14.台風一過
ムーが台風の目の様に去った後、恥ずかしがり屋のドウが意を決した顔で葉月に近寄ってきた。足には双子が巻き付いている。
「ハヅキ。俺たちがいるから大丈夫だよ」
小さなドウは葉月の手を引っ張り、精一杯背伸びして頭をよしよししてくれた。葉月が傷ついたと思い、慰めてくれているのだろう。双子も真似をして、葉月の頭に手を伸ばす。ドウは一人ずつ抱えて、葉月の頭によしよしするように言っている。タオが言っていた通り、優しい子だ。詳しく話を聞くと、なんでもドウ達もムーの噂話の被害者なのだそうだ。
バンジュートの国境付近に友人夫婦とその孫を迎えに行ったタオが、隠し子達も一緒に連れ帰ったとムーが商店街中に吹聴したのだ。すぐにタオが訂正したそうだが、なかなか噂話はおさまらない。結局、タオは自分の子どもも奴隷として扱う非情な奴隷商人、ドウ達はタオが人間の奴隷に産ませた婚外子とされ、買手がつかなくなったそうだ。
シリが竈に藁や細い薪を入れ、火打ち石で火を付ける。小さな火花が藁に移りパチパチと音をたてながら火は大きくなっていく。細く小さな薪から段々と大きな薪が燃える様を見ながら、シリは鍋を竈にかけ葉月に言った。
「商店街の人達も、厶ーばぁちゃんの噂話を本気で信じてる人なんていないんだ。自分の信じたい事を自分の都合のいいように信じてるだけなんだよ。結局、その噂話が原因でタオじいちゃんは店を畳む決心をしたんだと思う。ただの噂話だけど、よく確かめずに言っちゃう厶ーばあちゃんに、タオじいちゃんの人生を簡単に変えられちゃったんだよ。ヒドイよ! 商店街の人達だって面白おかしく言って!!
悔しい……。でも私は仕返しなんてできないよ。だって私、奴隷だし、まだ成人もしてなくて、力も頭も地位もお金も何もかも無いんだもん。だから、せめてタオじいちゃんの大切なお友達のペーンさんやハーンさん、キックとノーイの世話をするの」
竈の薪をつつきながらシリは口を引き結んだ。年の割に大人びているシリだが、そうせざるを得ない状況だったのだろう。葉月はシリの横にしゃがみ込み、何も言えず一緒に炎を眺めていた。
タオとカインがゲッソリして不満顔のムーと一緒に帰って来たのは、双子や病人達の朝食のお世話が済み、葉月達が温くなった鍋の粥を食べ終わった頃だった。
「なんだい。なんだい。二人してアタイを悪者みたいに扱って! ちっとばかし早とちりしただけじゃないかい?! 」
「あぁ、ムーばあちゃんに悪気が無い事は分かっているのじゃ。じゃがの、もうちっとばかし、こちらの話も聞いてくれんかのう。お前さんの早とちりのせいで、ワシがどんだけ性悪男に思われたか! 娼館でもゲス男扱いになって、モテなくなってしまったのじゃぞ!! 」
「そりゃあ、かわいそうだがね! モテないのはアタイのせいじゃないさ! まだ鼻水垂らしてる時から、タオじいさんがモテている所なんて、1回も見たことないからね!! 」
「はぁ? ワシが冒険者の頃どんだけモテモテだったか知らんだけじゃろうが! 第一、ワシらが城塞の外で魔物を討伐してたから、ムーばぁちゃんは安心してスケベな旦那に囲われて十人も子どもが産めたんじゃからの! 」
「なんだって? タオじいさんがヘッポコの甲斐性なしだから嫁どころか愛人も持てないんだよ! アタイはね、領主様から子沢山で褒美をもらってるんだ! 産んだ子ども達を全員成人させたんだよ! その子たちも子沢山でナ・シングワンチャーの荘園で田畑を耕したり、家畜を育てたりしているから、実質タオじいさんを養っているのはアタイなんだよ!! 」
段々ヒートアップする喧嘩で、険悪なムードが辺り一面を覆っている。二人が興奮しすぎていて、傍観者である葉月には、もはや意味不明の理由でマウントを取り始めていた。カインもなかなか口をはさめないようだ。そこで葉月は奴隷らしい働きを見せ、ムーに納得してもらおうと考えた。
「あのっ……。あのっ! おかえりなさいませぇ! ご主人様ぁ! タオ様! ムー様! 朝ごはん、召し上がりますかぁ?」
行ったことは無いが、テレビで見たメイドカフェの店員さんに萌え萌えしているお客さんたちは男女問わず幸せそうだった。きっと、メイドさんっぽく話しかければこの気まずい雰囲気も少しは解消できるのではないか。そう考えて、姪のコスプレイヤーの晴が家で練習していたハートのポーズをとって、年齢を重ね高音がきつくなった声を精いっぱいアニメ声に寄せてみた。
タオとムーが目を合わせ、一瞬の間の後、一緒に吹き出す。
何か間違ったのだろうか? そりゃあ葉月は百七十五センチメートル・体重百キログラム・四十三歳ですけど! 対する晴は、大学のミスコンでコスプレして一気に全国区に知名度が上がったコスプレイヤーだけど、イベントに行くとでっかいカメラを持ったお兄さんにぐるりと囲まれているけど、地元のテレビ局にお天気お姉さんとして就職内定しているけど、幼少期は葉月にそっくりだったので、今の葉月はギリいけていたはず!
ムーにバンバン背を叩かれる。
「アンタ、良い性格してるよ! こんな時に朝ごはんの心配したりさ。あぁ。細かい所を気にしないアンタなら、此処でもやっていけそうだね! ムー様のお墨付きさ!! 」
「そうじゃの。朝飯にしよう」
カインがボソっと呟く。
「空気が読めないのが役立つ時もあるのな」
三人は取り分けていた朝食の粥をきれいに食べ終わった。ムーは本日二度目の朝食だったが、喧嘩してお腹がすいたそうで一番食べていた。
「はぁー。アタイの作るご飯はおいしいねー! ハヅキ、明日からしっかり仕込んであげるから覚悟しときな! 」
「はい! ムー様! 」
「あー、やっぱりその、ムー様はしっくりこないねぇ。あんたはアタイの弟子だから今から師匠って呼びな! 」
「はい! 師匠!! 」
ムーは晴れ渡った空の様にすがすがしい笑顔で帰っていった。