第九十二話 幕切れ
目の前には、幾つもの小さな塊となった金床の残骸があった。
私はその場にへたり込み、地面に両手をついて、ただただひたすら呆然としていた。
「トコ……」
何が……なにが起きたの……。
あの白い空間や、父さんとの鍛治工房……。
まるで夢の中にいたようで、でもそこは、確かな現実感が存在した。
そして、そこにカラミティが現れて、気付けばトコが私を庇ってた……。
私は地面に転がる金床の残骸をじっと見つめる。
恐らくあの黒い直剣が突き刺さっていたであろう箇所から放物線状に砕け割れた大きな金床。
かつて、鉱山でカラミティが私に倒され、バラバラに折れた神剣となった時のようで……でも、これはその時よりも数段酷い。
「こんなの……とても直せない……」
あの時は、魔道具の槌と金床が揃っていたので何とかなったが、今はその片方が使えない。
それに、あの時使った“再生の黒砂鉄”も、もうほとんど残っていない。
私はトコを……きっと元に戻せない……。
「ーーなんだ、随分と弱気じゃないか。キミは伝説の神級鍛治師なのだろう?」
「!?」
その時、私にそんな言葉を掛けてきたのは、例の謎の仮面の男、ガーネットだった。
ガーネットは顔はカラミティの方へ向けながら、後ろにいる私に向かって言葉を続けた。
「まあ、悲嘆に暮れる気持ちも分かるが、彼女のパーツは消えずに残っているんだ。まだ諦める段階にない。それよりも今は、アレについて向き合うべきだ」
「……わかった」
私はガーネットの言葉に色々と思うところがありつつも、一旦気持ちを整理して、そう答える。
確かにまだダメだと決まった訳じゃない。
この程度で諦めてやるもんか。
その為にも、まずはこの戦いを終わらせる。
待ってなさいよ、トコ。
私は、トコの破片を周りの土ごとまとめてポーチに回収すると、すぐに駆け出し、ガーネットの隣に並び立った。
「待たせたわね」
「いや、問題ない」
私とガーネットは互いに顔を前に向けながら、そう短く言葉を交わした。
するとその直後、前方にいるカラミティの方から、相変わらずの機械音声のような不気味な声が、私達の元へと聞こえてきた。
「ーー対象ノ直接排除、及ビ、時間転送ニ失敗ーー次元ステートニ相違ヲ確認ーー原因の精査ト措置、及ビ、方法ノ確立ヲ最優先事項トシテ設定ーー即時演算ヲ開始ーー現モードノ優先度低下ニヨリ、コードネームカラミティノ承認ヲ解除」
カラミティはそう言葉を発すると、宙に浮いていた体から何かが抜け落ちたかように脱力し、そのまま地面へと落ち崩れた。
「カラミティ!?」
「……」
そんなカラミティを見て私は思わず驚きの声を上げるも、ガーネットはそれをじっと見つめてしばらくした後、ゆっくりと戦いの構えを解除した。
「終わったか」
「え?」
終わった?
いや、まだカラミティはそこに……。
まあ確かに、倒れたまま動かないけど……。
「アレはもう、ただの少女だ。魔力の残りもほとんど感じられない。せいぜい普通の人間よりもほんの数十倍ほど強いだけの、ただの少女だ」
「……」
いや、それただの少女じゃないから。
そりゃ確かに、魔力なしでの戦いならカラミティ相手に負ける事は無いだろうけども……。
「で、キミはどうするんだ」
「ん?どうするって?」
「いや、今ならアレを倒すのは容易だが、キミが粉々なった彼女の仇を取りたいと言うのならば私は手を出さないが」
「……」
トコの仇……。
そうか。
この状況は、カラミティを倒す千載一遇のチャンスなのか。
……だが、仇を取るという事に関しては、あれは私をトコが庇った結果で、責められるとするのならば、それはきっと私の方だ。
だが今回、カラミティは魔王の力なんて物まで持ち出して来て、本気でこの世界に厄災をもたらそうとしていると言う事が理解できた。
であれば、私やトコの事とかは関係無く、今ここで、カラミティを倒しておかなくてはいけない。
この機会は、絶対に逃すべきではない。
カラミティをここで倒す。
当然だ。そんなのは考えるまでもない。
きっと誰に聞いたって、今ここで、カラミティを倒すべきだとそう答えるに違いない。
誰に聞いても。
そう、誰に聞いても……。
たぶん、トコに聞いてもそう言うだろう。
……嘘つきな、精一杯の無表情で。
「どうした?キミがやらないのであれば私が、」
「待って」
私は咄嗟にガーネット前へ腕を伸ばし、その言葉を途中で遮った。
「……待つ? それは、何に対してかな」
「それは……」
その問いに、私は何も返せない。
言っても仕方のない事ばかりが脳裏をめぐる。
言ったところで、私やトコとカラミティの素性や、その経緯など複雑過ぎて上手く説明できる自信もない。
もし出来たとしても、そのほとんどが私のエゴであり、どこまで行ってもただの私のわがままで、ただの諦めの悪さでしかない。
「構わない。何かあるのなら言うべきだ。言わなければわからない」
ガーネットのその言葉は、とても平坦で、どこか諭すような口調だった。
表情の読み取れない仮面のせいで、それがどんな感情の言葉なのかはわからないが、しかし私は、その言葉に従うように、ゆっくりと、素直な気持ちを言葉にした。
「……トコは、もう私の家族みたいなものだから。だから、」
しかし、そこまで言って、私は声を詰まらせた。
続きの言葉が出てこない。
「なるほど……。だからその姉も殺したくない、と」
「……え?なんで?」
なんでカラミティがトコの姉だって知ってるの……!?
ガーネットはトコとカラミティが姉妹だという事を知っている?
いや、思い返せばその事以外でも、ガーネットの発言には今までやけに色々と知っているような発言が多かった。
このガーネットって一体……。
「全く……。トコ、だったか。どうやら彼女はいい出会いに恵まれたようだな」
ガーネットは呟くようにそう言うと、おもむろにカラミティの方へと一歩進み、地面に倒れたままのカラミティに声をかけた。
「ーーだそうだ。良かったな、お前が姉で。だからもう、その下手くそな寝たふりはやめていいぞ」
「え?」
私はガーネットのその言葉に思わず顔をカラミティの方へと向け直すと、そこには地面に手を付きながら起きあがろうとするカラミティの姿があった。
「くそ……よくも俺の身体で好き放題しやがって……ぐっ」
そう言いながらカラミティは何度もバランスを崩しながら、目も虚ろに何とか半眼を開いて必死にその場で立ち上がろうとしていた。
「やめておけ。あんな無茶苦茶な酷使のされ方をしたその身体では、もはやその姿すら保てなくなるぞ。さっさと本体に戻った方がいいんじゃないか」
「ぐっ、うるさい。貴様に言われなくともそんな事は分かっている。だがそれよりも、そこの鍛治師」
「……なに」
カラミティはふらつきながらも鋭い目つきで私を睨み、そして低い声で言葉を続けた。
「流星に伝えておけ。お前を殺すのはこの俺だとな」
「え……。でも、トコは、」
「いいから伝えろ。必ずだ」
「……」
カラミティはまるで私の言葉を待っているかの様に、ひたすら私を睨み続けていた。
その目は、今にも光が無くなりそうでとても弱々しかったが、しかし、いつまでも私から逸らそうとはしなかった。
カラミティ……あんた、もしかして……。
「……わかった。伝えておくわ、必ず」
「ああ。それでいい」
カラミティはそう言うとそのまま崩れ落ちるようにその場に倒れ、そして一瞬で消えて行った。
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