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52. 葉月の嘘

 いつもの裏庭に続く階段。子ども達が就寝してからタオは葉月に呼ばれ、深夜の今、隣に座っている。


 何事かと葉月に聞くと、二ホンの家族がタオと話したいと言っているそうだ。相手は、葉月の妹と隣に住む幼馴染で兄のような人だと説明を受けた。何故か、葉月は緊張している様に見える。


「どうしたんじゃ? 」  


「隣りのお兄ちゃん、恵兄ちゃんがね、ちょっと口調がキツいんだ。もし、失礼な事言ったらごめんね。昔から私と妹をとっても可愛がってくれたから、ちょっと過保護なの」


「わかった。まあ、違う世界に来てるから心配しとるんじゃろう」


 手鏡が淡く光り始めた。鏡の向こうには臨戦態勢の恵一郎と弥生がいた。二人共、眉をキュッと上げ、獲物を仕留める為に、距離を測り足踏みしている肉食獣の様だ。


「葉月、準備できとる? タオさんは?」


「う、うん。タオは隣にいるよ。あのね、二人共。タオは私を奴隷から解放してくれて、この世界で私に家族をくれた、大切な人なの。酷い言葉とか言わないでよ! 」


「わかっとうよ! 二人共社会人になって長かけんね。本音は隠してちゃんと伝える事は伝えるさ」


「お願いだからね。特に恵兄ちゃん、よかね? 」


「葉月の恩人に、暴言ば吐くことはせんよ」


 弥生が手鏡の前で余所行きの顔をしている。


『はじめまして。葉月の妹の弥生です』


「?」


 困惑気味のタオが葉月を振り返る。


「タオ?どうしたの?」


「すまないんじゃが、通訳をしてくれんか? 音としては聞き取れるんじゃが……」


 葉月は考えた。手鏡自体には翻訳機能は付いてないのだ。できるだけ、タオの印象を良くするため、葉月を褒めている様に伝えればいい。


「弥生がね『初めまして、葉月の妹の弥生です』って言ってる」


「ああ、タオじゃ。よろしく。葉月の妹は美人じゃの」


「『タオです。よろしく。ハヅキの妹は、姉に似て美人ですね』だって」


 タオは少し不思議な顔をして葉月を見る。弥生がまた話し始めた。


『うふふ。タオさんにはそう見えてるんですね。姉に好意を寄せていただいて嬉しいです。今回の異世界転移の際には、姉がとてもお世話になりました。奴隷として売れ残っていた所を、買い上げ、解放までして頂いたと聞いています。本当に、感謝してもしきれません。ありがとうございました』


 弥生の言葉が長い。葉月は覚えきれずに要約することにした。


「『美人が好きなんですね。ハヅキを拾ってくれてありがとう。感謝しています』」


「いや、こちらこそ、親友夫婦をハヅキの治癒魔法で助けてもらったり、日々の生活で助けてもらうばかりで、感謝しとるのじゃ」


 葉月は、ここでタオのイメージアップを図ることにした。


「『ハヅキの治癒魔法は素晴らしい! 私の親友夫婦の恩人です! そして、ハヅキの家事能力の高さは世界で一番です! 私はハヅキがいないと生活ができないほどです。特に料理はハヅキ作ったもの以外食べたくない位です。今の私の身体は、ハヅキによって作られています』」


 どうだ! これだけ褒めたたえたら、イメージアップ間違いなしだろう。突然、恵一郎が参加してきた。


『兄の恵一郎です。幼馴染ですが、一緒に育ってきたので、私は葉月を大切な妹と思っています。まずは、異世界で後ろ盾のない葉月を保護していただき、ありがとうございました。また、自由民にして頂いたとのこと。重ね重ねになりいますが本当にありがとうございます』


 一旦言葉を切り、葉月に通訳を促している。


「えっと『兄の恵一郎です。拾ってくれてありがとう』」


『短くないか? まあ、葉月の事だ。端折っているんだろうが。きっちり通訳をするように。』


 恵一郎の鋭い目線を受け、葉月はごまかしがバレるかとドキドキしながらこくこく頷く。恵一郎は続けて言った。


『タオさんには、葉月を大変お気に召していただいていると聞き及んでおります。そちらでは家族と公言していただいているようですね。それでも、男女の関係では無いとの事。しかし、葉月の方はタオさんの事を憎からず思っているようです。タオさんは独身と聞いています。私は古い考えの者なので、あいまいな関係の男女が同じ屋根の下に住む事に抵抗があるのです。今後、婚約等考えていただいているなら、考えなくもありませんが……』


 間が空く。通訳を促されているが、何と言おうか。


「えー『結婚前の男女が一緒に住むのは、ダメだ』だって」


「二ホンではそうなのじゃな。部屋は別だがダメなのじゃろうか? 」


 面倒だな。そうだ、女中なら同居してもおかしくないかも!


「『ハヅキは女中』ってタオは言ってるよ」


『はあ? なんかそいはっ! 葉月ば女中扱いしとるてや? ちょっとタオば画面の前に置かんか! 』


 やばい、恵兄ちゃん激怒させてしまった。後ろで弥生も鬼の形相だ。タオが正面に来るように手鏡を調整した。当然タオは困惑顔だ。


『タオさん! 私にとって葉月は大切な妹なんです。弥生にとっては唯一の姉です。タオさんにはたくさんの恩義があると思います。私達も感謝しています。それでも、それでも! 家族と言いながら、実は金のかからない女中として置くなんて許せません! そんな風に思う男と一緒に葉月を住ませることはできません! 』 


 しまった! 完全に間違えた! どうすればいいのか。とりあえず、落ち着かせないと!えっと、えっと、頭がパニックになる。考えろ、無い頭でも考えるんだ。見えてる言動と、通訳が離れすぎてもおかしいから。


「恵にいちゃんは『ハヅキはやらん!』て、いってるような……」


 タオは完全に葉月の翻訳を疑っている。疑惑の眼差しが痛い。


「……ハヅキ。ハヅキが言う言葉は全部ワシには伝わっとるぞ。何で大げさに言うのじゃ? お前の兄ちゃんや妹が怒っとるじゃないか。何を言ったんじゃ?」


「ハヅキは女中だって恵兄ちゃんに言った。え? 私が言う事全部……なのっ? 」


「うん、葉月の話す言葉は全部普通に話している様に聞こえとるのじゃ。その後は何と言われてたのじゃ? お前が分かる分、お前の言葉で話してくれ 」


 突然、手鏡の向こうでもめている様子が見え、恵一郎と弥生は勢いをそがれた。やはり、葉月の通訳はおかしいと思っていた。


 大体、葉月はあまり頭の回転が良い方ではないのに、自分の小さな失敗をごまかす為、小さな嘘を重ねるのだ。結局謝ることになるのに。小さいころから変わらない葉月を見て、恵一郎と弥生は目を合わせて苦笑する。2人は手鏡の向こうの様子をもう少し見守ることにした。

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