♡24 君のいない教室で
野川秋(16) 高一 女子高に通うイケメン女子、文武両道の秀才だが超絶マイペースにして隠れオタ
宮姫純恋 スミ(16) 高一 秋のクラスメイトで親友、妥協なきツッコみマシーン、すばらしEお山の持ち主
佐竹葵(16) 高一 秋たちとは別のクラスの子、先日秋にラブレターを渡した。純恋曰く、すげーかわいい
浅羽陽菜(17) 高二 純恋のバイト先の先輩、学校は別、髪型が変? まだまだ慌てる時間じゃない
※本作品は不定期更新です。また登場する組織はフィクションです。
1月23日天気の悪い月曜日、いつもの学び舎にいつも通り通い、いつもの教室で授業を受ける在り来たりな日常、純恋はこんな日々をこの一年何度も過ごしてきた。
違うところを強いてあげるなら、隣の席にいるはずの野川秋がいないこと
秋は今日明日と忌引きで不在になる。母方の曾祖母が亡くなり今は京都にいるようだ。
事情が事情なので純恋はLIMEもしていないし、秋からの連絡もない。
普段、秋とのLIMEのやり取りが多いわけではないが、全く連絡がないと寂しいし、いざ連絡ができないとなると、ついやってみたくなる。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
今日は休み時間に勉強してても邪魔をする秋はいない。
こんな時こそ精を出すべきなのはわかっている。
難関である現役医学部合格を目指す純恋は高一だからとか、まだ時間があるからとは自分自身に言い訳をするわけにはいかない。
バイトの時間以外は全て勉強に捧げても足らないと思っている。
それなのに最近全く勉強に身が入ってない。
原因ははっきりしている。
野川秋のこと、佐竹葵のこと、何よりも自分自身の気持ちのこと
勉強以外のことで考えている事が多すぎる。
(少し前までこんなことなかったのに……)
純恋は整理のつかない気持ちを抱えたままの先日の事を振り返った。
◇◇◇◇
葵の家に秋とふたりで泊まった翌日の1月21日土曜日、寝起きにちょっとしたトラブルがあったが、その後はパジャマのまま布団に潜り、互いのスマホに保存された写真やお気に入りの動画を見せあったり、世間話をしたりと三人で何をするわけでもない、のんびり時間を過ごした。
10時ごろようやく布団から出ると今度は秋と葵が好きな深夜アニメ『転ギョニ』のブルーレイディスクを秋の解説付きで四話連続で見せられた。純恋にはイマイチ面白さが分からない。
葵の部屋には『転ギョニ』グッズが溢れており、それもかなりレアものがあるらしく、秋が羨望の眼差しを向けていた。
秋のアニメ、ゲーム好きは知っていたが、葵も同様の趣味であることは意外なことだった。
『転ギョニ』を見終わった昼頃、冷蔵庫の残り物で純恋が出来合いパスタを作り、三人で食べ一休憩した後、秋と純恋は葵の家を後にした。
駅へと続く歩道をふたりは横に並んで歩かず、秋が少し前を歩き純恋が後を続く。
言葉を交わすこともないので純恋は代わりに秋のカバンにぶら下がるぬいぐるみキーホルダー黒猫のリトスを見つめていた。
秋の歩調に合わせ揺れる無表情なリトスを見ながら、純恋は物思いに耽っていた。
――自分の気持ちに素直になれないリトス
――本当は犬のフランクの事が大好き
秋から教えてもらった黒猫のリトスと犬のフランクの話に自分と秋を重ねながら、純恋は自身の気持ちにもう一度向き合おうとしていた。
(アタシは……)
その時、死角となる右の曲がり角から突然自転車が飛び出してきたので、秋がぶつからないように歩みを止める。
反応の遅れた純恋はそのまま秋の背中を顔をぶつけてしまい、その拍子で眼鏡が「カチャ」という音と共に地面に落ちた。
純恋は眼鏡を拾い壊れていないか確認する。そして眼鏡についた埃をハンカチで拭いた上で、眼鏡をかけ直す。
「スミ……大丈夫?」
「ああ、ごめん。ぼっとしてた」
「スミが何ともなくて良かったよ ……じゃあ行こうか」
「お、おう……」
さりげなく秋の右手は純恋の左手を繋ぐ。
細く長い白い手に引かれるまま、そのぬくもりを感じながら純恋は再び秋の後ろを歩む。
純恋の位置から秋の表情は見えない。
最寄り駅の成城学園前まで続く商店街通りを抜け、駅改札内で秋と別れるまでふたりは一言もしゃべることはなかった。
手を繋いで歩いた時間は五分となかったかもしれない。
それでもこのことをずっと忘れないだろうと純恋は思う。
「じゃあまた月曜日」
「おつかれ」
去り際に、定型文のような挨拶を交わし、その日は別れた。
純恋には左手のぬくもりだけがいつまでも残っている。
◇◇◇◇
「はぁ……」
再びため息をつき、隣の席の秋の机を一瞥する。
(一日はこんなにも長かったのか、あいつがいないと暇だな……)
窓の先に見えるどんよりとした空が広がる。
雨は降らない予報だが、空は今にも泣き出しそう。
秋がいない一日、純恋の心は空模様と同様に白と灰色で彩られている。
ため息ばかりの純恋を少し離れたところからクラスメイト達は眺めていた。
『今日の純恋姫の物憂げな表情良いねぇ……』
『やっぱり旦那がいないと寂しいだろうね』
『今更だけどアイツめたくそ美人だよな……名前に姫がついている文字通りのお姫様だし
あの黒縁眼鏡が全然に似合わないのだけが残念』
『そこが純恋の良いところでしょ、気取らない、誇らない、飾らない……ってなんだあいつ! 完璧美女なのか!?』
『何を今さら…… 秋のそばに純恋がいるからほとんどの子が秋にアタックする前に逃げてくよね、対秋最強の守護神』
『ところでさ、あのふたりって結局付き合ってるのかな?』
『どうだろ、最近秋王子は別の女の子にご執心だし……』
『E組の佐竹さんか…… どうなんだろうね』
『秋と佐竹さんいつも一緒にいるから結構噂になってるよね』
『――こりゃ我らが純恋姫大ピンチか!? 佐竹さん相当かわいいし』
『女を乗り換えたのかな……秋王子は』
『決めつけるのはまだ早いって…… て思ってたら、いつの間にか佐竹さんが純恋のそばにいて、どこかに連れてくよ』
ひょっこりと現れた葵は純恋と二、三、言葉を交わすと、ふたりは教室から出てどこかに向かう。
『……秋のいない今、ふたりで何を話すんだろ?』
『そりゃ……秋のことしかないだろ、ふたりのうちどっちが彼女に相応しいかとか』
『話し合いじゃなくて仁義なきキャットファイトとかじゃん? 拳で殴り合った末にふたりは分かり合い、揃って秋の嫁になることを選択すると見た』
『さすがにそれはないでしょ。あと秋が二股することになってるじゃん』
『でも純恋姫と佐竹さんを同時に幸せにするには他に方法はないだろ? まぁ秋がそんなことするとは思えんけど……』
『悩ましいね……見てるわたし等からすると退屈しなくていいんだけど』
野川秋、宮姫純恋の両名は、彩櫻女学院一年B組の最大の娯楽である。
当事者たちの知らないところでクラスメイト達は秋、純恋、葵、三人の状況を楽しんでいた。
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