54.姫とお茶会
しばらく穏やかな日々が続いている。色々な事があって、気持ちの乱高下で忙しかったが、ようやく落ち着いたようだ。自分は恋愛には向いてないのではないかと改めて思っていた。このまま、凪の様な日々を重ねて年を取っていくのも幸せなのじゃないだろうか。
今日は出雲大社に長期出張中だった姫が帰ってきて、仕事が落ち着いたので、精神体でのお茶をしようと約束していた。早く会いたくて、いつもより早く就寝してみる。
※ ※ ※
「葉月よ。健勝だったか? 長い間、ここに来れずにすまぬ」
息長足姫は相変わらず美しい。神様は年を取らないのだろうか? 久しぶりに見る姫の透明感のある美しさから目が離せない。にっこりと親し気に微笑まれて、思わず顔を赤くする。
「いいよ。姫も忙しかったんでしょ? 姫も変わりないみたいだね。相変わらず綺麗だね」
正直に思った事を口にした。
「そうか? 神々は美しい人が沢山いて、妾が特別とは思わないが、そのように正直に言われるのは面映ゆいものだな。だが、ありがとう。葉月も見ない内に、大分、細くなったのではないか? 」
葉月は、ティーノーンのバンジュートに転移し、どんなところも徒歩移動したり、薄味で脂の少ない食べ物しかないし、間食もメーオの家に行く時しか食べる機会がない。夕食は早めに食べ、睡眠時間をたっぷりとるような生活を五ケ月程度続けている。今まで、二ケ月で三十万円支払ってパーソナルジムに通い、食事をプロテインに置き換え、やっと十キログラム痩せても、すぐリバウンドしていた。感覚的なのだが、三十キログラムは大幅減量していると思う。正確には分からない。しかし、肉に埋まっていた鎖骨も出てきたようだ。身長の高い葉月はスラリとした印象になった。大好きだったアイドルが「ダイエットは最高の整形」と言っていたが、自分でも目が大きくなったり、鼻が高くなったりしたように感じている。有り余る肉に埋まっていたのだろう。
「うん。米俵の半分は痩せたように思うよ。どんなにお金かけても、痩せられなかったのに、やっぱり物理的に無いと我慢するしかないもんね。異世界と地球を行き来できるなら、異世界ダイエットプログラムで、大儲けできそうだよ。
ところで、今回の出張長かったね。本当に旧暦の十月は出雲大社に八百万の神々が集まるんだね。出雲では神在月って言うんでしょ? 」
「ああ、今までは不承不承参加をしていたが、今回は異世界への転移の件を色々調べてきたのだ。それで、いつもより長く滞在することになった。だが、八百万の神々と話してみると楽しかったぞ」
「え、そうなの。お話しいっぱいありそう。じゃあ、とりあえず座って話そうよ。今日はチャイナカフェの点心セットを準備しました」
精神体なのでイメージで自由自在に葉月の記憶から準備できる。葉月が食いしん坊だからか、味や食感まで細部まで再現できている。
今日は点心セットだ。ジャスミン茶を準備した。小さめの中華せいろを開ける。湯気と共にカワイイ桃饅頭が目に飛び込んできた。小籠包やゴマ団子などもある。パンダの取り皿に取り分ける。可愛い。姫と一緒にジャスミン茶で乾杯する。この次は弥生がよく接待で使っていた、ホテルのすし割烹の「寿司アフタヌーンティー」にしよう。
「なあ、葉月よ。妾は、今まで異世界転移を斡旋する事は悪だと思っていたが、そうでもないのかもしれないと今回八百万の神々から話を聞いて思ったのだ。
ティーノーンのガネーシャ神は仲立人とかブローカーとも言われる立場らしい。取引を円滑に進めるためには欠かせないとの事だ。商品の売買を行わないで手数料で利益を得る。それが、妾には悪いイメージだったのだが、欧米ではなりたい職業で地位も高いらしい。妾の勉強不足の様だ」
「えー?でも、ローマ神話のラウェルナ神は姫を騙して転移者を増やそうとしてたんじゃなかったの? 」
「ああ、後から分かったのだが自分の成績を気にしてはいた。だが、妾に強引に進めたり、キックバックを要求はしていなかったのだ」
「キックバックってなに? 」
「ああ、たとえば『この商品を百個売ってくれたらお礼に十万円をあげますよ』と言う事の様だ。これ自体は違法ではない。ティーノーンのガネーシャ神は、個人で異世界転移のブローカーをしているので、特にこれも違法ではないそうだ。それに、ラウェルナは妾に『葉月を転移させたから、神気をくれ』とも、『○人の神を紹介せよ』とかも言っていなかったのだ……」
「もしかして、後悔している? 」
「ああ。葉月を転移させた事自体を後悔している。研修に行って、ラウェルナにあって、妾は浮かれていたんだろう。深く考えもせずに、葉月を異世界に転移させてしまった。前回、葉月の中に入った後も、葉月と妾は細く繋がっている。全てではないが、気持ちの揺らぎは伝わっている。辛かっただろうに、妾には何も言わず、いつも明るく友としていてくれる。ありがとう。そして、すまぬ……」
「違う、違う! 私の事じゃなくて、ラウェルナ神の事だよ」
「……ああ。それはもうよい。会っても気まずいだけだ」
姫は柄にもなく、ゴマ団子を一口で口に含み、口いっぱいに頬張っている。話したくないのだろう。
「それで、情報収集だけでこんなに時間がかかったの」
ジャスミン茶でゴマ団子を流し込み、姫が意気込んで話し始めた。
「それでな、ティーノーンのガネーシャ神がティーノーンの異世界転移のブローカーを個人でしているため、魔力の提供が言い値になってしまっているそうだ。日本神話支部が、ティーノーンの神々とヒンドゥー教のガネーシャ神に連絡を取り、色々な協定を結ぶ運びになったのだ」
「え、ティーノーンのガネーシャ神は? 」
「うーん。彼自身にちょっと色々な疑惑があるみたいで、そこは、本体のガネーシャ様にお願いするしかないようだ」
「ふーん。神様たちも大変なんだねー。あ、それで、日本の八百万の神様の事、教えてよ! 」
「そうだな、葉月が大好きなアイドルに負けない美貌の姫にも会ってきたぞ」
「えー、いいなあ! どんな感じの神様なの? 」
今日も葉月の精神体のお茶会は賑やかだ。