001
黒板の"成神 琴音"という文字を背景に転校生は颯爽と教室に入ってきた。
「転校生の成神です。いつか神様になります!よろしくね〜」
自己紹介にしては飛び抜けた言葉に、俺は机から落っこちそうになった。
現在は木々の紅葉が目立つようになった秋のシーズン。
珍しい転校生で、一体何奴!?とそれなりに興味を持っていたのだが。
蓋を開けてみれば……変人だった。
いやきっと、名前とかけたギャグなんだろう。
そう思うことにした。
もしも神様になります!宣言が本音であればヤバい奴だ。
仮にギャグだとしても、自己紹介でボケる転校生とは変人に変わりないが。
「よろしくな成神。席は……そこの清水の隣だ」
最近つむじハゲの進行が著しい担任が野太い声と共に俺の隣を指差す。
俺の隣は、元は最近事情があって転校した同級生の席で、今はすっかり空いていた。
成神は席に着くやいなや、隣の俺を見て微笑んだ。
「よろしくね、清水君」
「……ああ、こちらこそ」
ブロンドのショートヘアーが目の前で揺れている。
目鼻立ちも整っていて、例えば巫女とかそういった類の神秘的な美人だ。
これは、転校生騒ぎがしばらく続きそうだな。
謎の宣言も相まって。
ちょっとした日常の変化に微かな期待を抱きつつ、俺は腕を枕に顔を伏せた。
△ ▼ △ ▼
俺こと清水海里は市立御本学園という中高一貫校に在籍する生粋の一般人だ。
聞けば目立った噂もなく、印象は良くも悪くもなくぼちぼち。
らしく平凡に生活し、平凡上等な毎日をしげしげと享受していた。
ただ、そんな人生も些細なことで、なし崩しに変わっていくのだ。
「清水君、私と一緒に新部設立しない?」
「は……?」
六校時終了のチャイムと同時に成神は突然、俺に向かってそんなことを口にした。
「いや一体どういう風の吹き回しだよ」
「清水君部活してないよね?」
「まあ、そうだけどさ」
俺は頬杖をついて、成神と向かい合った。
もう成神が転校してから一週間が経つ。
成神がこの学校生活に馴染むには十分の時で、俺達にとっても成神の扱い方が分かってきた頃合である。
「うんうん……それならさ私と"神様部"を立ち上げてくれないかなって」
成神は爛々と透明な目を輝かせながら、またも意味不明な言葉を飛び出した。
「うん……うん?」
結論から言うと、成神は変人だが可愛い、というのが男子からの総評だ。
まだ一週間しか経っていないのに、既に告白して玉砕した男子の話はそれなりに聞く。
痴話ばなしをするぐらいの仲である、俺から言わせてもらうと、変人部分がやや優勢であると思うが。
「活動内容は主に御本神社の清掃、参拝、それと神様に近づくことかな……」
「待て待て、途中までは納得いけそうな内容だが、最後で訳分からなくなったぞ」
成神はきょとんと頭上にはてなマークを浮かべた。
「言葉の通り、神様になるための修行だけど。なんかおかしなこと言った?」
「大分おかしいっていうか、なんかの宗教なのか、これは?」
胸の中でため息を吐いた。
成神の言動の端々を覗くと、なぜか毎度の如く神がチラつく。
視覚的に神がいるのではなく、気づけば成神が神のことを語っているので聴覚的に……だ。
別に宗教を否定していたり、神を本気で信じている人達を貶している訳ではない。
どちらかといえば尊重してあげたい方だが、成神の場合は別だ。
「違うよ、私さ神様になるから」
成神の声はよく通った。
それに俺は少し顔をしかめる。
「そ……そうか、うん。頑張れよ」
「顔に信じてないって書いてるよ。なんで、みんな私が神様になるって言ったら変な人見てる目をするのかな?」
風船のように顔を膨らませて、ポコポコ腕をタコ殴りにされる。
多分成神なりの抗議の意なんだろう。
「分かったごめん、許してくれ。それにちゃんと痛いから」
「謝罪はいいので入部届けにサインを」
成神のポケットから折り畳まれた、入部届けの紙が登場した。
俺の机の上にパサっと置かれる。
「俺……入らないからな」
入部届けを成神の机に返した。
元より俺は、部活はしない意向で放課後は趣味に没頭しているタイプだ。
仮にいくら勧誘されても入部するつもりはない。
「いえいえ、そう言わずに」
入部届けが奇跡の復帰を果たした。
仕方なくもう一度返す。
「大丈夫だから、ほんとに」
「一度でいいから!一度書くだけの簡単な作業だからっ!」
ポイッ
「詐欺の文句に近いぞ、それ……」
ポイッ
「この部活に入ったら美容に効果があるのですよ、奥様」
ポイッ
「あらあら、なら貰っちゃいましょうか。って、おい!」
熾烈な争いの末、甘い言葉に騙されるところだった。いや、誰が奥様だよ。
「あのな、ほんとに俺、部活に入るつもりは一切ないからな」
とち狂った内容ではあるが、新部設立に勧誘してくれたのは素直に嬉しいし、できる限りの協力はしてやりたいが、入部は何があってもできない。
それを聞いた成神はようやく俺のことを察してくれたように、うんうんと頷いた。
「なるほどね。清水君にも事情があるもんね」
ようやく理解してくれたようでホッと胸を撫で下ろした。
「そう、だからごめんな。でも、できるかぎ……」
「でも、私諦めないから!!」
成神はドンッと勢いよく立ち上がった。
突然の大声にクラスメイトの視線が集中する。
何だ?何だ?と視線という矢が次々に放たれる。
時に毒矢が混ざっているのだが、多分これは男子の視線か。
「ちょ……成神声がでか……むぐぅ」
開いた口を強引に成神の指で塞がれた。
自分のとは違う小さな指の感触が柔らかに唇から伝わる。
この構図は……まずい。
ほんとに駄目だ。
ただでさえさっき注目を集めたばかりだから……。
ヒュンと、俺の胸に火矢が突き刺さった。
男子の視線が怒りと怨嗟を纏って火矢を打ち出している。
「神様に挫折は要らないからね」
視線に悶える俺を他所に、成神は平然と言った。