肝を試す勝負
都会からは少し離れた某所。
ここでは町興しの一環として夏に祭りと兼ねて肝試しを行うようになった。
その怖さは年々まちまちで、ある時は子供にも楽しく、またある時は大の大人が悲鳴を上げるような大掛かりな仕掛けを施すこともある。全てはその年に選ばれた主任のさじ加減にかかっている。
そんな中、ある一人の男が出没するようになった。
どこから来ているのかはわからないが、そいつは毎年参加しては文句を言ってくる。
「設定が幼稚だよ」
「あの幽霊、前にも見たことがあるぞ」
「全然怖くもねえよ。何が肝試しだ?」
そんな言葉を連ね、ついにある時は化けていた“中の人”を剥いでしまったこともあるという、はた迷惑な奴だ。
町内会でもしばしば話が取り上げられ、対策に追われている。
「あの人、また来るそうですよ。もうSNSで宣戦布告されているようでしてね。うまーく、仕掛けを考えてくださいね」
顔見知りのおばさんから、にこにこしながらそう伝えられる。悪戯がここ数年で洗練される中、今年の主任は俺だ。
くじ引きの運がすこぶる悪かった。
周りはフォローしてくれる様子を浮かべてくれるがもっぱら他人事だ。
抽選されなくてよかった、という心情が手に取るようにわかるのがなおさら悔しい。
とはいえ、祭り好きの親父にも背中を押されてしまい、俺は仕事の傍ら肝試しの舞台と内容を練る。地方にあるこの町は山が豊富でお寺もある。寺の周りを祭りの会場にして山奥へ続く細道を肝試しの会場とするのがよくあるパターンだ。
だが、年々考案されてきた結果で既に出尽くしており、マンネリと言われた年もある。
例の男はそれを知ってやってくるというのだから面倒な話である。
肝試しまではあと二か月。
そろそろ全体の構成を提出しなければならない時期だが、俺はまだ頭の中で格闘していた。
やはり、自分が見てもマンネリ感が手に取るようにわかる。発想も正直気に入らない。
「最近ガチなものが多かったから子供っぽいのもいいわね」などと助言されたが、そんな他人事で例の男とどうやりあえと言うのか。
かわいい路線は没だ。そもそも俺がそういうものを知らない。
――そうして、いつの間にか例の男に照準を合わせている自分がいた。
そうか、俺はあいつの肝を潰してみたいと思っていたのか。
「あいつはいったい肝試しで何を見てきたんだ?」
そう思って、これまで人のまねを避けようと見向きもしなかった記録書に目を向けた。読んでわかったが、この記録の特徴は主任の視点で描かれていることだ。
その年で一番印象的だったもの、制作時間に手が込んでいたもの、巡回ルートなどが写真とともに並んでいる。
俺も毎年参加はしていたから記憶には残っている。だが、歴代の主任には申し訳ないが、印象に残っていたものとは少し違う。
思いのほかその苦労が俺に伝わってこない。
「なるほど……。この路線で行くか」
しばらく読んで、ふと案が思いついた俺は記録書を借りた。そして、自宅に戻り、感覚を忘れないうちにとパソコンと向き合い企画書を描きはじめた。
お祭り兼肝試し当日。
地方ながらも例年と同じく地元と観光客が集まった。肝試しも、毎年しぶとく続けていた甲斐があってかその存在を知る人も多い。初参戦と意気込んできた観光客もいる。
そしてその中、大柄な体格で随分とやかましくしている男が一人いた。例の、悪い意味でのお祭り男だ。どうやらカメラも持っている。
「こっちもカネかけてきてんだぞ! 心霊写真ひとつも取れなかったら交通費請求すんぞ!」
裏方役のふりをして受付のテントの裏にいたらそんな声が聞こえた。
威圧的で傲慢な物言い。よっぽどケチをつけたいようだ。
対応に苦慮した町内会の副会長が苦笑いを浮かべて俺の元に来た。彼は親父の友人で、今回の取りまとめをお願いしていた。
「やっぱり来てますなあ。なんとも、困ったものです」
「仕方ないですよ。それを念頭に、今年は準備しましたから」
俺はあっけらかんとそう言った。副会長には今回の考案に目を通してもらっているので内容は知っている。
「なるほど……」と言っていた副会長は今緊張しているようだが、正直言って今更どうしようもない。俺は開き直っていた。
「しかし、今回は随分と人手が少なく済んでいるのですが、よかったんでしょうかね?」
「ええ、構いませんよ。その代わりと言ってはなんですが、これまで主任を務めていらっしゃった方々に協力していただきましたから……」
今はお祭り開始したばかりで陽も落ちていない。俺は肝試しがはじまる時を待った。
そして肝試しの時刻。
寺には想いを示す様々な漢字が並べられているが、俺はその中から「顧みる」の「顧」を選び、それを提灯や灯りに浮かべて巡回ルートの目印とした。
例年、そうして言葉を通路に飾っているのだから、良い子にはそう悪くは見えないはずだ。
俺は肝試し会場の入口で様子を見守った。家族ずれや少年たちがぞろぞろと雑木林へと入っていく中、例の男がやかましく存在感を示しながら小道へと入っていく。
「さて、いよいよですな……」
「どうでしょうね。『顧』みるの意味も伝わらなかったら切ないんですけどね……」
それから十数分、巡回ルートとしては早すぎるタイミングで男は帰ってきた。
「おい! 今年コースを作った奴は誰だっ!」
受付に来るなり男は声を上げた。少し不意を突かれてびくりとしたが、俺は「私です」と受付の横に立った。
男はがなり立てた。
「お前! 道通りに来たらここへ戻ってきたぞ! そんな設計作ってんだ!」
「あら、そうでしたか?」
俺はすっとぼけたが、内心はにやりとしていた。
「ふざけんな! ここは肝試しだろ。迷路じゃねえんだよ! ろくな仕掛けもねえし、幽霊を模したかかしが立っているだけじゃねえか。近年で最っ低のデキだよ!」
「あの、お客様。失礼ですが、ゴールはここではありませんよ? 東側に抜けるように掲示板や提灯があったはずです。何か、途中で脇道に逸れたのではないでしょうか?」
「は?」
男はなおも納得はいかないという顔をしている。そんな男に、俺は入口正面にある巡回ルートの地図を差した。
「あの地図に示した通りです。今回のルートは例年と変えておりますから、あの通りに進んでください。灯りに従って、山を登り、途中の祠でお参りし、そこを通過した暁としてお札を用意しております。それを持って東側へと抜け、もう一本の道を通って下山します。途中、今回の肝試しとして様々な工夫を凝らしておりますが、くれぐれも、道だけは間違えないようにお願いします」
反論されぬよう、前もって準備してきた言葉を並べると、男は舌打ちしながら再び入口を潜っていった。
……まったく、俺が先に肝を試された。
男を見届けた後、副会長が「ふふふ……」と含み笑いをして寄ってきた。
「いいですな。ここまでは狙い通り」
「そうですね。俺も、一番ヒヤリとしたのが会場内で道に迷った時でしたからね」
男の指摘通り、普段は会場にしない今回のルートは脇道も多い。そこに死人の衣のハリボテをいくつも配置したのは確かだ。男なら必ずルートを無視して寄っていくだろうと思った。
だからこそ、悪戯する彼だけがここへ戻ってきたのだ。
そしてしばらく時間が過ぎた。
今度は山頂まで行っただろうと思って待機していると受付から声がかかった。
「例の人、来ましたよ」
別に呼ばれて出る義務はないが、俺は肝試しルートの出口方面からずんずんと歩いてくる男を迎えた。
そして、互いに手が届くくらいまでに面と向かい合うと途中で手に入る札を投げつけてきた。
「心霊写真なんか一枚も撮れなかった。くっそつまんなかったわ。交通費返せや……」
ぶっきらぼうにそう言い放ったが、その顔は随分と暗い。
存分に肝を試せたのではないのだろうか。
そう思いながらも、これ以上の面倒事は御免だ。俺はポケットから前もって用意した五千円札をすっと手渡した。
「それは残念でした。もっと印象に残る肝試しにできなかったのは私の技量不足です」
「うるせえわ、ボケ!」
そう言い放って男は踵を返す。さすがに、俺もちょっとカチンときた。
少し離れてから男はキッと首だけを向けてきた。
「もう二度と来ねえわ」
「……わかりました。その言葉、私も来年まで覚えておきます」
それ以上は何も言わず、男は去っていった。
午後十時半。最後の巡回者を見届けて肝試しの会場が閉鎖された。
幸い行方不明者もいなければ他に迷惑客もいなかった。今年もまずまずの参加者だったと、一本締めで終えた。
会の後、俺は幽霊役としてルート上に立ってもらっていたかつての主任たちへ挨拶に回った。
「いやあ、面白いものを見たよ。あの男、僕を見たら目を見開いて驚いちゃったよ」
昨年の主任を務めた人の言葉だ。
「ちょっと嬉しくなっちゃって、『毎年ありがとう~』って白い歯を見せたら『きめえっ』って声上げられて、肝を潰しちゃってたよ」
証言は別の人からも聞く。ルートの後半を務めた人からはもう男が自分たちを相手にせず、足早に駆け下りていたとのことだった。
俺は、事が狙い通りになったことに思わず口の端を吊り上げた。
男にとってみれば年毎の主任とは一度は顔合わせしていたのだ。そんな彼らが総出で、幽霊を模して対面したときにどうなるか。
俺はその反応に期待していたのだ。
「では、大成功ってことでよかったでしょうか」
「んー、まあね。もっとも、他の来客からは『地味だった』って声も多かったけどね」
それについては仕方があるまい。実際、記録書に残せるような大掛かりなものはない。
なにしろ。「良い子にはわからない」恐怖に特化させたのだから。
翌日の夕方、祭りの片付けを終えて家に戻った後のことだ。
「おーい、昨日の祭り。町内会の中じゃ高評価だったみたいだけど、世間じゃ例年より迫力がなかったって評判だぞ。……ま、初めてならまずまずってところか」
夕刊を手にそう話すのは親父だ。
俺は生返事で返しながらスマホでSNSを眺めていた。
そこで話題となっていたのは――心霊写真でもなく、主任だった俺の話でもない。スクリーン越しに悲鳴が聞こえそうな顔に、カメラを握りながら全力疾走で山道を駆け抜ける大男の姿。
俺は肝試しの企画書に「自らを顧みて、己の善行を計る肝試し」と副題を付けていたことを思い出す。
――賭けには負けたが、肝を試す勝負には勝ったのだ。