50. メーオの家で研究と言う家事労働
今日はメーオの家でお仕事だ。初めての訪問から約一か月。前回の訪問から五日経っている。メーオの家は清潔に保てているだろうか。魔法の研究と言いながら、やっていることはほとんど家事労働だ。
これから、メーオと今日の献立を相談しながら市場に行くことから仕事は始まる。
「ハヅキー。迎えに来たよー!」
メーオがワクワクした顔でやってきた。葉月の訪問を楽しみにしてくれている。部屋も片付き、洗濯や料理もしてもらえるのだ。あんなゴミ屋敷になるまでに、身体的にも精神的にも追い詰められていたのではないだろうか。メーオが心身ともに健康になるその一助になるなら、葉月もやぶさかではない。
「店主。ハヅキを借りていくね。じゃあね、おちびさん達もバイバイ」
葉月は玄関先でタオ達に小さく手を振る。タオは頷いた後、抱いている双子と一緒に家に入る。
「ふーん。なんか、家族って感じだねー」
「私のティーノーンでの大切な家族ですからね」
「店主とは結婚するの? 」
「しませんよー。タオには運命の番がいるんだから」
「じゃあ、葉月の片想い? でもなさそうだけど」
「私は嫉妬深いので、誰かを想っている人に恋はできないからね。あっちの世界でも、こっちの世界でも、私に運命の王子さまは、《《まだ》》現れてませーん」
「へー、その年でまだ恋愛したいの。お盛んだねー」
「メーオも同い年でしょ。沢山彼女がいて日替わりだって聞いたよ。あ、女の人とのアレコレは自分で掃除してね」
「……僕の家には葉月しか入れないよ。あ、そうそう、ポームメーレニアンとはどうなったの? 」
メーオはわざとらしく聞いてくる。
「知ってるんでしょ? ポームメーレニアン様のお兄様がウチに乗り込んできたの! 」
「あはは。どんな事をしたらそんな事になるのか不思議だよ。兵士の詰め所でも噂になってたよ。『奴隷上がりの平民が豪族の子息に見初められたのに、愛人になるのを断ったそうだ。どんな傾国の美女なのか』だって! 」
「もう。面白がってるでしょ。本当に迷惑なの! 兵士の皆さんや、下町には普通来ない中心街のお金持ちの人がね、わざわざ家にまで見に来て、勝手に期待値を上げといて『デカくて醜い婆さんじゃないか』って。
ポームメーレニアン様のお兄様ね『愛人になる気がないなら、弟を惑わせないでくれ』って言って、お金を渡そうとしてきたんだよ。丁寧にお断りして『ここから、ご活躍をお祈りしています』って言ったよ。もう一ケ月位あえてないの。元気ってことはシリから聞いて安心してるけど……。ポームメーレニアン様の事が噂になりすぎてなんか、今の家、居心地悪いんだよね。どこかに引っ越そうかなー、なんて言っても行くところなんてないんだけど」
「じゃあ、僕の所に来る? 」
「はあ? メーオのお家は中心街にあるし、バーリック様のお屋敷が近いから兵士さんいっぱい通るし、ポームメーレニアン様のご自宅も近くにあるでしょ? 何の解決にもならないじゃん」
「あはは。そうだね。残念。葉月と一緒に住めるかと思ったのに」
「えー、家政婦は週に一回位で十分でしょ。あ、もしかして魅惑の葉月の料理に胃袋をつかまれたの。そっかー、それなら仕方がない。今日の晩御飯は腕を振るいましょうかねー。ね、メーオは何が好き? 」
「……ハヅキ」
「そっかー、決められないかな。少し寒くなってきたから、あったかいご飯にしようか? 」
「……そうだね、鍋物食べたことないんだよね。同じ鍋をつつくの無理だから」
「一人鍋にしてあげようか」
「いや、ハヅキと一緒に挑戦してみようかな」
「メーオは潔癖なのかな。取り箸を準備したら大丈夫だから。じゃあ、中身はメーオの好きな鶏肉にしよう」
葉月は鼻歌を歌いながら買い物を続けている。休みの日の六時間はメーオの為だけに使われる時間。メーオは、そのたった六時間の為に今は生きている。
メーオは今までどんな人に対しても興味が持てなかった。父親や母親、兄弟に対しても執着することは無かった。それは、友達や、ガールフレンドに対してもだ。楽しい事や気持ちイイ事は好きだが、そこまで至るやり取りや、その後にある面倒臭い執着は嫌いだ。だから、メーオの周りには刹那的な生き方をする者が集まっているだけだ。
だが、ターオルングのニホンジンはメーオの生きるための唯一だった魔法を冒涜した。だから、初めて会った能天気なハヅキを憎んで、奴隷落ちした事を喜んでいた。しばらくして神殿から特殊な治癒魔法を使うニホンジンの話を聞いて耳を疑った。葉月の魔力はチキュウの神に制限をかけられ極小だったのに。メーオはその魔法が見たくて葉月と契約を交わした。
葉月はとても変わった女だった。自分に危害を加えて、半分脅迫して連れてこられたというのに、毎日の生活が大切だと大掃除を始めた。それに使用する魔法は、どれも洗練されており、重複して魔法をかけたり、重力魔法さえも使いこなし、最期には大量の熱量を含む爆発を起こしたではないか。だが、本人はそんなことはどうでも良いというように、母親の様に世話を焼くことに執心している。そして、葉月の言う、転移時の魔力や通常使用時の魔力の搾取の件。今まで魔法がティーノーンの神々の恩恵と疑ってもみなかったメーオに新しい視点を与えてくれた。面白い。葉月と居ると、毎日が色づいた様だ。
今日も葉月と一緒に床を磨く。見事な魔法操作を行うのに、仕上げのぬか袋で床や壁を磨くのは手作業で行う。文句を言いながらも、一緒に同じ作業をすると一体感と言うものを初めて感じた。それから、毎回嫌々しているようでいて、実は楽しんでもいるのだ。
向かい合って鍋を食べる。今まで、家族でもなんだか気持ち悪く感じて同じ鍋から一緒に食べたことは無かった。今日は工夫して、取り箸を使用して、自分が食べたいものだけを取る。バンジュートの鍋は自分の食べている箸で直接鍋の具材を取り、なんなら相手に自分の食べている箸で取り分ける。葉月の料理は美味い。それでも、そんな事は生理的に無理だと思っていた。だが、今、メーオは自分が食べた肉が美味しいと思ったので、思わず葉月に差し出していたのだ。
「ん、おひしー」
何の疑問も無く、差し出された肉をぱくりと食べる葉月。口をハフハフさせ嬉しそうに笑う。しもぶくれの頬がさらに膨らんでいる。不細工だなと思うが、可愛いとも思う。
「このつくね、メーオがミンチにしてくれたお肉とお野菜入ってるんだよ」
葉月が自分のお椀の上に持ち上げる。メーオはテーブルの向こうにある葉月の手を取り、つくねを食べる。
「あ、もう! 私が食べようと思っていたのに! でもまだ沢山お鍋の下の方にあるもんねー」
メーオは赤く上気した頬を手で隠しながら、咀嚼し嚥下する。美味しいと感じた。できれば、食べさせあいたいとも思った。今日も六時間はあっという間に過ぎていく。