プロローグ
初めまして、もしくはお久しぶりです。ねぶくろと申します。
初心者ですゆえ、つたない部分ありますが、ご容赦ください。
今日も雨。
古くから苔の生えた石段を登ると、神明の鳥居が姿を現した。
鳥居はパワフルに構えていて、朱色の肌が何ともカッコいい。
そして、その下を潜ると一気に視界が変わる。
青々しい自然の景色から、神々しい御社殿の景色へと。
神様のお膝元なんだなって視界から実感できる、壮大で綺麗な景色だ。
そんなことを思いながら、俺は境内を少し歩いて、小さな祠へ足を進める。
今日も神様はそこに居た。
祠の傍で身を丸く、できるだけ小さく蹲っている。
「今日も持ってきましたよ、神様」
俺は市販の抗鬱剤を祠のちょっとした窪みに差し込んだ。風に飛ばされない為もあるが、最近は定位置になっている。
神様は、その様子を目で追うとゆっくり身を起こした。随分、寝れていないんだろう。目元の隈がずっと前から染み付いてるし、顔色も優れていない。
「気持ち悪い」
俺の顔を確認すると、神様は震えた声でそう言った。
急いで、背中をさする。
祠の傘でも、しっかり雨を防げてない様子で、泥にくすんだ神御衣がほのかに濡れていた。
「うぅ……う……っうう……」
神様が嘔吐く声が、雨音に掻き消されず、はっきりと聞こえてくる。
聞いているだけでも胸を締め付けられるような、痛ましい声だ。
「一度俺の家に来ません?ここよりかは落ち着くかもしれませんし」
俺の声に、神様は縦に首を振った。
だらんと前髪が前に垂れて、表情が見にくい。
「では、おんぶしますからね」
酷く軽い、病的な程に。
神様を背負った瞬間にそう思った。
神様が人として食事を取ることはこの目で見たし、つい食べ過ぎてしまった時に体重を気にしていたのも知っている。
だからこそ分かる。
きっと神様はここ最近ずっと食事を取っていない。
多分ずっと塞ぎ込んで、瞼の黒だけ見て過ごしている。
その事実を知っただけで、なんだかこう胸に針が刺さったように痛む。
「ご飯食べていませんよね、神様。帰ったらしっかり食べてもらいますからね」
返事はなかった。例え神様が拒んだとて、無理矢理に食べさせるつもりだからあまり関係はないのだが。
石段に溜まった水を踏みながら、麓にある住宅街を見据える。
曇天の中の建物は皆一様に濃い灰色で、煙草の煙のようにベッタリしている。
早く帰らないと。
勢いの増す雨足にちょっとばかりの不安を募らせて、俺は一息に駆け下りた。
△ ▼ △ ▼
神様は、押し入れに引きこもった。
お湯を沸かす為に目を離したら、気づいた時にはもう、本棚に収められる本のようにすっぽり収まっていた。
「ここにラーメン置きますね。食べてくださいよ」
扉の前に、お湯を注いだ醤油のカップ麺を置いた。
白い湯気がゆらゆらと揺れる。
神様は必要最低限、扉を開けて丼を掴み、すぐに戻ってしまった。
まるで気難しい猫が餌だけ取って、巣に逃げ込むような感じだ。
引きこもった神様。
俺はそのことを考えると、天照の話が一番に浮かんだ。
天岩戸神話によると天照は弟の須佐ノ男の振る舞いに耐えかねて、洞窟の中で引きこもったとされる。
きっと今の状態はそれに程となく近い。
けど、全く違うところもある。
天照は弟だけど、今引きこもってしまった神様は俺達のせいだ。
机上に佇む写真をそれとなく見つめる。
写真の中にはあの頃の……まだ神様が彼女だった頃の姿が写っている。
それは、長い人生の中で群青色が一番似合う時。
社会とか将来とはそれとなくかけ離れていた俺達の青春だ。
唐突に俺は、あの頃を思い返した。
「そんなこともあったね」といつか笑い話の掴みになるはずだった羞恥と苦渋の日々と、
彼女が神様になるまでの、その短い一時を。
物語は過去。
舞台は俺達のどこか間違えてしまった青春。
その結末は彼女が神様になって、神様が鬱を迎えるまで。
次話はこの後すぐに公開です。