51.恵一郎の命令は絶対!
葉月が異世界転移して四ケ月経った。日本はもう十一月の終わりだ。姫は今、出雲大社に長期出張中だ。もうすぐ帰ってくるそうだ。
タオの店は完全に廃業した。タオはギルドの初心者講習の講師をしたり、初心者冒険者のガイドなどをしている。
葉月はムーと一緒に、タオの店舗で保育園の様な事をしている。農業婦人会で見学に行った、日本の小規模保育園を参考にしている。希望があれば、ムーのご飯も提供している。常に一歳~六歳位の子が十人程度いる程盛況だ。まあ、そのうちの二人はキックとノーイで、四~五人はムーの孫なのだが。手が足りない時は、ムーの子や孫が手伝ってくれる。お天気のいい日に公園まで押すお散歩カーはタオと協力して作った。今は下町の商店街でもお散歩姿が可愛いと人気だ。
メーオの魔法研究も大体五日おきに行っている。なれなれしい振る舞いをするが、誰にも心の内を見せない印象だったメーオは、ツンデレ属性の大きな猫になってしまった。仲良くなったと思うとツンツンするし、放っておくと家事を邪魔したりしてくる。今だ研究らしき研究ではなく、メーオに迎えに来てもらい、一緒に買い物をして、お昼ご飯を軽く食べて、掃除をし、洗濯をし、おやつとお茶をして、夕飯を作って一緒に食べて、送ってもらうというルーティンをこなしている。たまに、魔法の練習をするくらいだ。バーリック様に呼ばれることも無く、神殿に呼ばれることも無い。お給金も滞りなく支払われているので、このバイトを葉月は続けたいと思っている。
ポームメーレニアン様にはあれから会えていない。風の噂でお見合いをしたとか、婚約したとか、色々聞いたが、推しには幸せでいてほしいと願うばかりだ。
今日の手鏡通信は弥生と恵一郎だ。日本は土曜日の午後六時頃らしい。
「結局、葉月はモテ期だったの? 」
「ごめーん。違ったごたー。てへっ。勘違い? 」
「男から見ると、全員脈ありかとも思ったが、俺は恋愛経験も少なかし、街コンの見合い結婚にも失敗しとるしな。ここにいる三人ではデータが無さすぎる」
「あ、私は生殖行動のみで、恋愛経験ゼロやっけん。聞いてもまともには答えられんよ」
「弥生……。あん時は、お母さんが亡くなって寂しいから、彼氏に依存してたのかと思ってたけど、今なら真相話してくれる。相手は誰やったと? 」
「……ま、いっか。塾のアルバイト講師の医大生が、遺伝子的な父親。ほら、あの大きな総合病院の息子」
「なんて? 弥生、父親のわかっとって、なんで認知ばしてもらっとらんとか! ちゃんとルーツば知りたか時に子どもに伝えんと、不安になるとか言うやろう? 今ならDNA検査もあるけん、きちんと父親にも知らせんばいかんとやなかか? 俺だったら、自分の遺伝子が引き継がれている人間ば見てみたか! 」
「恵兄ちゃん。人間て言うと、それ、ドン引き案件やっけん」
「いや。こいは、種族保存本能ていうて、生物の基本ばい。俺は残念ながら、残せとらん。だけん、男として羨ましかとさ」
「実は妊娠は、私の計画的犯行やったと。一応、顔とスタイルと頭の良さを基準に選んだとけどさ。性格は、自分が付き合ってた女が出産したと聞いても連絡してこない所で察して。まあ、私も妊娠が確定してから連絡はしてないけどさ。なんでか、松尾家を残すには、私が早く子供産んで、バリバリ仕事して、会社立ち上げて、皆ば守る! って思っとったと。今思うと、やっぱり未成年の浅知恵だよね。
そのしわ寄せが葉月に行っちゃった。ごめんね。自由にお仕事とかしたかったよね? 私、子育てのいいとこ取りして、大変な所全部葉月に押し付けて、葉月のしたかったこと、晴と晃の子育てばしてもらって全部奪った。本当にごめん……」
「なんば言いよっと? あんなに賢くて可愛い息子と娘、私なら産めたかどうか。こっちこそ、子育てさせてもらってありがとうだよ。まあ、晴と晃ば可愛がった分、老後にかまってもらおうと思っとたとけど、そいが、できん事が残念かな。手を引いてお散歩してもらったりさ、温泉に連れてってもらうとかさ」
弥生は涙を流している。本当に葉月も弥生もお互い不器用で、生き方が下手なのだ。もっと話し合えば良かったと、もう戻れないほど離れてから思う。
「ねえ、葉月は何で異世界にまで行きたかった? 別居じゃダメやったと? 」
痩せてしまった弥生の頬には影ができている。美しい妹をそこまで悩ませたことに後悔の念に駆られる。
「うん? まあ、改築の設計図に私の部屋が無くて、松尾家に私はいらないのかなって思ってさ。お蔵さんで、鏡見ながらバッサリ髪切って気分一新しようと思って。そん時、愚痴ったとよ。『あー、誰も知らない所に行きたい』って。そしたら姫が出てきたくれたと。それで、ね」
「「へ?? 」」
「うん。事故みたいなものかな? 」
「ばかたれが!! そがん事で、遠くに行ってから。もう会えんとばい。いっつも言いよったやろうが。一旦考えろて!! 」
鬼の恵一郎が泣いている。眼鏡を外して、ベルトインしたチェックのシャツの袖でゴシゴシ目をこすっている。恵一郎の白髪が見える。四ケ月前よりずいぶん増えてオジサン感が増している。
「葉月の部屋はね、年取ると階段きつくなるけん、一階に作る予定やったと。そいぎん、私達三人とも葉月の隣の部屋が良かて言うて、建築家の先生ば困らせて、増築するか改築するか、いっそ新築にするか悩んでて、途中までしか決まっとらんやったとよ? 」
「……。何? 私、早とちり? 」
「ほら! そがんやっけん……。そがんとこに行って……。もう、俺や弥生は守ってやれんとばい。今までのごと、慰めてもやれん。自分でなんでんせんといかんとばい。そいけん、健康に気を付けて、少し痩せんばいかんぞ。よか人に巡りあって、結婚せんば! 」
「恵兄ちゃん、そいばソロハラとかマリハラて言うけん、職場で言うぎんいかんよ」
「異世界では関係なか! 誰か、お前と添い遂げて、看取ってくれる人ば探さんぎんいかん。葉月に一人寂しく死んで欲しゅうなか! 」
「あ、タオが看取ってくるって約束しとーよ。私達は、家族だから」
「なんで? たった四ケ月で家族て言われて、なんかジェラシー。タオさんに葉月ば取られてイラっとする。そいで、亡くなった前妻を想っているのって、想い出補正がかかるから葉月は勝てんやん。キープされとるごたって、失礼じゃなかと? 」
「そがん思うばい。葉月、明日、タオさんと面接すっけん、今くらいの時間に手鏡ば準備しとって! こいは、俺からの命令やけんな! 葉月! 弥生! 俺の命令は……」
「「絶対!!」」
「よし、決まり! 」
恵一郎の鶴の一声でタオとの面談が決まった。
ポームメーレニアン様にはあれから会えていない。風の噂でお見合いをしたとか、婚約したとか、色々聞いたが、推しには幸せでいてほしいと願うばかりだ。
今日の手鏡通信は弥生と恵一郎だ。日本は土曜日の午前11時頃らしい。
「結局、葉月はモテ期だったの? 」
「ごめーん。違ったごたー。てへっ。勘違い? 」
「男から見ると、全員脈ありかとも思ったが、俺は恋愛経験も少なかし、街コンの見合い結婚にも失敗しとるしな。ここにいる3人ではデータが無さすぎる」
「あ、私は生殖行動のみで、恋愛経験ゼロですよ。聞いてもまともには答えられんよ」
「弥生……。あん時は、お母さんが亡くなって寂しいから、彼氏に依存してたのかと思ってたけど、今なら真相話してくれる? 相手は誰やったと? 」
「……ま、いっか。塾のアルバイト講師の医大生が遺伝子的な父親。ほら、あの大きな総合病院の息子」
「なんて? 弥生、父親のわかっとって、なんで認知ばしてもらっとらんとか! ちゃんとルーツば知りたか時に子どもに伝えんと、不安になるとか言うやろう? 今ならDNA検査もあるけん、きちんと父親にも知らせんばいかんとやなかか? 俺だったら、自分の遺伝子が引き継がれている人間ば見てみたか! 」
「恵兄ちゃん。人間て言うと、それ、ドン引き案件やっけん」
「いや。こいは、種族保存本能ていうて、生物の基本ばい。俺は残念ながら、残せとらん。だけん、男として羨ましかとさ」
「実は妊娠は、私の計画的犯行やったと。一応、顔とスタイルと頭の良さを基準に選びました。性格は、自分が付き合ってた女が出産したと聞いても連絡してこない所で察して。まあ、私も妊娠が確定してから連絡はしてないけどさ。なんでか、松尾家を残すには、私が早く子供産んで、バリバリ仕事して、会社立ち上げて、皆ば守る!って思っとったと。今思うと、やっぱり未成年の浅知恵だよね。そのしわ寄せが葉月に行っちゃった。ごめんね。自由にお仕事とかしたかったよね? 私、子育てのいいとこ取りして、大変な所全部葉月に押し付けて。葉月のしたかったこと子育てで全部奪った。本当にごめん……」
「なんば言いよっと? あんなに賢くて可愛い息子と娘、私なら産めたかどうか。こっちこそ、子育てさせてもらってありがとうだよ。まあ、晴と晃ば可愛がった分、老後にかまってもらおうと思っとたとけど、そいが、できん事が残念かな? 手を引いてお散歩してもらったりさ、温泉に連れてってもらうとかさ」
弥生は涙を流している。本当に葉月も弥生もお互い不器用で、生き方が下手なのだ。もっと話し合えば良かったと、もう戻れないほど離れてから思う。
「ねえ、葉月は何で異世界にまで行きたかった? 別居じゃダメやったと? 」
痩せてしまった弥生の頬には影ができている。美しい妹をそこまで悩ませたことに後悔の念に駆られる。
「うん? まあ、改築の設計図に私の部屋が無くて、松尾家に私はいらないのかなって思ってさ。お蔵さんで、鏡見ながらバッサリ髪切って気分一新しようと思って。そん時、愚痴ったとよ。『あー、誰も知らない所に行きたい』って。そしたら姫が出てきたくれたと。それで、ね」
「「へ?? 」」
「うん。事故みたいなものかな? 」
「ばかたれが!! そがん事で、遠くに行ってから。もう会えんとばい。いっつも言いよったやろうが。一旦考えろて!! 」
鬼の恵一郎が泣いている。眼鏡を外して、ベルトインしたチェックのシャツの袖でゴシゴシ目をこすっている。恵一郎の白髪が見える。3ケ月前よりずいぶん増えてオジサン感が増している。
「葉月の部屋はね、年取ると階段きつくなるけん、1階に作る予定やったと。そいぎん、私達3人とも葉月の隣の部屋が良かて言うて、建築家の先生ば困らせて、増築するか改築するかいっそ新築にするか悩んでて、途中までしか決まっとらんやったとよ? 」
「……。何? 私、早とちり? 」
「ほら! そがんやっけん……。そがんとこに行って……。もう、俺や弥生は守ってやれんとばい。健康に気を付けて、少し痩せんばいかんぞ。よか人に巡りあって、結婚ばしてもらわんぎんいかんね」
「恵兄ちゃん、そいばソロハラとかマリハラて言うけん、職場で言うぎんいかんよ」
「異世界では関係なか! 誰か、お前ば看取ってくれる人ば探さんぎんいかん。葉月に一人寂しく死んで欲しゅうなか!」
「あ、タオが看取ってくるって約束しとーよ。私達は、家族だから」
「たった3ケ月で家族て言われて、なんかジェラシー。タオさんに葉月ば取られてイラっとする。そいで、亡くなった前妻を想っているのって、想い出補正がかかるから葉月は勝てんやん。キープされとるごたって、失礼じゃなかと? 」
「そがん思うばい。葉月、明日、タオさんと面接すっけん、今くらいの時間に手鏡ば準備しとって! こいは、俺からの命令やけんな! 葉月! 弥生! 俺の命令は……」
「「絶対!!」」
「よし、決まり! 」
恵一郎の鶴の一声でタオとの面談が決まった。