第九十七話 裏クエスト
ゲームに存在するNPCにはいくつかの種類がある。
村人系NPC、商人系NPC、そして、イベント系NPC。
イベント系NPCにも様々な種類があり、その中でも少し特殊な部類に入るのが、ガーネットの言っていたサポート系NPCだ。
プレイヤーはイベントを進めるために、NPCから様々な手助けを貰いながら、共に先に進んで行く、プレイヤー同行型のNPCだ。
ガーネットの言っていたとあるダンジョンとは、いわゆる裏ダンジョンの事だろう。
裏クエストのNPCと言うくらいだし、ほぼ間違いない。
そして恐らくガーネットは、そのパーティに一時参加し、共に戦うタイプのNPCだ。
その場合、大抵はプレイヤーよりも高い能力値が初めから設定されており、文字通り強力なサポートでイベントを進めて行く。
そう考えれば、ガーネットのあの強さにも納得ができる。
しかし、サポートNPCはあくまでもイベントを進めるためだけの存在であり、そのイベントの最後には、そのイベントが用意したシナリオ通りの未来となる。
そして、ガーネットに用意されていたそのシナリオの最後とは、「冒険者を守って死ぬ」と言うものだったのだ。
NPCはゲームのプログラムである以上、それは絶対に避けられない。
「ちょ、し、死ぬって!!」
「落ち着け。それはあくまでもNPCの頃の話であって、今の私には関係ない。あったとしても、私がキミとダンジョンに同行しなければ良いだけの話だ。むしろ、キミの方が問題だと思うぞ」
「は?」
ガーネットは変わらず私の目を見つめたまま、まるで私に言い聞かせるかのように言葉を続けた。
「言った通り、私はその裏クエストの手伝いはできない」
「う、うん」
「そして、その剣。それはもう、神剣とは別のものだ。残念ながらな」
「??」
ちょっとよくわからない。
ガーネットが手伝ってくれないのはわかるけど、いきなりなんで神剣??
どれに残念だってどういう事??
「その裏クエストのクリアには、神剣エターナルが必要になる。その今の剣ではクリア出来ない」
「……へ?」
「そして、そのクリア報酬は“強くてニューゲーム"。時間の巻き戻しの類のものだ。恐らくだが、それがあればキミはこの世界に来る前の時代に戻れるのではないか?」
「?!?!」
突然飛び出してきた、私の知らない情報の数々。
そのかなりの情報量に、私はまるで整理がつかず、目を丸くしたままその場で言葉を失った。
なに、どう言う事!?
色々一度に言われ過ぎて、全然理解が追いつかないけど、
え、なに、私、元の世界に戻れるの!?!?
「ちょっと待って、え、どう言う事?? じゃあ、私がこのクエストをクリアすれば、私は元の世界に……」
「そこまでは言っていない。これはあくまでも私の憶測だ。クリアをすれば恐らく過去に戻れるだろうと言うだけで、元の世界に戻れるかどうかまでは流石に知らん。一つの可能性としての話だ」
「そ、そう……」
「ぬか喜びをさせてしまったようだな。すまない」
「……いや、こっちこそごめん。大丈夫。もう落ち着いたから」
「そうか」
思わず取り乱してしまったが、ガーネットのどこか落ち着いた様な言葉のおかげで、取り敢えず落ち着きを取り戻した。
ガーネットの言っている事は理解できる。
もしも裏クエストをクリアして、本当に過去の時代に戻れたとしても、それは単に私がこの世界の過去に行くだけで、元の世界に戻れると言う保証はない。
だけど、もしもゲームを始めた最初の時間にまで戻れるとしたら、この世界に召喚される前の、自宅でゲームをプレイしている“詠村月穂”に戻れるかも知れない。
だいぶ都合のいい解釈かも知れないけど、絶対に無いとは言い切れない。
「で、どこ」
「ん?」
「その、とあるダンジョンてのはどこにあるの」
「……」
私の言葉に、ガーネットは一瞬固まり目を細め、やれやれと言った感じで言葉を返した。
「言うわけがないだろう。今の話を聞いていなかったのか?」
「アンタには迷惑はかけないよ。場所だけ教えてくれれば後は一人で勝手に行くから」
「同じ事だ。私が場所を教えては、それはクエストの案内をしているのと変わりない」
「それは……」
確かにそうだ。
いくら私に同行していないからと言っても、場所を教えると言う行為自体が私の受けた裏クエストを進める為のサポートに他ならない。
ガーネットの置かれている状況を考えれば、ガーネットはこのクエストに関して、私に助言は一切出来ない。
これは嫌がらせでも何でもなく、もしかすると発動するかも知れなくなった、自分に定められていた運命を回避する為のものだ。
ここで無理にその場所を聞き出すという事は、ガーネットに死んでくれと言っているのと変わらない。
だが、聞かないと言う事は、私が帰れる可能性をみすみす捨てると言う事でもある。
これは、どうしたものか……。
「それに、たとえ教えてキミがそこに行ったところで、キミは結局何も出来ない。そのダンジョンの最奥の扉を開くためには、神剣エターナルが必要だ。その剣ではどうやったって開かない。ゲームを知っているキミならば、フラグの概念も理解しているはずだろう」
「……」
勿論それは理解出来る。
プログラム相手に事情や忖度は通用しない。
でも、今のこの世界のゲーム要素は、かなり薄れている様な感じがする。
正確に言えば、ゲームシステムが現実世界に則するように混じり合い、変化していると言った感じだ。
例えばメニューウインドウがデバイスと言う手段で補完されていたり、武器の装備レベル制限が、武器喰いと言う形で変化していたり、そんな変化の一つや二つ、これまでにも散々見て来た。
そもそも、私やガーネットと言う存在が、その最たるものだと言っていい。
だったら裏クエストのフラグだって、いくらか変わっていてもおかしくない。
「でもやってみなきゃわからないよ。一応は元々神剣だったわけなんだし、試す価値はあるんじゃない。ダメならその時にまた考えればいいんだし」
「いや、だめだ」
ガーネットはそう言って強く私を睨みつけ、圧の籠った真剣な口調で言葉を続けた。
「かつて、未完成の神剣で無理矢理扉を開けようとした者を私は知っている。結果、ロクな事にはならなかった。悪い事は言わない。それだけはやめておけ」
ガーネットのドスの効いたその声に、私はたじろぎ、思わず唾を飲み込んだ。
「で、でも……」
「フラグは神剣エターナルだ。それ以外は認められない。だから神剣エターナルを用意しろ。何なら私の方でも神剣の素材を探してやっても構わない」
「え、ほんとに!?」
「ああ。その剣は使わず、正規の手順でキミが勝手に進めるのなら文句はない」
「そ、そういう事なら……」
まさかガーネットの方から協力すると言ってくれるとは思わなかった。
ガーネットにとっては神剣の素材探しもサポートの範疇に入りかねないはずなのに、それよりもよっぽど神刀をフラグにするのを止めたいらしい。
「だがまあ、もし神剣で扉を開ける事が出来たとしても、キミは恐らくその先で死ぬ事になるだろうが」
「は?死ぬって……」
「当然だろう。キミも察しているはずだ。その扉の先で待っているのは、いわゆるラスボスというやつだ」
「ラスボス……」
「正確には裏ボスと言うべきか。設定上のラスボスは魔王ヨルのはずだからな、だが当然、裏ボスと言う以上、その強さは魔王の比にはならないぞ」
「……」
確かに、その扉の先にはボスがいるのだろうとは思っていた。
だからこそ、神剣が必要なんだろうと。
そして、裏クエストのボスと言うくらいだから、強い事はわかっていた。
けど、まさか魔王ヨル以上の強さだなんて……。
「そして、たかだか魔王の左腕だけであれ程苦戦していたキミが、私のサポート無しで勝てるとは思えない。あれは私の命を使った上で、それでもなお、ギリギリ勝てるかどうかと言う存在だ。今のキミでは到底無理だ」
「……」
よく考えれば確かにそうだ。
裏ボスと言うくらいならそのくらいは当たり前だ。
裏ダンジョンなんて、大抵はゲームクリア後のやり込み要素。
ラスボスより強いとか、むしろゲーム的に見ればそれが普通だ。
でなきゃ、やり込み要素として成立しない。
でも、それは逆に言えば、絶対に勝てない設定にはなっていないと言う事では?
だったら、そこまで強くなればいい。
そこに少しでも帰れる可能性がある以上、私はどうしたって諦められない。
それに今の私はレベル上限が限界突破されている。
もっと強くなることは全然可能だ。
絶対に無理だとは限らない。
「やはり、諦めるつもりはない様だな。まあ、それならそれで構わない。勝手に好きにやれば良い。一応約束通り、合間を見て神剣の素材を探しておこう」
「うん、悪いね」
神剣の素材……。
やはり問題はそこだ。
ガーネットは随分気軽くそう言うが、恐らくこの世界では神剣の素材を手に入れるのは困難だ。
太古の遺物は国宝扱いだとも聞いた事があるし、あっても国が全て抑えているだろう。
それに、もしも素材が全て集まったとしても、神剣を作れるとは限らない。
ゲームでは奇跡的な超低確率での成功率だったのだから、この世界でも恐らく似た様なものだろう。
ならばいっそ、神刀を神剣に戻すと言う方法も一瞬頭をよぎったが、そっちの方が段違いで難しそうだ。
とても出来る気がしない。
もし仮に出来たとしても、きっとそれは、エターナルとは違う別の何かだ。
やはり、どうにかしてこの神刀をフラグに出来れば一番話が早いのだが……。
「ねえ、本当にこの神刀じゃ無理なの?」
「無理だ。むしろその剣が一番まずい。またバグが起きて面倒な事になる未来しか見えない」
「バグ?」
「……何でもない」
ガーネットはそう言うと、露骨に私から視線を外して顔を背けた。
きっと今のは失言の一言だったのだろう。
何となくだが、すごく嫌な予感がする。
そんな事を思ったその時、私の目の前に小さなアイコンが表示され、ポーチの中のデバイス宛ての"緊急メッセージ受信"の文字が現れた。
「ん?」
私は不思議に思いながらも、ポーチの中からデバイスを取り出し、そのメッセージを確認した。
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件名:緊急連絡
本文:マチルダさんがギルドに拘束されて連れて行かれてしまいました!
すぐに来て下さい!
発信者:マリン
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「はあ??」
え、どう言う事!?!?
何でマチルダさんが拘束なんて!?!?
「……どうした」
「いや、なんかマチルダさんがギルドに拘束されたからすぐに来てくれって……」
「拘束?」
私の言葉にガーネットは、ほんの一瞬、驚く様子を見せるものの、すぐに元の様子に戻り、言葉を続けた。
「そうか。なら早く行った方がいい。私も丁度用事を思い出したので、悪いがここで失礼する。マチルダによろしく言っておいてくれ。では」
「ちょ、待ちなさいよ!!」
しかしガーネットは私の呼び掛けにも反応せず、逃げるようにそのまま勢いよく真っ直ぐ上へと飛び上がり、穴の空いた天井の縁の部分に着地する。
「こら!!アンタとの話はまだ終わってないんだけど!!バグって何よ!!」
そんな私の叫び声も虚しく、ガーネットはそのまま立ち去ってしまった。
本来であればすぐさま追いかけたいところではあるが、流石にマチルダとマリンを放って行くわけにもいかない。
「ああもう!今度会ったら覚えておきなさいよ!!」
私はそう言い、急いでこの洞窟の外まで出て、ギルドの方へと走り出した。
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