シュレーディンガーの猫
⚠この物語には“読者への挑戦”があります。
秋雨。いつもより校舎の蛍光灯の光を強く感じる。
私は、体育館を出て職員室を目指していると、隣を歩いている赤佐君が溜息をついた。
「どうしたの?」私は歩きながら、赤佐君の方を見て言った。
「いや、雨の日は気分が落ち込むので思わず溜息を。すいませんでした」
「確かに、こういう天気だと気分もね……でも今日は、今日だけはその気分を顔に出さないようにね。これからお迎えに行く方々に失礼だから。私達は生徒会で学校の顔。だからシャキッとして」
私達は1回立ち止まり、2人で深呼吸を数回した。大丈夫?と聞くと赤佐君は頷いた。再び私達は歩き出した。
職員室へ着くと、中にある控え室で来賓の方々が居た。
「おはようございます。生徒会の緑と、赤佐です。今から式典会場の体育館へご案内します」
来賓の方々が立ち上がり、私達は体育館へ移動した。
「大丈夫ですか?」赤佐君は、杖をつきながら立ち上がる男性に声を掛けた。
「あぁ。悪いね」男性がそう言うと、赤佐君の支えで立ち上がる。
体育館へ着いた私達は、来賓席へ案内する。ステージに視線を向けると上の方には“創立50周年記念式典”と書かれた横断幕があり、全校生徒、教師、来賓の方々が座る何百もの椅子が並べられていた。
「さぁ、さぁ、こちらでございます」と、校長先生が1人の来賓に対して、丁寧に対応をしている。
その来賓は、恰幅のよい60代位の男性だった。高級そうなスーツに腕時計。堂々とした立ち振舞、隣には秘書の様な女性が座っている。恐らく地元の有名な議員なのだろう。
私が見入っていると、おーいと声が聞こえて、赤佐君は声の聞こえる方へ向かっていくので、私も向かった。声の主は、先程杖をついていた男性だった。こちらの男性は対照的で痩せ型で白髪、とても優しい顔をしてニッコリと笑っている。
「どうされましたか?」赤佐君が中腰の姿勢で言った。
「これ」男性が穏やかな声で、手提げ袋から取り出したのは1冊の黒い綴込表紙。表紙には長細い白い紙が貼ってあり、“生徒会日誌”と書かれていた。「先だって蔵の掃除をしている時に見つけてな。私が持っていてもなぁと思って持ってきた。受け取ってくれ」
「いいんですか?」赤佐君は、驚いた声で言った。
「いいんだよ。私からの創立記念品として受け取ってください」
「ありがとうございます」私と赤佐君は、同時に言った。
「そういえば、お嬢さん。旧校舎の横に植えられていた大きな桜の木はどうなった?」
「校庭の方へ移し替えられました。新校舎が建つと分かってすぐに移し替えられたと聞いています」
「そうだったか……実はあの桜の木は創立された年に記念樹として植えられてな。思い出が多く詰まっている木なんだよ」
「そうだったんですね。あの桜の木は毎年、とても綺麗な花を咲かせるんです」
「だろ?あの木は特別なんだよ」
式典の司会進行役の先生が私達に近づき、席に着くように言われたので、私達は席に着いた。
生徒会の席は来賓席の後方に位置する。私が座ると、隣に赤佐君も座った。
創立記念式典が始まると、校長先生からの祝辞が述べられた。来賓席からは代表してステージへ登壇したのは先程見かけた恰幅のよい男性だった。司会進行役の先生によると、やはり地元の議員だった。
「皆さん、おはようございます。議員の求道です。本日は、このような記念すべき日にお招きいただきまして、ありがとうございます。創立した年から、この学校で学び、友人と切磋琢磨していた頃が昨日の事のように思います。先日、私達の代が埋めたタイムカプセルが見つかったと聞きまして、本日その開封式があると聞いてとても楽しみにしています。話は脱線しましたが、私は創立した年から旧校舎で学校生活を送っていたので、旧校舎での思い出が残っています、なくなってしまったことは寂しく思いますが、在校生の皆さんは新校舎で新たな沢山の良い思い出を作っていただけたらなと思います。最後に、在校生の皆さん、これから入学する未来の在校生の皆さんのさらなるご活躍を祈念いたしまして、お祝いの言葉に代えさせていただきます。本日は誠に創立50周年おめでとうございます」
体育館内が拍手で包まれる中、求道議員は降壇した。会場に来ることが出来なかった来賓方のメッセージの紹介の後は、この学校のOBであるシンガーソングライターの女性が歌を披露し、式典をさらに盛り上げる。
美声を聞きながら、私はふと、赤佐君の方を見た。彼はそっちのけで、まるで新しいおもちゃを手にした子供の様に目を輝かせながら日誌を読んでいた。
「どんな事が書いてあるの?」私は赤佐君があまりにも熱心に日誌を読んでいるので、気になった。
「読みます?」赤佐君は、静かにそう言うと日誌を渡してくれた。
渡された日誌は厚さ2センチ程ある。開いてみると、400字詰めの原稿用紙を半分に折って一枚のページをになっていた。そこには活動の記録、起こった出来事が事細かく書いてあった。
日誌によると、
ー‘’4月11日(月)
創立を記念して木が植えられる。位置は校舎の横になる。立派な木が植えられた。‘’ー
私は、先程、言っていた桜の木のことだなと思った。
更にページを進めていくと、
ー‘’5月9日(月)
校舎の1階、廊下を北側に歩いた突き当りの姿見の鏡が割られていた。
全校朝会で心当たりのある人はいませんかと先生が聞くも、誰も名乗り出なかった。
5月16日(月)
新しく取り付けられた鏡がまた割れていた。取り付けるたびに割れると思った学校側は、犯人が分かるまで取り付けるのをやめた。‘’ー
これは……もしかして……更に私はページを進める。
あっという間に最後のページまで読み進めた。最後のページで私の中の疑念が確信に変わる。
ー‘’1月10日(火)
今朝、生徒が屋上からの飛び降りた。‘’ー
「どうです?」赤佐君がゆっくりと言った。
私はすぐ赤佐君の方へ視線を向けて言った。
「これ、学校の七不思議だ」
赤佐君は、首を傾げながら困った顔をしている。
「この学校に七不思議があったんですか?」
「実はね。赤佐君は、入学してすぐ新校舎だったからね。私は入学して1年間だけ旧校舎で授業受けてたから、先輩から色々な七不思議を聞かされたの。例えばこれ」私は5月9日と16日に書いてある内容を指差しながら言った。「私が知っている七不思議の鏡の位置が丁度この場所なの」
「どんな内容の七不思議なんですか?」
「“異世界に繋がる鏡”。夜になると鏡が異世界に繋がる門の役割をするの。何人もの生徒が異世界に消えていった。それで学校が撤去した」
「でも、実際は何者かが割って、犯人が分かるまで取り付けるのをやめた。会長が居た頃は鏡は設置されてたんですか?」
「無かった。昔はあって、今はないから誰かが面白がって作った七不思議だったんだね」
「他の七不思議ってどんなのがあるんです?」赤佐君が笑顔で言った。
私は最後のページまで捲り、1月10日の内容を指差した。
「先輩から聞いた話なんだけど、昔、旧校舎の屋上でイジメを苦に飛び降り自殺をした生徒がいて、学校側はすぐ再びそういうことが起きないように屋上に繋がる階段を上がれないように、壁を作って扉を設置した。扉の鍵は校長先生が持っていて、先生方がたまに屋上の掃除をするときだけ開けるって。生徒の間では“開かずの扉”って言われてた」
「日誌の内容的に、噂じゃなくて本当にあった出来事から出来た七不思議だったんですね」
「うん……他の七不思議はその自殺した生徒に関しての七不思議なんだよね。
夜になると図書室に現れるとか、
チャイムにその生徒の声が入っちゃってるからこの学校にはチャイムがないとか。
裏山にその生徒が埋まってるっていうのもあるし、
毎年、自殺した生徒からの手紙がいじめをしていた生徒が使っていた下駄箱に届くとか
最後は“呪われた生徒会だよ”無理やり7つにするために作られたのが見え見えだよ」
私は赤佐君に日誌を渡しながら言った。
「確かにそうですね。でも……これを見てください」赤佐君が日誌を開いて、書かれている内容を指差しながら言った。
ー‘’6月13日(月)
1年生の下駄箱にイタズラがされていると、被害生徒から相談を受ける。
上履きに画鋲があり、とても悪質なイタズラなので、先生に犯人を探す協力を求める。
6月15日(水)
下駄箱の件、早々に犯人が見つかる。先生の協力のおかげだ。下駄箱の件の犯人に、鏡の事を聞くも心当たりがないという。先生の立ち会いのもと聞いたので嘘はついていないと思う。‘’ー
ー‘’9月13日(火)
図書室にて本の紛失が起きる。
紛失したのは、
「明治の暮らし 第2巻」
「透けたガラス 第3巻」
「求 米二の推理日誌 第1巻」
最初は夏休み借りていった生徒が返しに来ないだけだろうと思ったが、貸し出した記録が残っていない本が紛失していたことから、何者かが盗んだ可能性が大。‘’ー
ー‘’10月17日(月)
校舎の裏山で小火騒ぎが起きる。
目撃者なし。用務員の人が燃えているところを偶然見つけた。燃え広がる前に消火された。怪我人がいなかったこと、校舎に被害がなかったことが不幸中の幸いである。‘’ー
ー‘’10月19日(水)
新聞部の取材で小火騒ぎの犯人が判明する。生徒会に情報は無かったが、新聞部にタレコミがあったようだ。
今日はその犯人から生徒会に誤報だと相談を受ける。
犯人の生徒から事情を聞いて、調査することにした。‘’ー
ー‘’10月21日(金)
調査をした結果、潔白であることが判明する。
新聞部の部長を呼び出し、誤報を報じた事を注意するとともに、生徒に謝罪をしてもらった。
結局、小火騒ぎの犯人は未だに見つかっていない。
鏡の件も未だに犯人は分からない。‘’ー
「チャイムと呪われた生徒会以外ですが、事件が起きた場所と七不思議になった場所が一致しているんです。偶然でしょうか?」と赤佐君。「恐らくですが、創立した年に起きた事件から、七不思議が作られたんだと思います」
「なるほど。起きた事件から当時の生徒たちが色々な噂話を作った。それが七不思議になったってことだね」
「はい。当時の生徒たちがどう考え、行動したかが書いてあるからつい読んじゃうんですよね。会長が七不思議について考えていたように、俺もこの日誌について考えていたんです。この日誌、変なんですよ」
今度は私が首を傾げて、困った顔をした。
「まず、この日誌、4月〜10月までちゃんと書かれているのに、次に書かれているのは1月。11日〜12月の2ヶ月の空白の期間があります。
2つ目が1月以降の書き込みが無いこと。日誌は1年間書くので3月まであるはずなんです。
最後にこれが一番変だなと思ったんですけど、1月10日の“今朝、生徒が屋上から飛び降りた”の書き込みだけ別の人が書いたような、筆跡が全然違うんです」
※この物語の作者です。最初に、物語を止めてしまってすいません。読者への挑戦状を出します。
興味のない方は★の行まで進めてください。
タイトルの「シュレーディンガーの猫」に見立てて挑戦状を出します。
50年前の校舎(箱)に生徒達(猫)と日誌の空白の期間で起きた出来事(毒ガス)を設置する。
箱の中(真相)を確かめるまで生徒達(猫)は飛び降りた生徒と飛び降りなかった生徒が重なり合う。
◯空白の期間で起きた出来事は、必ず生徒が飛び降りた原因を作った出来事とする。
◯ここに書いてある“生徒達”というのは以下の3名である。
・日誌を書いていた生徒
・事件の犯人
・事件の被害者
この3名の内1名が屋上から落ちる。
読者の皆様には誰が屋上から落ちたのか、突き止めてください。本文にて、赤佐の推理が出されますが、最後に全ての真相が分かります。ぜひ、最後まで読んでいただけたらと思います。 作者より
★私は再度、赤佐君から日誌を受け取り確かめた。本当だ気付かなかった。
「式典が終わったら聞いてみよ?七不思議のこととか、日誌の事」
「そうですね。でも俺なりに推理してみたので聞いてくれませんか?後であの男性に答え合わせをしたくて」
「いいよ。聞かせて」私は日誌を赤佐君に渡した。
「まず、見てほしいんですけど」赤佐君は日誌を開きながら言った。「10月21日の“結局、小火騒ぎの犯人は未だに見つかっていない。鏡の件も未だに犯人は分からない”ということは、9月13日の本の紛失事件はもうすでに解決されているってことです。でも犯人が分かったなどの書き込みが無い」
「何で?」
「結論から言うと、犯人は本を盗むことを強要されていた被害者だったからなんです」
「どういうこと?」
「会長なら本を盗むとしたら、どんな本を盗みますか?」
「うーん」私は考えた。
「何冊も置いてある辞書とか。一冊くらい盗んでもバレないでしょ。
誰も借りなさそうな本とか。バレなそうだし。
後は、シンプルに読みたいな〜って思う本かな」
「そうですよね」と赤佐君。「でも盗んだ生徒は盗まれたらすぐバレるような本を盗んでいるんです。例えば本屋さんに行って、買いたい漫画があるとすると、2巻だけ無いとなるとすぐ分かるじゃないですか」
「確かにそうかもしれないけど、読みたくて盗んじゃっただけじゃない?」
「会長の言う通り、読みたいから盗むにしても盗まれた被害報告を書いてあるのはこの日以降ないんです。1巻を読んだら続きが気になって次の巻も盗みそうなのに」赤佐君は続けて言った。「わざと気づかれるように盗んだんだと思います」
私は盗まれた本のタイトルを再び赤佐君に見せてもらった。
「明治の暮らし 第2巻」
「透けたガラス 第3巻」
「求 米二の推理日誌 第1巻」
「気づかれるようにってことは、盗んだ本に何らかの意味があるってこと?」
「はい。それぞれ本のタイトルから巻の数字分、文字を取り出すと」
明治
透けた
求
「それぞれの文字を並び替えると、
明治 → いじめ
透けた→ たすけ
求は“きゅう”ではなく、“もとむ”にすると、
「いじめ たすけ もとむ」 になります。なので本を盗むことを強要されていた。図書委員や事件を調査する生徒会へのSOSを出していたのではないでしょうか。
この日誌を書いた人物はSOSを受け取って、調査を始めた。そして空白の期間で事件の真相にたどり着いた。この期間の内容が空白である理由がこれで分かってきます。ここからは凄くぶっ飛んだ推理になるんですけど、飛び降りたのはイジメられていた生徒ではないと思います」赤佐君は話し始めた。
「俺の推理はこうです。日誌を書いた人物は犯人を突き止め、犯人を屋上へ呼び出し、サスペンスドラマの様に罪を自白させようとした。でもドラマのようにはいかなかった。日誌を書いた人物は、犯人と揉み合いになり屋上から突き飛ばされて亡くなってしまった。犯人は日誌から自分に都合の悪い情報を抜き出し、捜査の手が自分に向かないようにした。だから1月10日の“今朝、生徒が屋上からの飛び降りた”の筆跡が違った。亡くなって書けなくなってしまったから別の人物が書いた。恐らく同じ生徒会の人間が書いたんでしょう」
「よくもまぁここまで推理するよ。ほんと、尊敬する」
「長々と話してすいませんでした。式典が終わったら答え合わせしてこようと思います」
「ありがとうございました〜」シンガーソングライターの女性が深々とお辞儀をすると、体育館内が拍手で一杯になった。
「そういえば、全然聞いてませんでした。歌」
「私も」私は項垂れた。
「それでは、これから10分間の休憩を入れまして、タイムカプセルの開封式に移りたいと思います。来賓の方は体育館の隣にあります武道場へ移動をお願い致します。生徒の皆さんは教室へ戻り、ホームルーム後、下校になります。生徒会の皆さんは残っていて下さい」
司会進行役の先生がアナウンスする。
「私は……もう帰ろうかな。思ったよりも時間が掛かった。次のスケジュールが押しているし、ここで失礼するよ」求道議員が秘書と足早に帰ろうとする。
「タイムカプセルの開封式、楽しみにしていたんじゃないですか……求道議員」杖を持っていた、赤佐君に日誌を渡した男性が声を張り、言った。
「そうですね……そうでした」求道議員が頷いて笑顔で行った。
「どうしたの?ボーっとして」私は赤佐君の方を見て言った。
「いえ、ちょっと疲れただけです」
赤佐君は議員と男性の方をずっと見ていた。
「それでは、武道場へ案内します」私は、来賓の方々の前に立ち言った。
私と赤佐君、来賓の方々が武道場へ到着すると、赤佐君が杖を持っていた男性を呼び止め、武道場の端へ誘導していた。日誌の答え合わせを行うと思った私は二人の方へ行った。
「来ましたね。会長」赤佐君は私の方を見て言った。
私が赤佐君の方を見て頷くと、彼が切り出す。
「あの先程、日誌を受け取った赤佐です。勝手ながら、日誌を読んで推理をしたんです。その答え合わせをしてもいいですか?」
いきなりの提案に杖を持っていた男性は、最初は驚いた顔をしたが、微笑みながら頷く。
「1月10日のことだろう?」
「はい」私と赤佐君は、同時に答えた。
赤佐君は私に話した推理を伝えた。
「ふむ、なるほど。あぁ、君たちだけ名乗って私の名前はまだだったね。一だ。よろしくね」
「よろしくお願いします。それで当たっていますか?俺の推理」
「半分当たってる。まぁでも、日誌を受けとって数時間でここまで分かるとは大したもんだ」と一さんは微笑む。「ここまで分かってるならすべて話そう。空白の期間も含めてね」
一さんは近くにあったパイプ椅子を持ってきて腰掛ける。
「まずは、空白の期間から話すぞ。
11月中旬だったか、生徒会室に図書室から盗まれた本を持った生徒がやってきた。
彼は、本を盗んだこと、鏡を割ったこと、そして自分がいじめを受けている事を告白してきた。
告白を聞いた私はすぐに彼と一緒に本を返しに図書室へ向かった。図書員の委員長は私の友人でね。盗まれたことを先生に報告するのを待ってもらっていた。強要されて盗んだことを知っていたからだ。
鏡はいじめの主犯に鏡の所まで連れてこられて、容姿について悪口を言われた。彼はいじめられていた怒りを鏡にぶつけたと言っていた。あと、主犯に教科書を盗まれ、裏山で燃やされたとも言っていたな。
最初はいじめの主犯格の名前を教えてくれなかった。報復が怖かったのかもしれない。何度か彼と話して、生徒会が協力すると言うと、やっと教えてくれたのは、彼が生徒会室にやってきてから一月後の事だった。
そして冬休み明けの1月10日、犯人を……求道を屋上へ呼び出した。彼にはいじめたことを謝ってほしかったから。
だが求道はいじめをしたのは私のせいだと言った。生徒会長になれなかった腹いせでイジメをしたと言った、許せなかった。言い合いになって揉み合いになり、私は突き飛ばされた。たまたま校舎の横に植えられていた大きな桜の木に落ちて、助かった。病院の先生によれば助かったのは奇跡だと言われたよ。後遺症が残って歩きずらい体になって杖が手放せない。これが君たちの知りたかった事だろう?大丈夫かな?」
「はい、死んだと言ってすいませんでした」赤佐君は頭を下げる。
「いや、屋上から落ちれば誰だって死んだと思うさ。私のこと誰だと思っていたんだい?同じ生徒会の人間だと思ったのかな?」
「はい」
「そんな、申し訳無さそうな顔をするな」と一さん。
「あぁ、あと言い忘れてた。
1月10日の事を書いたのは副会長だ。その日臨時の全校集会が行われて、出された情報は屋上から生徒が飛び降りたとだけだった。日誌にはそのまま書いたのだろう。後から私が落ちたことを知った副会長は日誌を持って病院へお見舞いに来てくれた。日誌を私に預けたから2月、3月の書き込みがない。私が病院に入院して学校にはいなかったからね。
いじめの相談をしてきた彼もお見舞いへ来てくれた。“俺が犯人の名前を言ったからこんなことに”と謝ってきたが、屋上で求道と何があったか全て話して、私のせいなんだと話した。彼は何も言わず病室から出ていってしまってそれっきりだが、最近、風の噂で会社の社長をやっていると聞いた」
一さんは立ち上がってパイプ椅子を畳み、赤佐君に渡した。
「全て話したぞ。良いか?名探偵」
「いいえ、俺はそんな」赤佐君は首を横にふる。
「私はあの日の続きをしてこようと思う。ここなら突き飛ばされる心配もないしな」一さんは笑顔で言った。
一さんは来賓がいるタイムカプセルの方へ向かう。
「会長」赤佐君は静かに言った。
「うーん?」私は隣に立っていた赤佐君の方を見る。
「一さん、求道議員に何と切り出すんでしょう?」赤佐君は私の方を見て言った。
「それは……“許す”……じゃない?」
「許す……ですか」
「だって、一さん、私達と会ってからずっと穏やかで、ニコニコしてた。そういう人が“よくも私を突き飛ばしたな”って言うとは思えないし。だから、“許す”と言って1月10日の決着を着けるんだよ」
「突き飛ばしてきた相手に“許す”ですか……俺は言えません」
「50年という年月がそうしたのかもね」
タイムカプセルの開封式が始まる。
タイムカプセルの前に立つのは、
握手をしながら涙を流す求道議員と、笑顔の一さんがいた。
こんにちは、aoiです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。