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第一話 栄光なる未来へ



「エヴィ、エヴィ。」


 聞き慣れた穏やかな声が聞こえる。それは、エヴィの眠りを邪魔するかのように、何度も鼓膜を刺激した。

 エヴィは今、穏やかな日の差し込む森の中で、演説をしていた。可愛らしい動物達に向けて、朗らかに。

 一匹一匹の顔を見渡し、エヴィは満足げに頷く。ふと、熊が口を開いた。


「勝利万歳!」

「「「勝利万歳!!!」」」


 目が冷め、椅子から転げ落ちる。鼓動が早くなり、頭が少しずつ冴えていく。顔を上げると、学長が壇上で敬礼をしていた。

 辺りの同級生達も、同じように立ち上がり敬礼をしている。その中で、床に倒れているエヴィは、随分と異質だった。


「同志エヴィ=ミュラー、後で教員室まで来なさい。」


 4年間聞き続けた嗄れた声に、エヴィは身を縮こませ、慌てて姿勢を正した。周りからかすかな笑い声が聞こえる。


「私からの卒業の祝いは以上だ。諸君、腰をおろしたまえ。」


 機嫌を損ねた学長が壇上から降りると、同級生達も椅子へ腰をおろす。エヴィは居心地悪そうに目線を落とし、閉会の合図を待った。


***


 4年間の初等教育学校生活を終え、各々が誇らしそうに家へ向かったり、学友と会話を楽しむ中で、エヴィは自分の睡眠を妨げていた少女と教員室へと向かっていた。


「カイってば、どうして起こしてくれなかったのです?おかげでひどい目に合いましたわ。」


「何度も起こしたよ。起きなかったのはエヴィでしょ?教員室まで一緒に行ってあげるから、文句言わないの。」


 カイはそう言い、肩より少し上に切りそろえられた、美しい黒髪を揺らす。

 実家が商人家で、跡取りとして性別を理由にナメられないように、性別がわかりにくい格好をしているらしい。

 カイとは第一学年の時から一緒で、今日共にここを卒業する。大切な式の場で何かと寝てしまうエヴィは、よくカイに助けられていた。


 ここ、アルティワノス初等教育学校では、パディルトン帝国の首都、アルティワノス全域の7歳以上の子供達が集められ、教育を受けている。

 其の中でカイはなんと首席をとり、来月から特別教育高等学校へ進学するのだ。


 其の一方で、エヴィに勉学の才能が花開くことはなく、この帝国に住む殆どの民達と同じように、基礎教育学校へ通うことになっている。

 アルタリア王族の唯一の生き残りとしていかがなものかと思うが、才能がないものは仕方がないとエヴィは諦観していた。



 この世界からアルタリア王国が失われて早7年。

 齢僅か4つの頃、革命真っ最中の王宮の秘密通路から必死の思いで逃げ出してきたエヴィは、孤児としてミュラー孤児院の一員となっていた。

 洗礼式前で、まだ存在が公にされていなかったエヴィは、反乱軍に認知されていなかったのだ。

 社会見学と称して、よく母親とお忍びでミュラー孤児院へ来ていたアルタリア王女を、孤児院長は何も言わずに受け入れ、他の孤児達と分け隔たりなく育てた。

 その甲斐あって、エヴィが今の暮らしに不満を感じたことはない。


「来月からは、エヴィと会える時間も少なくなるんだね。新しい場所で、一人でやっていける気がしないな。」


 カイは悲しそうにそうつぶやいた。


「もう、カイがいつでも遊びにこればいいだけの話でしょう?それに、シュテルンヘンも特高へ行くのですから、一人ではないわ。」


「でも、シュテルンヘンは同性じゃないし…。

 それに、友達とは言い難いじゃない。ほら、ペットというか…。」


「そんな事、シュテルンヘンに聞かれたらまた荒れてしまうわね。」


 エヴィはそう言い、カイと笑い合った。

 シュテルンヘンは、エヴィと同じ孤児で、成績が優秀だからと、孤児院長が特別に後見人となり特別教育高等学校へ通わせてもらえることになっているのだ。


 ミュラー孤児院には、エヴィと同年代の子供が二人おり、其の一人がシュテルンヘンで、もう一人がクララだ。初等学校では、よくカイも含めた四人で集まって遊んでいた。

 シュテルンヘンもクララも今日の式に参加しており、エヴィの説教が長引くかもしれないからと、先に孤児院へ戻っていた。

 エヴィとカイも、お叱りが済んだら合流するつもりだ。


「ほら、ついたよ。私はここで待ってるから、早く行って来て。」


「うぅ…。行ってきます…。」


 抗う手段などあるわけもなく、エヴィは4年間で何度も訪れた教員室の扉を開けた。


***



「それで、最終日にこってり絞られた感想はどうだ?」


「もう、さいっあくですよ、シュテルンヘン。あの老婆教師、私を叱ることに人生の意義を見出しているとしか思えません!」


 エヴィはそう言い、孤児院裏の小さな隠れ家で地団駄を踏む。

 隠れ家と言っても、エヴィ達四人が椅子と机を運び込んだだけの、簡素な洞窟だ。

 それでも、四人しか知らない秘密の場所というだけで、エヴィ達にとっては十分すぎるほどの魅力があった。


「ふふ。でもマダリーナ先生もきっと、エヴィのことを心配して叱ってくださったはずよ。

 私達、来月からはもう、目の届かないところに行くから…。」


クララが2つのお下げを弄りながら、寂しそうに言う。


「もう、クララは優しすぎるのです。マデリーナ先生も、きっとそこまでは考えていらっしゃらないわ。

 …でも、来月からはこうして四人で集まる機会も、減っていくのでしょうか…。」


 新しい環境に高揚感を感じると同時に、エヴィは不安も抱いていた。

 環境に順応するのは得意だ。実際、孤児院へやってきた時も、すぐに打ち解けることができた。

 しかし、環境の変化には別れが伴う。かつての家族のように、この大切な3人の友人たちも失ってしまうのではないかと思うと、心底怖かった。


「エヴィが言ったんでしょう?私がいつでも遊びにこればいいって。

 心配しなくても、シュテルンヘンとクララとエヴィはこれからも一つ屋根の下にいるし、私だってまたいつでも遊びに来るよ。

 …一緒にいる時間が減っても、心は離れたりなんかしない。そうでしょう?」


 だから、大丈夫だよ。

 そう言って、カイはエヴィの頭を撫でる。エヴィは少し恥ずかしそうに頬を染めながらも、されるがままになっていた。


「よし、じゃぁ俺達の輝かしい未来に。」


「「「乾杯!」」」


 木のコップに注いだ水を、大人たちのよく飲むジュースに見立てて、エヴィ達は飲み交わす。



 新たな環境への不安を押し殺し、自分たちには栄光の輝く道が待っているのだと、そう信じて。


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