだ、シリは体も小さいんだから! きちんと、知っていてタガが外れるのと、知らないで傷付けちゃうのは違うでしょう。
「二人呼ばれてるのは、なんでか分かってる? 」
「うん。カインと私がお付き合いしてるからでしょ? それで、ハヅキが慌てていることから、この間接吻した事をカインが言っちゃったからかな? 」
「はわわー! そっ、そうなんだけど、シリはその……先の事知ってるんでしょ? カインはあんまり知らないみたいだったから」
「うん。そっちがいいでしょ? 誰が使ったかわかんないのは嫌だから。私が教えればいいだけの事じゃない? 」
「わわわー! それはそうかもしれないけどっ! ちょっと、二人とも聞いてね。すごく大事なことだから」
葉月は農業婦人部で見学に行った、地元中学校の保健体育の性教育の授業を思い出し、自分の言葉で伝えることにした。