40.お前を愛することは無い
タオはゆっくりとハヅキを胸の中から解放する。同じ目線のタオを見ると、凄く苦しい表情をしている。
「ハヅキは『運命の番』を知っているか? 」
「ペーンさんとハーンさんみたいに運命的に出会って惹かれ合う番の事でしょ? 」
「いや、もっと強い繋がりなのじゃ。まるで呪い位にな。
ワシには運命の番がいた。出会ったのは、まだ十八歳位だったか。ワシは冒険者として魔獣退治や、ダンジョンに潜って魔石を採取して、たまたま順調にランクを上げることができた。その頃のワシにはできない事は無いと思い込んでいる様な生意気なガキじゃった。いつも行く武器屋の看板娘だったマレ(ジャスミンの花)はリザードマンだった。運命の番は種族関係なく、こう、本能で求めあうもんなんじゃ。親の目を盗んで、何回も会って、その、体の関係もあった。
ワシは二十歳、マレが十八歳になる時、王命で魔獣退治に行って、半年ぐらい帰れなかったんじゃ。それで、帰ってきたらマレとその腹にいたワシの子を卵詰まりで二人とも亡くしてしまっていたんじゃ。異種間の妊娠は異常が出る事が多いなんてその後知ったのじゃ。親に冒険者なんて危ない仕事をしてる奴とは交際禁止と言われていて、妊娠していた事を言えずに、具合が悪い事も黙っていた様じゃ。ワシが早く運命の番だってことを親父さんに言っていたらよかったのじゃ。殴られても、半殺しにあっても、婿になって武器屋を継いだって良かったのに。親父さんたちは会ってもくれなかった。墓参りも許されなかった。それからワシには嫁や子はマレとその子だけなのじゃ」
タオが、子ども達の事を「孫」というのはこういったことなのだと葉月は理解した。だが、ムーから運命の番は相手が亡くなったら解消になると言っていたが、また出会う事は無かったのだろうか?
「師匠から聞いたんだけど、相手の方が亡くなったら運命の番は解消されるってきいたんだけど……」
「ああ、そうはそうなんじゃが。まあ、欲はでるようになったから、それは商売の姐さん達にたのむのじゃが、もう、若くはないし、あんな魂の片割れを心から欲するような恋はできんのじゃ。まあ、それが呪いのようにワシにかかったままなのじゃ。じゃが、ワシはこれでいい。これはワシが受けなければいけない罰じゃからの。じゃから、ワシはハヅキを愛することはないのじゃ」
「なんか、私、告白もしてないのに振られたような感じになっているんですけど! 私、タオのこと、優しくていい人とは思ったけど、絶対これ以上好きになる事はないから! だって、ずっと一番の人がいるんでしょ? お付き合いする人に、心の中に私以外に想う人がいるなんて真っ平ごめんだからね! それに、私がこの年でも待ってる王子さまは、私より背がうーんと高くて、私の体重でも軽々とお姫様抱っこしてくれる、私をデロデロに甘やかしてくれる細マッチョのお金持ちなんだからっ!! 」
手鏡を胸にしまい、小走りに階段から降りて井戸に行き乱暴に水を汲み桶に移す。ほとんどの水をこぼしてしまった。失恋したのなんていつぶりか分からないのに、胸の痛みはその時と同じようにズキズキする。これはやっぱり恋だったのかもしれない。バシャバシャと盛大に音を立てて顔を洗う。ギシギシと音が出そうに歯磨きをした。振り返ると、もう、タオは階段に居なかった。
※ ※ ※
「葉月は、ポメ様が好きなの? 」
昼食の後片付けをしながらシリが聞いてくる。びっくりして言葉が出ない葉月にシリは畳みかけるように聞いてきた。
「だって、ハヅキの理想の王子様ってポメ様でしょ? それに、ポメ様、いつもハヅキを気にして『ハヅキは変わらず元気か?今度、こちらに連れてきなさい。一緒にお茶でもしよう』なんて言ってくるんだよ。他の女中さんに聞いても、今までそんな風に女の人の事気にしたことないんだって。
それに、今朝、ハヅキがタオじいちゃんに言ってるの聞こえたよ。お金持ちで、マッチョで、優しくて、背が高くて、ハヅキを軽々と抱っこできる人がいいって。名前は言ってなかったけど、ハヅキがこっちで知ってる人で、そんな事できるのポメ様しかいないじゃん。朝から、すごく大きい声だったから。お隣のムーばあちゃんにも聞こえちゃったんじゃない? 」
自由民になったシリは、今、ポメ様の実家に下働きの女中として通いで働いている。ドウも一緒に厨房の下働きに行っている。ポメ様は意外にお金持ちの坊ちゃまだったのだ。シリとドウは慣れたら住み込みで働かないかと誘われている様だ。
「いや、なんで? 町で時々立ち話位したけど。それにポメ様は二十二か二十三歳位だったでしょ? 私、お婆ちゃんだし。身分も違うんでしょ?」
ここ、バンジュートには貴族はいないが、豪族と呼ばれる地位があるそうだ。ポメ様はその豪族の三男坊の様だ。
「洗濯の時、お姉さん達のお話しを色々聞くんだけどさ、ポメ様が、誰かと婚約する間の愛人にハヅキをしたら良いんじゃないかって話が出てるんだって。女の人に慣れてないポメ様に奥様似のハヅキで《《ナニ》》を練習するんだって。それに、ハヅキはもうお婆ちゃんだから妊娠もしないから良いだろうって。」
「な、な、な、なー! だめよ! シリ、あなたまだ十三歳なんだから、そんなお話し聞いたらダメです! あー、私の天使が汚れる! 」
「残念でした! 私、もう何でも知ってますー。もしかして、ハヅキより知ってるかもね? 」
朝から衝撃的な話を聞いて魂が抜けかけた時に、うんしょ、うんしょとキックとノーイが裏庭の階段を下りてくる。ああ、ここにも私の天使たちがいる! 私の心に浄化の魔法をかけてもらおう。
今日は竈の横に小さい椅子と机をだして、台湾で食べたダンピン風、甘くないクレープっぽいやつを焼いてあげよう。
青ネギ風の匂いの少ない野菜を混ぜて、角煮のクズを混ぜて薄い卵焼きを焼く。冷ましていたクレープ風の生地にこの薄い卵焼きを巻いて食べるのだ。
「おいしーね。ハヅキ、ムーばーちゃんと同じ。お料理、上手! 」
この頃キックはおしゃべりがとても上手だ。家族にご飯が美味しいって言ってもらえるのは素直に嬉しい。
「……むぐ、むぐ」
ノーイは無口だ。そして人一倍食いしん坊だ。ガツガツと食べている姿はいつもおっとりしているノーイとは違う子の様にも見える。葉月は以前動物園が投稿している動画のコツメカワウソのお食事風景を思い出し、納得していた。そんないつもの食事風景を見ていた時だった。タオが店頭から慌てて葉月を呼んでいる。
「はーい! 何ですか? 」
朝の事があったので、できるだけ普段通りに振舞って店に顔を出す。
「やあ。元気にしていましたか? ハヅキ」
そこには胡散臭い笑顔を張り付けた魔法兵士のメーオがいた。