第八十八話 急転
「――なら次も避けてみろ。今度はどこに行くかわからんぞ」
そう言って魔王ヨルは、竜の左腕をエルヴィンの方へと向けてゆっくり前に突き出した。
「やれるもんならやってみろよ」
「ああ。そうさせて貰おう」
魔王ヨルはそう言うと、素早く身体をこちらの方へと反転させ、それと同時に私めがけて右腕の黒い神剣から魔力弾を撃ち放った。
そしてそのまま流れるように、魔王ヨルは真っ直ぐこちらに突進して来た。
「はあっ!?」
「えっ!!今のはフェイク!?!?」
それを見た私とエルヴィンは思わず驚きの声を上げてしまうが、私はすぐに意識を集中させ、飛んできた魔力弾を確実に星砕の槌で弾き返す。
そしてそのまま続いて迫り来る魔王ヨルに、今度は右手の神刀で真正面から迎え撃った。
いける!この間合いなら確実にカウンターを、
「残念。これもフェイクだ」
「え?」
直後、魔王ヨルは地面を強く踏み込んで、私の頭上を飛び越えて行った。
そして着地と同時にこちらの方へと向き直すと、すかさず左腕を前に突き出した。
「……悪食」
魔王ヨルは一言そう言うと動きを止めて、溜めのモーションに移行した。
「エト!!」
「わかってる!!」
私はエルヴィンの声より早く踵を返し、魔王ヨルの元へと全力で駆け出した。
恐らく発動直後の悪食は回避出来るが、その後の軌道の変わった悪食には対処出来ない。
だから出来れば発動前に何とかしたいが、どう考えてもこのタイミングでは間に合わない。
だけど、曲がる悪食の溜め時間が通常よりも長いと言う可能性もある。
今はそれに賭けるしかない!
「違う!回避だエト!!」
「え?」
違うの!?!?
勢いよく走り出した私に対し、エルヴィンからそんな言葉が投げ飛ばされ、私は慌てて地面を蹴り、悪食の直線軌道から素早く横へと回避した。
直後、魔王ヨルが悪食を放ったその瞬間。
「――!?!? え? 光の……道??」
今まさに私の避けた空間に、無数の小さな光の粒が、まるで悪食の通った軌跡をたどるように、光の道となって描かれていた。
なにこれ??……これは……雨?!
そう、気付けば空からは雨が降っており、無数の雨粒が悪食に触れて消滅した事によって、そこにはまるで天の川の様な光の道が出来上がっていた。
そう言えば、魔王ヨル本体が出てくる前に、カラミティがヤケクソで放った巨大な悪食によって、天井がごっそりと消滅していた。
そこに運良く雨が降り、見えないはずだった魔王ヨルの悪食が、偶然にも可視化されたと言う事か。
「ちっ、」
魔王ヨルは、悪食の発動直後で体を硬直させながらも、苛立ちの篭った舌打ちを溢し、そして素早く視線を横に動かすとギロリと鋭く睨み付けた。
その視線の先には、私達の遥か後方で杖を掲げて魔力を送る、桃源郷のハーレムメンバー、魔術師エイナの姿があった。
なるほど。この突然の雨はエイナの魔術による雨か。
「――小賢しい真似を……ならば貴様から始末してやろう!」
その瞬間、魔王ヨルの硬直時間が切れ、そして突き出していた竜の左腕を素早く横に振り払った。
すると、それに呼応する様に、先程放った悪食が突如その軌道を大きく変え、真っ直ぐエイナに向かって飛んで行った。
「!?!? エイナさん!!」
「駄目だエイナ!!避けろ!!」
私とエルヴィンの言葉に、エイナは瞬時に反応して悪食の軌道を視認するが、しかし、エイナの表情はとても苦く、その場から一歩も動き出すことができないでいた。
「無理だな。天候を操作する程の魔力制御中に、咄嗟の切り替えなどまず不可能だ」
「そんな!!」
恐らくエイナは魔力制御に自身のリソースを使い過ぎて、瞬時の反応動作に身体が対応出来ていないでいる。
まずい。
助けに行くにも私もエルヴィンも距離が離れすぎていてどう考えても間に合わない。
気付けば私達よりも早くアランが全力で向かっているが、やはり遠すぎて明らかに間に合いそうにない。
くそ、駄目か!!
「そんな事させるものか!!!」
「!? マチルダさん!」
その時、丸腰のため後方から全体の様子を伺っていたマチルダが、俊足技の『縮地』を使って超高速で走り出し、そして悪食よりも一瞬早くエイナの元に辿り着いた。
「いや、もう間に合わんよ」
しかし、マチルダがエイナを片腕で抱えながら再び地面を踏み込もうとしたその時、悪食は突然速度を上げて、無慈悲にも二人の元に着弾した。
「!?!? だめーーーーーー!!!!」
直後、辺りは悪食による消滅の光で一瞬覆われ、同時に私の叫び声が一帯に反響した。
が、その時。
「――やれやれ、キミは会うたびに死にかけているな」
突然、消滅の光の中から聞き覚えのない声が聞こえてた。
そして、その光が消えて視界が戻ると、その中から仮面を付けた一人の男の姿が現れた。
は?? 誰!?!?
そこにいたのは、白い仮面を付けた黒づくめの一人の男。
両手には何も持たず、ただ真っ直ぐ魔王ヨルの方を向いていた。
足元にはその大部分が消失した巨大なゴーレムの残骸が転がり落ちており、恐らくここにくる途中にいたゴーレムを回収していて、それを悪食にぶつけたと言うことだろう。
そしてその後ろには、杖を掲げて魔力制御の行使を続けるエイナの姿と、目の前の男を見て目を丸くしているマチルダの姿が確認できた。
「お、お前は、あの時の……ガーネット!」
「やあマチルダ。さっきぶりだね」
突如現れた仮面の男に対し、驚きながら問いかけるマチルダと、顔は魔王ヨルの方へと向けたまま、そう答える仮面の男。
どうやら二人は面識があるようだ。
詳しい事情はわからないが、取り敢えずこのガーネットと呼ばれる男が二人を悪食から救ってくれたと言う事なのだろう。
「ど、どうしてこんな所に!?」
「どうしてもなにも、キミだろう。救援信号を出したのは。まあ、来た理由はそれだけではないが」
ガーネットはそう言うと、そのままおもむろに腰のマジックバックから一本の両手剣を取り出し、視線は魔王ヨルに向けたまま、マチルダにその剣を差し出した。
「ガーネット!?」
「使うといい。片手では扱いにくいかも知れないが、丸腰よりはマシだろう。業物なだけあって見た目ほどは重く無い。片腕でもキミなら上手く扱えるはずだ」
そう言ってガーネットがマチルダに手渡していたその剣は、鍔に特徴的な竜の意匠が施された、長く大きな両手持ち用の剣だった。
「これは……あの時フェンリルを両断していた……」
「ああ。だが私の戦闘スタイルにはあまり合わなくてね。ちょうど処分に困っていたので、そのままキミが使うと言い。それに、この武器ならアレともちょうど相性がいい。問題なくダメージも通るはずだ」
「そ、そうか……。それは恩に着る」
マチルダはガーネットからその剣を受け取りながらも、どこか少し戸惑いの表情を浮かべていた。
「気にしないでいい。それは私からの礼のようなものだ」
「礼??」
「いろいろと収穫があったからな。それより、後衛の彼女らは私に任せてもらって構わないので、キミは戦闘に戻ると良い」
「……わかった。では頼む」
「ああ」
マチルダはそう言うと右手の大剣を強く握り、その具合を確認する。
そして、その感触を確かめ終えると、再度ギュッと力強く握りしめ、勢いよくこちらの方へと走り出した。
ここに来て、想定外の助っ人と、マチルダの戦線復帰。
そしてエイナによる悪食の可視化。
事態は一気に好転した。
まさに今は、千載一遇の好機と言っていいだろう。
だが、あまりにも突然うまくいきすぎだ。
普段なら絶好のチャンスと喜ぶべき所だが、何故か私の廃プレイヤーとしての感覚が、とても嫌な予感を告げていた。
安堵している場合じゃない。
余裕を見せれば、きっとその後とても大きなしっぺ返しが待ち構えているような気がしてならない。
そうなる前に、多少無茶でも動くしかない!
「エルヴィン!ここで一気に畳み掛けるよ!!出し惜しみなしで!!」
「わかっている! アランも来い!」
私はエルヴィンに大声で呼び掛けると、返事も待たずにすぐさま魔王ヨルに向かって全速力で走り出した。
エルヴィンはそんな私の声に答えながらも既に走り出しており、どうやらエルヴィンも私と同じような嫌な予感を感じたようだ。
たぶん、今を逃すと後がない。
あのガーネットと言う仮面の男が、あと何体、悪食にぶつけるためのゴーレムを持っているかわからないし、エイナの魔力も、あとどれだけ持つかわからない。
そしてマチルダに関しても、この雨の中であの慣れない両手剣では、いずれ事故が起きてもおかしく無い。
偶然湧いて出てきたようなこの好機、ならば、ひっくり返るのも一瞬だ。
純粋な強さで言えば明らかに向こうのほうが遥かに上。
だったらここで、この一瞬の好機のうちに、一気に勝負に出るしか無い。
「魔王ヨル! そろそろ終わりにさせてもらうよ!!」
「ほう、いい判断だ。だが少し遅かったな。そいつがここに現れた以上、今までの様にもう手加減はしてやれない。残念だったな」
その直後、魔王ヨルが足を一歩前に踏み出し、少し前傾姿勢になって地面を強く踏み込んだその瞬間、魔王ヨルは今までとは比べ物にならない程の速度で、私やエルヴィンの真横を一瞬で通り過ぎた。
そしてそのまま、大きな衝撃音と共に岩壁へと激突した。
「はぁ!?」
「え、なに!?」
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続きは明日、投稿します。




