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序 現代の神道家たち

 嫌だなと思いながら、深夜に廃村の荒れた道を僕は走っていた。

 場所は長野県で群馬県の境の近くの山奥で、アスファルトの路面はひび割れ、そして草は伸び放題で、虫も多く、おまけに霧である。

 正直、うんざりしているのだが、これも仕事である。

「達也。状況報告」

 ヘッドセットから聞こえているのは、とても可愛らしい声だが、言葉の内容は冷静で簡潔な命令だ。術で強化した無線機によって、僕らのチームの通信状態は保たれている。

 どんどん霊気が濃くなってきた。

「目的地に向かっている。まだ標的は感知できない」

 僕こと渡辺達也は応えた。

「達也。了解」

 今のところ高塚麗華の作戦通り進んでいて、アクシデントは起こっていない。予定通りの場所に標的がいるのなら、会敵は5分後になる。

「麗華。廃病院に生存者を確認した。指示を請う」

 通信機越しに、少し甲高い声で鳥越秀一郎が言った。

 生存者がいるのか? 鳥越秀一郎が展開している鳥の式神たちが、この霧に包まれた霊場で生存者を発見したようだ。最近、郊外のハイキング場に現れたこの歪んだ霊場で行方不明者が続出した。警察の捜査が行き詰まり、こっちに仕事が回ってきたのだ。

「秀一郎。事前調査で好意的だったシスターの霊に協力を要請。その後は放置」

 高塚麗華はやはりそう来たか。僕らの優秀な司令官ではあるが、こういう所はちょっと引く。 アニメとか漫画とかに登場する司令官の中でも、仕事ぶりはかなり悪役に近いのだ。

「麗華。承知した」

 秀一郎は反論はしない。まあ当然ではある。人命救助は危険が伴うし、しかも歪んだ霊場で一般人はお荷物どころか、邪魔者でしかない。だいたいもう10人近い被害者が出ているので、また一人増えてもってことだろう。

 しかし、その生存者が美少女だったら?助ける価値は当然あるのではないのか!そして助けた僕と物語のような恋に落ちるのであった。

「麗華。シスターはその青年の保護を承諾した」

 あっ、もうどうでもいい。確かにそんな旨い話がそうそうあるはずもないよね。

 目的地である歪んだ霊場の中心部に僕は到達した。


 その場には一匹の精悍な犬が待っていた。犬飼博司が使役する犬神の犬飼健が先行して目的地に到着して、僕を待っていたのだ。犬飼武は現存する最高位の神獣で、この山の獣たちを従えてもらっている。ここまでは作戦通りだ。

「麗華。標的への包囲網は出来ている」

 通信機から落ち着いた声で犬飼博司は言った。

 犬神を通して、この山の獣たちは博司の指示に従って、標的を包囲をしているのだ。

 善く戦うものは、勝ち易きに勝つ者なりという言葉通り、麗華が立案する作戦は効率的だ。

「博司。了解。達也の前に標的を追い込め」

「麗華。承知した」

 獣たちの咆哮が聞こえる。標的を僕の前に追い込むように、誘導しているのだろう。敵の行動の主導権を握り、作戦は予想通り進められる。

 僕は手にした太刀を片手上段に構え。標的が現れるのを待った。鬼を狩る為の太刀、銘は備州長船秀幸である。気を込めると妖しい光を発する。

 現れた。さすがは麗華だ。作戦通り追い込まれ、僕の方へ向かってくる。

 標的は身体は腐り果て不気味を絵に現したような姿をしている怨霊だ。白衣らしきものをまとっているからには、生前は医師だったのだろうか?

 僕はその標的に対して、太刀を頭から一閃した。

 頭に響くような怨念を放ちながら、標的は苦しみながら浄化されていった。

 事前情報よりは弱っていたな。さて、他にはと僕は周囲の気を探ったが、他は小物しかいないらしい。今の標的さえ倒してしまえば自然に消滅するだろう。僕が浄化するまでもない。

「麗華。標的の排除に成功した」

「達也、了解した。各自、撤収を開始する。秀一郎は上空からの監視を今より30分後まで継続。博司は達也の周囲を警戒しながら一緒に撤収」

「麗華。承知した」

 僕と後の二人がほぼ同時に応えた。

 周囲を警戒しつつ、僕はこの場を後にした。かつて山奥にあったサナトリウムが先の大戦の空襲によって、通行を絶たれ取り残された そこに残った医師と入院患者たちが原因の霊災害は、これで鎮まったはずだ。


僕は霊場から撤退を完了して、みんなが待っている指揮車両のマイクロバスまで戻ってきた。これで僕の仕事は終わった。博司は獣たちへの協力の見返りとして、エサを報酬としてとして準備している。僕が手伝うにも色々と難しいらしいので、僕はスマホを見ながらくつろいでいた。秀一郎の式神たちはまだ警戒を続けている。

「達也様、ご苦労様です」

 麗華の執事の松田賢治が冷えたペプシNEXとうす塩味のポテチを持ってきてくれた。さすが分かっている。

「松田さん、ありがとうございます」

 僕はポテチをつまみながら、喉を潤した。

 暇があったら、観光でもって思っていたけど、こんな山奥では何もない。

 それに本来は長野県は管轄外でなのだ。

 京都から東側は千秋家の管轄で、渡辺家の管轄ではないのだが、今回は忙しいだのなんだのという事で、こちらに回ってきた仕事だ。

 ゆえに、僕は愛車のホンダバイク、CB400SBで岡山からずっと高速道路を通ってやってきたのだ。帰りもそうだが、大阪や京都で観光しようにも高速道路を途中で降りたら、高速代がもったいないので、そのまま帰えろうと思っている。

 あとの三人は、麗華と松田さんは指揮車両のマイクロバスで、博司と秀一郎は自分たちの商用車で来ているので、帰りはバラバラだ。

「お疲れ」

 協力してくれたここの獣たちへのお礼を済ませた犬飼博司には、コーヒーがふるまわれた。

「お疲れ、博司はこれからどうするの」

「大阪府立大学の学会に間に合いそうなんで、そっちに顔を出してから帰るよ」

 博司は岡山で父と一緒に動物病院を経営している獣医師で、公然の秘密で動物相手に問診が可能なので、かなり繁盛している。

「そっか…」

 こういうときは、交通費を経費できる自営業がうらやましい。

 僕は本業がサラリーマンなので、実費できている。

「疲れたよ」

 鳥越秀一郎には紅茶がふるまわれた。

「秀一郎は、これからどうするの」

「まっすぐ帰るよ、本業が忙しいからね」

 秀一郎は岡山で父と一緒に弁護士事務所を経営している。鳥の式神使いの弁護士である二人は世間では人権派弁護士として知られている。

「たいへんだね」

「まあ、それがやりたくて術者になったからね、仕方がないよ」

 鳥の式神を使い、弁護士として難解な弁護を引き受けている父に憧れて、弁護士を志した秀一郎であるが、あくまで控えだった父と違い今日もこうして、僕と仕事をしている。

 それは、博司も一緒だ。父も犬神使いなのだが、あくまで控えで動物病院で生計をたてているが、博司も僕と仕事をしている。

「そうだな、仕方がないよなぁ」

 博司は遠くを見ながら呟いた。

 実は僕もこの仕事は控えのはずだったのだ。


 京都から西方の鎮守の兼目である岡山県こと吉備の国で吉備津彦が代々、神々を鎮める役目を仰せつかっている。

 今も宮内庁から依頼があり、こういった怨霊がらみの事件の解決をしている。

 ようするに、過去の因縁が現代で問題になったから、その始末屋として代々、便利に使われているわけだ。

 僕は渡辺家の遠い分家の子供だったのだが、素質を見込まれ三代前の吉備津彦、渡辺耕三から教えを受けた。当然、本家の控えとなるはずで、僕は進学校に進み、地元の国立大学の工学部を卒業して、IT業界で働くつもりだったのだが、先代が仕事中に死んだので、僕にお鉢が回ってしまったのだ。

「そうだねぇ、仕方がないよなぁ」

 と、三人でぼやいた。

 実は僕たち三人は幼馴染である。

 岡山市中区の小学校の同級生で、お互い吉備津彦関係する分家らしいということで、仲良くなった。

 お互いに将来の夢を語り合ったが、それはこの仕事に就くことではなかった。

 特に僕は大学在学中に先代が死んだので、就職活動を止められ、職歴がないのは嫌だと言ったら渡辺家本家が大株主のゼネコンに就職が決まった。今はそのゼネコンの総務部で課長の肩書で務めているが、この仕事は表向きには出張ということなっているのだが、まったくそのゼネコンに関係のない長野県への交通費は当然、出ない。今回は大阪への出張ということになっていて、その分の交通費は出ているのだが、長野県までの高速道路代だけで赤字だ。規定の宿泊代は出るが、この近くの温泉宿はビジネスホテルのようにシングルがないので、こちらも赤字…。近場の仕事だと、黒字になることもあるが、管轄外のこんな場所では、僕は経費を持ち出しないといけない。

 本来はこんな辺鄙なところでの仕事は、千秋季長のアホがやるはずだったのだ。

「達也、お疲れ」

 高塚麗華にはホットミルクが用意されていた。

 麗華は幼い見た目通りまだ中学生だ。外見は細い身体に可愛らしい顔だが、僕らの司令官として仕事の作戦指揮を行っている。吉備津彦の軍師、楽々森彦は千里眼の持ち主で、周囲を情報をすべて把握して、作戦立案を行う。それに、今代の楽々森彦は幼いながら、現在は渡辺家の当主代行高塚小百合に匹敵するといわれている。あの陰険婆などさっさと隠居させてほしいのだが、麗華はお気に入りらしく贔屓されていて、仲が良い。僕は邪見に扱われていて、毎回、いろいろと小言を言われているので、僕はできるだけ会いたくない。


 しみじみと麗華に出会ったときのことを思い出す。

 師匠である渡辺耕三に紹介された麗華は当時は幼稚園児だった。とうぜん、僕は子供相手だと思い、愛想よく挨拶した。

「僕は渡辺達也だよ。麗華ちゃん、こんにちは」

 一瞬、麗華の目つきが鋭くなった。

「それでは、遊んでもらおうかしら」

 と、微笑まれ、トランプではブラックジャックやポーカーで勝負してぼろ負け、それではゲームではと桃太郎電鉄も完敗した。

 僕に対して、次世代の楽々森彦として期待されている麗華は、運も絡む頭脳勝負では僕に負けることはないこと無いといことは、証明してみせたのだ。

 それから、僕の麗華のしもべとしての付き合いが始まり、この仕事を始めるにあたって、麗華は僕たちの軍師として役目につくことになった。

 中学生であるがもともと、千里眼の術者である麗華に教えられる先生はいないので行っていない。筆記試験なら回答が見えるのだから、満点なので、平日は実家の銀行で株式、債券、為替などの売買取引を手伝っていて、他の時間は千里眼をより使いこなすために、研究論文を読み漁っている。千里眼の術者は見えても、それを理解できるかは別の問題で、膨大な情報に振り回されてしまっては、たとえ千里眼の術者でも楽々森彦としては失格で、逆に術を使うことを禁じれてしまう。

 吉備津彦として仕事をし始めてから、より麗華のことを理想的な上司としてより尊敬が深まった、社会人になってから、あいまいな指示と精神論を語るダメ上司にうんざりしていたので尚更だ。

 

 物思いにふけっていたら、朝になり霧も晴れ始めた。

 さて、家に帰ってアニメでも見ながらゆっくりしよう。

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