27.葉月の中の姫
※神道の用語を利用していますが、素人が創作のため作った作り話です。
息長足姫は葉月と手鏡の通信ができるように衣服を整え、自室の文机の前に座る。久しぶりに香を焚きしめ白粉と紅を引いている。もうすぐナ・シングワンチャーは夜になるだろう。そわそわと手鏡と対になる鏡の前で待つ。庶民は明かりを節約するために、早めに就寝するらしい。だが、あちらも夏にあたる季節で日が長いようだ。もう少し待ってみようと思った時だった。葉月が禍々しいモノに侵された事を感じた。
あぁ、葉月は波乱万丈になる運命なのだろうか。その一端は自分の浅慮が発端なので、どんなことをしても葉月を守らなければならない。今すぐ、葉月の所に行かなければ。分霊して、自分が葉月の中に入るしかない。
屋敷の神職や巫女に、分霊し自分がティーノーンに行くことを告げる。この頃、精神的に不安定な姫の突然の決断に不安視するものもいた。が、危険があるようであれば合祀し、統合するように伝えて、急いで禊を行い、神事を行った。
姫はティーノーンの葉月の精神の中に分霊した。分霊とはざっくりと言えばクローンだ。本来は、新しい神社を作るときに本社の祭神を他所で祀る際、神霊を分けたものを指す。今回、姫がやったことはティーノーンのガネーシャと同じような存在になり、尚且つ葉月の中に入ったのだ。分霊は分割とは違うため、同じ能力を持ったままでいられる。
ぐったりとした精神体の葉月がいた。姫は自分の太ももに葉月の頭を乗せ、髪を手で梳いてやる。介護していた者の中には瘴気の素となるものがあったようだ。様々な器官にカビの根の様に張っていたモノを吸い出し、吐き出した。だが、もうその根は心臓に深く深く根を張っており、制限をかけた葉月の魔法では多少の痛みの軽減はできても完治はできないのだ。病人に、もう時間が少ししかない事を知れば優しい葉月は、妾に制限を外してくれと願うだろう。だが、やはりターオルングのニホンジンやティーノーンのピンクのガネーシャに利用された転移者のようにはなって欲しくない。運命と死を受け入れてくれるだろうか。葉月には、この世界では、穏やかに日々を過ごしてほしいのだ。息長足姫は、葉月の日々が心安く過ごせる事を祈りながらモゾモゾと動く葉月を眺めていた。
「葉月、葉月。妾だ。息長足姫だ。目を覚ませ」
葉月に声をかける。
「姫、ごめんなさい。せっかく異世界転移させてもらったのに、私死んじゃったかも」
心配する葉月に死んではいない事、お互い精神体で、今は葉月の心の中で話すことが出来て、お互い触れることができる事を告げる。そして、長く葉月の中にいるつもりはなく、魔法やスキルを利用できるまでの間と期間を区切った。
葉月は素直に喜んでくれている。本音はティーノーンの神々とは関わりたくない。どうなるか分からないが、葉月の目の前の問題を粛々とこなすことに尽力しよう。
目の前の葉月が消えた。精神と肉体が統合し、覚醒したのだろう。もうしばらく、葉月の中で休もう。葉月の中は柔らかく、温かい。
※ ※ ※
目が覚めた。自分の中に姫がいる事を確信して、嬉しくなる。
嘔吐したのは覚えているが、筵とシーツはきれいになっていた。だが、口の中が変な味がして歯磨きやうがいをしたくなった。ゆっくりと手をつきながら上半身を起こした。ふらつきは無い。小上がりの縁に腰掛け、立ち上がる。ゆっくりと窓の月明りを頼りに外に出る。心配で泊ってくれたであろうムーの規則的な鼾を聞いて、笑いがこみあげてくる。ハーンは特に変わりなさそうだ。あの後、どうなったのだろうか。明日か、もう今日かもしれない、どうなったか確認してみよう。もし、良くなっていたらペーンにも治癒魔法をガンガンかけて、ドウが言っていたようにキックとノーイを抱っこさせてあげよう。
外は月明りで、思いの外明るかった。
恐々トイレに行き、排泄後、バケツに汲んである水で陰部を流す。そして柄杓に数杯水を多めに流すと蓋が押され、下水に流れていく。何とかできた。
井戸で水を汲み、手や顔を洗い、口をすすぎ、柳の小枝で歯を磨く。葉月の歯ブラシ代わりの木の房楊枝が並べて置いてあるのを見て嬉しくなる。歯磨きをしていると、耳にかけた髪の毛が胃液臭い。水で流すが中々匂いは取れない。
ふと、井戸の横にある源泉かけ流しの風呂を見る。屋根だけあるような、タライが一回り大きくなった風呂だ。丸一日以上風呂に入っていない。下着やちょっと酸っぱい匂いのする服も洗いたい。成功した魔法では「ウインドウ」で乾燥したから、具体的に乾燥機をイメージしながら乾燥したらふんわりカラッと乾くに違いない。
周りを見渡す。誰もいない深夜だ。自分の巨体が入ると沢山の湯がこぼれそうなので、洗濯用のタライに湯を移す。初めに手拭いで体を洗い、洗濯をする。石鹸があるかは分からないのでお湯だけで洗う。横着して、湯の中に浸かりながら身を乗り出して洗濯をしてみた。
夜のしじまにチャプンチャプンと湯が波打つ音がする。急に口を押さえられた。
あ、日本と同じと考えてはいけないと思っていたのに! トイレだって、夜は室内のオマルで済ませるくらい外は危険だって言われていたのに。つい、日本にいる感覚で入浴してしまった。今は裸で戦闘能力はゼロに等しい。
「シー! シー! 夜中に出ていくから、声をかけるとびっくりすると思って今になったのじゃ」
タオだった。葉月は浴槽の中になるべく深く沈む。
「ちょっと! 何してんのよ! いつからいるの? 」
小声で最大限の抗議をする。
「んー。歯磨きしてるくらいからじゃ」
なんですって! トイレや、脱衣や、洗髪や、洗体や、なんやかんや……。
「ん、ギャア、むぐっ、フグっ」
叫びだそうとする葉月の口を押さえ、タオは覗きをとがめられると思ったのか、早口で言い訳を話し始める。
「や、全くこう、興奮しない体だったから助かったのじゃ。なんか、プクプクした赤ん坊みたいな体形なんじゃな。パンパンに丸々していて、ムーばあさんの所の孫の体形とそっくりじゃった」
「こんのー、デバガメーー! 」
葉月は洗濯物の入ったタライをつかみタオの頭めがけてひっくり返した。