♡9 夫婦の共同作業
野川秋 アキ (16) 高一 女子高に通うイケメン女子、文武両道の秀才だが超絶マイペースにして隠れオタ
宮姫純恋 スミ (16) 高一 秋のクラスメイトで親友、妥協なきツッコみマシーン、すばらしEお山の持ち主
佐竹葵(16) 高一 秋たちとは別のクラスの子、先日秋にラブレターを渡した。純恋曰くすげーかわいい
※本作品は不定期更新です。
「ねぇ、スミちょっといいかな」
六時間目が始まる前の休憩時間に宮姫純恋は秋に声をかけられた。
(……佐竹さんの件かな)
純恋に緊張が走る。
(秋と佐竹さんのことだし、どうなろうとアタシがあれこれ言える立場じゃない、落ち着け!)
純恋は自分にそう言い聞かせる事で何とか落ち着こうとした。
「秋、言いにくいことなら場所変えて話すか?」
「ううん大丈夫。でもちょっとだけ相談というか、スミの意見を聞きたくて……」
「アタシが答えられる内容なら何でもいいぞ」
「ありがとう、実は…… でもどうしよう? 笑わない?」
「笑わないよ。約束する」
秋が言いずらそうしている、目も伏し目がちだし何となく落ち着きがない。尤も秋に落ち着きがないのはいつも通りであるが
「ありがとスミ、じゃあ言うね。仮にだよ仮の話、私が匿名SNSをやるとして名前をつけるじゃん、その名前を『フィールドリバーA』とします。どうかな?」
「フィールドリバーAって名前についてどう思うかってこと?」
「そうそう」
「率直に言うと」
「うん……」
「ダセーな、アタシなら絶対に付けない」
「がが――ん! 私的にはあまりのカッコよさに思いついた瞬間、身震いしたのに…… そ、そ、そうなのか、ははは、どうしよう、この二年の間…… 私は」
秋はショックを受けて肩を落とす。そして声は途中からどんどん小さくなり純恋は最後まで聞き取れなかった。小さな声で何やらブツブツ呟いている。
純恋は秋のリアクションから、既にフィールドリバーAとして秋が活動している事を悟った。
(……やば、アタシがダサいって言ったことにショックを受けてるな)
「秋、フィールドリバーAは個性的だけど、ちょっとアレだし…別の名前を考えてみたらどうだ?」
しょんぼりする秋を励ます。
対野川秋対応のエキスパート宮姫純恋、動きは常に迅速であった。
「わかったスミ、名前を変えるのもアリだね、まだ私SNSやってないし、今の段階ならネーム変えても全然OKだよね!」
既にフィールドリバーAとして活動しているのはバレバレなのにまだ誤魔化そうとする秋だが、解決策を提示され表情もぱっと明るくなる。
(秋はやっぱり笑っている方がかわいいな……)
純恋は心の中でそう思ったが、もちろん秋には言わない。
「フィールドリバーA以外で名前の候補ないのか?」
「そうだね、あとは『漆黒のスケトウダラΩ』、『タイムリープお初ゴブリン』、『斬!☆彡ジーザス夜呂氏苦』とか! どれがいいかな?」
秋はご主人様に甘えるワンコのような表情でダサくて厨二感あふれるSNSネーム連呼し意見を求めてきた。
(……秋のネーミングセンス、マジやべーな)
どこからツッコんだら良いのか分からないくらいダサい、そこはかとなく漂う厨二感だけでなく言葉のチョイスといい、どうしてこうなった…… まだ『フィールドリバーA』がマシに見えてしまう絶望感。どれかを選べと言われても選べない。純恋はいきなり危機に直面した。
「ん…… どうかしたスミ?」
「いや…… ごめん秋、他にはないのか? ネームを短くするとか」
何とか秋を傷つけず、マシな方向に誘導しようと試みる純恋であった。
「ん~わかんない。そうだ! スミが考えてよ。私スミが考えてくれたのがいい!」
新SNSネームつける試練は純恋に回ってきてしまった。秋は期待に胸を膨らませているのかキラキラした目で今度は純恋を見つめている。責任重大、だが純恋がまともなネームを考えれば、秋はやばいネームをSNS上で晒すのを防げる。
「わかった。アタシが考えるよ、ちょっと待てよ…… 『フロイラインキュティークルエンジェル☆』てのはどうだ?」
「ん― ちょっとかわいすぎるかな」
「じゃあジャスミントスナイパー」
「カッコいい――! でも私ジャスミン茶苦手」
「マゼンダフラメンコ!」
「なんでかフラメンコ―― オレェイ―!」
「イチゴぴゅあラブリー!」
「ラブリーはちょっと照れるなぁ、てへぺろっ」
「マカロン膝栗毛!」
「ちょスミ、私は足のケアちゃんとしてるよ!」
「こむら返りバッタ!」
「バッタ触れないし恐い、こむら返り痛いよね水分補給大事みたいな――」
「有限会社ジ・エンド!」
「ジ・エンドって会社名? それとも経営がやばいってこと?」
「薔薇始祖鳥!」
「知ってる知ってる! 生物の教科書で見た! 羽のあるやつ! 薔薇って漢字で書くとムズいよね」
「袈裟蹴りファンデーション!」
「プロレスの技っぽい、Oh Yeah~! I Can Fly~!」
「塩サバ岩盤浴!」
「ご飯が進みそう、大根おろし添えてお醤油を垂らすのもアリだよね!」
純恋は謎すぎるSNSネームが連発し、秋は楽しそうに合いの手を打つ。
二人とも声が良く通る。やりとりはクラスメイト達にも筒抜けだったりする。いつもなら秋のボケを純恋がツッコむことで平和が保たれていた。あの二人またやってるよって感じ
だが今日はいつもと違う。常識人の純恋がまさかの妄言連発で収拾がつかずカオスとなっている。
『秋のネーミングセンスはダサいけど、純恋は異次元過ぎてヤバぃいいい!』
クラスメイト達は純恋がふざけていると最初は思っていたが、よくよく見ると純恋の目が本気だし、普段から冗談をいうタイプではない。
『ヤバっ! 純恋ガチだ』
『真顔で狂気的なネームを連発してるぅうう!』
『……ガチはヤバい、ヤバ過ぎる!』
『純恋、どうして次から次へと変なネーム出てくるの!? まともなネームが一つも出てこないってどういうこと?』
『お、お願い! 誰か二人を止めて! もう聞いてられない! 聞いてるの辛すぎる!』
当事者二人より、巻き込まれたクラスメイト達は限界を迎えつつあった。友人としても自らの精神的苦痛から逃れるためにも二人を止めたい、だが会話がヤバ過ぎて入り込む余地がない。
『秋はなんで平気なの? ていうか純恋を完璧に受け止めてる!?』
『秋、半端ない!』
『秋と純恋ってホントの夫婦みたい……』
『夫婦だぁ美しいね…… お互いを完全に理解してる、ほら秋の幸せそうな顔を見て! いいなぁ…… 次の人生では私も素敵な伴侶を探すよ』
『そうだね…… 私も』
『ごめん皆、ワタシはもう限界みたい…… 今までありがとう、このクラス楽しかったよ』
『大丈夫だよ…… 純潔の桜道でまた会おう』
『そうだよ、私たちこれからもずっと一緒だよ!』
『彼氏欲しかったな……』
『スタイルバッハの限定ラテ飲みたかった……』
『もうゴールしていいよね……』
秋たちが作り出したカオス空間でクラスメイト達は一人、また一人と力尽きていく。
さながら名作SFアニメの最終回のような光景だった。
彩櫻女学院高等部一年B組の名もなき生徒達へ
ありがとう
安らかに眠れ
君たちを忘れない……
◇◇◇◇
なお六時間目の授業は英語だったが、新婚の春田先生が教室に入ると、野川秋、宮姫純恋の両名を除く他三十三名が真っ白な灰になっていたため、春田先生は激しく狼狽した。
結局秋は、『フィールドリバーA』から純恋が考案した数多のSNSネームより『UV忍者デリケーツ』を選びネームを変更した。
しかし心あるフォローワーさんの助言により『UV忍者デリケーツ』は短命で終わり、まともなSNSネームに再変更し事なきを得た。
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