♡25 ボクらはきっとさびしいから
野川秋(16) 高一 女子高に通うイケメン女子、文武両道の秀才だが超絶マイペースにして隠れオタ
宮姫純恋 スミ(16) 高一 秋のクラスメイトで親友、妥協なきツッコみマシーン、すばらしEお山の持ち主
佐竹葵(16) 高一 秋たちとは別のクラスの子、先日秋にラブレターを渡した。純恋曰く、すげーかわいい
浅羽陽菜(17) 高二 純恋のバイト先の先輩、学校は別、髪型が変?
※本作品は不定期更新です。また登場する組織はフィクションです。
今回はちょっと長いです。すみません。
月曜の放課後、葵と純恋は部活棟三階にある家庭科準備室にやってきた。
先日葵の家に泊まった際にふたりはLIMEID交換をしていたが
土日の間、互いにLIMEメッセージを送ることはなく、先ほど純恋がメッセージを送ったのが初めてとなった。
葵からはすぐに返事は戻ってきた。
純恋からの連絡を待っていたと思えなくもない。
クラスの違う葵に秋が学校を休んでいる事は伝えていない。
純恋が言わなくても既に知っているだろう。
秋から連絡はないが、葵は別で連絡を受けているかもしれない。
葵はポットでお湯を沸かすとクマの絵柄がついたかわいいマグカップにインスタントコーヒーを入れ、スティックシュガーを一つとミルクと合わせて純恋に出してくれた。
準備室には古い木目のテーブルが一つとパイプ椅子が二脚あるだけ、純恋と葵は隣り合わせで座っている。
「あまり美味しくないと思いますがどうぞ……」
「ありがとう」
純恋はコーヒーを一口含む。できればスティクシュガーをもう一袋欲しいが何となく言いずらい。
一方葵はノンシュガーで飲んでいる。コーヒーよりも甘いココアが似合いそうな雰囲気なのに意外な一面に驚く。
葵の家に泊まり一晩共にし、翌日は秋と三人で他愛のない話をした。
あの日を境にこれまで顔見知り程度だった純恋と葵の距離は確実に縮まっている。
とは言え、互いに全く壁がないといえば噓になる。
秋がいれば三人で普通に話せたかもしれない。
ただ秋がいない今、先日の泊まりの際に話せなかったこと、秋のことを話したい。
「こんなところがあったんだ……」
「はい、普段はお菓子作り同好会の活動場所として使ってます」
「部員って何人くらいいるの?」
「……三月で卒業される先輩を合わせて三人です」
「そうなんだ、大変だね……」
「宮姫さん、その……宜しければ入部しませんか?」
「ごめんアタシはバイトあるから……秋を誘った? あいつ今帰宅部だし」
「……既に誘いましたが、部活を辞めて日が浅いから、しばらくのんびりしたいそうです」
「そっか……残念だね」
「はい、とても。四月に新入生が入ってくれないと存続危機です」
「なんかヤバそう……手伝えることがあれば応援するよ」
「お願いします。約束ですよ!」
「わかった……」
純恋はこの時の約束を後に後悔する。
ただし……それは別の話。
「それより佐竹さん、この前はごめんね。
急にアタシが泊りに行ってふたりの邪魔しちゃって」
純恋は椅子から立ち上がると申し訳なさそうに頭を下げた。
「……顔を上げてください。
正直に言いますと、チャンスだったので
気にしなかったと言ったら嘘になります。
でも三人で過ごした夜は楽しかったし
こうして宮姫さんと話すきっかけにもなりましたので」
「ありがとう。ちゃんと話そう……あいつのこと」
「はい……宮姫さんにとって秋ちゃんは特別ですか?」
準備室の空気は少女たちの緊張感とともに張りつめていく
しばしの沈黙の後、純恋はフッと息を吐くとゆっくり話し出した。
「……ここのところずっと考えた。友達だと思ってたけど
ただ友達ってだけじゃドキドキしたりしないよね……特別というしかないね」
「それは好きってことでいいですか?」
「そうだね……アタシは秋のことが好き」
純恋はそう告げると笑みを浮かべた。
「とても嬉しそうですね」
葵も同じように微笑む。
「嬉しいよ……言葉に出すのは初めてで人に言うのも恥ずかしいけど、自然と笑っちゃう。
心が満たされていくのを感じるよ。好きってこういうことなんだね……
これまで恋だと思ってたものと違うから戸惑いを感じるけどね」
「これまでの……とは?」
「何て言うんだろ、憧れたものって言えば伝わるかな?
恋愛経験ほとんどないから自分でもよくわからないけど……
あ~心配しなくても大丈夫だからね!
秋は今、佐竹さんと付き合ってるし、二人の仲を邪魔する気はないから……」
「宮姫さんは秋ちゃんに告白せず終わりにするんですか?」
「彼女持ちに告白するほど野暮じゃないよ」
「秋ちゃんを好きな宮姫さんの心はどうなるんですか?」
「時間がちょっとかかるかもしれないけど諦めるよ」
「――諦めないでください! ワタシのことは気にしないで」
葵は大きな声を出し、純恋の両腕を掴み揺さぶる。
予想外の反応に純恋は戸惑う。
「秋ちゃんはいつも宮姫さんのことを見てます。
想いが届かないなんてことはありません!」
「佐竹さん……どうして?
秋と付き合ってるのは佐竹さんだよ?
アタシを邪魔だと思うのが普通でしょ!?
なんでアタシを応援するようなことを言うの?」
「秋ちゃんのためです……もし秋ちゃんが宮姫さんを選ぶならそれが一番の選択です」
「おかしいよ。アタシの想いが秋に届いたら佐竹さんはどうなるの?」
「……ワタシはただの同級生に戻るだけです」
「そんなの何の解決にもなってないよ。
アタシが秋と付き合ったとしても佐竹さんのこと忘れられないよ!」
「ワタシと秋ちゃんが付き合うことになったとしても同じです。
廊下で宮姫さんとすれ違う度にワタシは不安になるでしょう。
でも仕方ないじゃないですか!
秋ちゃんと付き合えるのは一人だけなんだから」
「……失恋を恐れて、自分の事以外を心配してたら恋愛なんてできないか」
「はい」
恋のライバルに励まされた。
純恋は葵の意図が掴めずにいる。
「アタシには秋は佐竹さんのことをとても大切にしてるように見えるし、秋の特別って佐竹さんだと思ってる。
だから今も付き合ってるわけだし……」
「残念ですがワタシと秋ちゃんのお付き合いは今週の金曜日、つまり一月二十七日で終わりです」
「どういうこと?」
「もともと二週間だけ、正確に云うともっと短いですがお試し期間の終了です。
秋ちゃんに告白した一月十六日、ワタシは振られました。
無理を言って、日にち限定で付き合ってもらう事になりました。
期間終了の金曜日にもう一度秋ちゃんに告白します。
それまでは全力を尽くします。
でも届かなかったらワタシは秋ちゃんの……
あれ? おかしい……ですね、勝手に涙が」
葵の瞳から止めどなく涙が溢れていく。
――同級生に戻る
さっきと同じことを言おうとしただけ
『お試し期間』のことを告げたことで純恋より優位なところはなくなってしまった。
それでも今日、明日と秋が不在な事を除けば、ほぼ予定通り、葵の計画は順調に進んでいる。
秋との関係の終わりが過った瞬間、涙が溢れていた。
――今はまだ泣くときじゃない
――宮姫さんの前で泣いちゃ駄目なのに
頭でわかっていても心がついてこない。
「佐竹さん、ちょっとごめん……」
隣の席の葵を純恋は優しく抱きしめる。
「宮姫さん? 駄目ですよ制服が濡れちゃいます」
「……かまわないよ。アタシがこうしてたいから」
純恋は小さな子供あやすように背中を優しくトントンとたたく
こわばっていた葵の身体から力が抜けていく
葵は声を殺したまま肩を僅かに振るわせ泣いている。
家庭科準備室にも窓はあり、冬のさほど強くない日差しが準備室で抱き合う少女たちを照らす。
柔らかな光の中で体温と心音を一つにする。
同じ少女に恋したふたりは互いに刃を向けるのではなく、心と影を重ね分かち合う。
葵が純恋に抱きしめられるのはこれで二度目、初めては純恋が葵の家に泊まった夜、寝相の悪い純恋に一晩中抱きつかれただけ、その時も悪い気はしなかった。
誰かに抱きしめられるのに慣れていない。
物心がついた頃には実母は他界していたので母のぬくもりもわからない。
純恋には全てを愛しむような暖かさがある。同級生でしかないのに覚えていない母のイメージが重なる。
今涙が止まらないのは秋のことだけが原因ではない。
そのぬくもりに触れることが嬉しいから……
純恋は葵をほってはおけなかった。
小柄でかわいらしい外見の少女が誰に甘える事もなく、いつも強気で背筋を伸ばしていると思うと胸が苦しくなる。
葵は恋の終わりを恐れ泣いている。
孤独を恐れ泣いている。
葵の家に泊まった日からずっと引っ掛かっていた。
あの家には葵の匂いしかしない。
他に誰かいるように感じない。
あの光景を純恋は知っている。
父と母が再婚する前の純恋に似ている。
一人の時間が長く辛く哀しかった。
それでも純恋には娘のために必死に働き、夜遅くには帰宅する母がいた。
葵の家には誰も帰ってこない。
たとえ葵が寝込んでいても……
◇◇◇◇
しばらくして泣き止んだ葵を抱きしめたまま純恋は語る。
「佐竹さんの考えてることは全然わからないけど、もっと我がままになって良いと思う」
「ちょっと前に秋ちゃんにも同じことを云われました」
「アイツはさ、佐竹さんのこと心配してるんだよ。アタシもだけど……」
「ありがとうございます。ところで宮姫さんって誰にでもハグするんですか?」
「誰にでもじゃないよ。なんで?」
「ハグをされるのはこれで二度目だし、……この前キスもされましたし」
「色々ごめん……ていうかキスは佐竹さんからだからね!?」
「細かいことは気にしないでください。
もし秋ちゃんにフラれたら……宮姫さんのお嫁さんにしてもらいます」
「切り替え早っ! いきなり嫁なの?」
「次にワタシに手を出す時はそれくらい覚悟で来てください!ってことです。
……まぁワタシは宮姫さんのこと嫌いじゃないですよ」
赤く腫れた瞳のまま、葵はいたずらな笑みを浮かべ純恋の右頬にキスをした。
柔らかで熱を帯びたそれは純恋の頬に伝わる。
「ハグしてくれたお礼です。
この前みたいに唇がよかったですか?」
「……勘弁してください。心臓が壊れます。もう半分壊れてますけど」
「ふふっ、それは大変です」
部活棟三階にある家庭科準備室は夕方の弱い日差しは夕闇に消えていく
ふたりの少女を隠すように……
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