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カジxトコ 〜赤猫の鍛治師〜  作者: なな/おたふくろ
第1章
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第七十四話 冒険者マリン



 この世界の冒険者システムは、ゲーム時代と基本的には同じシステムが踏襲されている。

 ただし、それはあくまで形式的な物のみであり、全てがそのまま同じという訳ではない。

 細かい部分にはかなりの違いがあり、実際には全く別物と言っていい。


 まず、ゲームの仕様では、冒険者には個人レベルと職業ランクの二種類が設定されていたが、この世界では、どちらともランク表記となり、個人ランクと職業ランクという形で、個人レベルが個人ランクに変わっている。

 更にはゲーム時代には無かったパーティーランクやクランランクという物もこの世界には存在する。


 この世界ではレベルの概念がない。

 代わりに、レベルは全てランクに置き換えられている。


 ただ、概念がないだけでレベル自体は存在しているのだが、現状、そのレベルを知ることができるのはエトのステータス画面とエトの鑑定スキルに依るもののみである。


 ランクの算出方法も大きく異なる。

 ゲームでは敵を倒したりイベントをクリアする事で自動的に成果ポイントが計上され、レベルやランクに反映されるのだが、この世界ではギルドがその成果の申告を受け、厳密な精査を行った上でポイントを付与している。

 その為、冒険者登録をしたばかりで、且つ、初めてのクエスト【鉱山の古代種討伐依頼】が未受諾だったエトは、未だ成果ポイント0のランクF冒険者のままとなっている。


 そんなエトは、現在ソレントから少し離れたとある場所にやって来ていた。

 冒険者ランクFのエトの視線の先には、同じく、この日冒険者登録をしたばかりの一人のランクF冒険者が、なにやらとても嬉しそうな表情で、エトに向かって大きく左右に手を振っていた。


「エトさん!!着きましたよ!!早く行きましょう!!」


 エトに向かってそう元気よく声を上げているのは、先程買ったばかりの新品の魔術師用ローブを羽織り、短めのシンプルなロッドを手にした、とても清楚な雰囲気を纏った一人の少女。


 サフィアの妹、マリンだった。


「ほら、早く!エトさんもトコちゃんも、早くしないと日が暮れちゃいますよ!!」

「はいはい。わかったから。あんまり一人で先に行きすぎちゃダメだよ」

「はい!」


 エトがマリンにそう言うと、マリンはそれに元気よく返事をする。


「ホント、マリンさん元気過ぎでしょ」

「ん。エトとは真逆。むしろエトが疲れ過ぎ」


 そんなエトの言葉に、トコは一言そう返す。


「そりゃ疲れもするでしょ。ここへ来るまでに私がどれだけ大変な目にあったか……。まさかマリンがここまでの強キャラだとは夢にも思わなかったよ」


 そう言って肩を落とすエト。

 体力はともかく、精神的にだいぶ参っている様だった。


「で、私がそんな子の引率役とか、絶対に無理だって……」

「エト。どんまい。でもこれは決まった事。いつまでもグダグダと文句言わない」

「えぇぇ……」


 そんな弱音を吐くエトに対し、隣を歩くトコの口からは、まるで他人事の様な言い草の言葉が、何故か上から目線で浴びせられる。


「って言うか、こうなったのも大体アンタのせいでしょうが。本当なら今日はゲラルドさんに道具の具合を聞きに行きたかったのに。はぁ……」


 エトはそう言い、大きく一つため息を吐く。

 するとトコは、エトのローブの袖を掴み、


「ん。文句言わずにさっさと行く」 


 と言って、グイグイ引っ張り歩みを急かす。


「はいはい。わかりましたよ。行きゃぁいいんでしょ、行きゃぁ」

「ん。さっさと行って終わらせる。それが一番手っ取り早い」

「わかってるわよ。ったく、自分は付いて来るだけだからって簡単に言って」


 エトはそう言い、更に肩を落としながら、トコと共にマリンの元へと駆け出して行った。



 エトがこれ程疲れているのには理由があった。


 それはマリンが、とても完璧だったからである。






 それは、私が早朝の冒険者ギルドでサフィアと別れたそのすぐあとの事。

 マリンは早速冒険者登録を行い、そしてそのまま、何故かランクF冒険者では受けられないはずのランクC討伐クエストを、半ば強引に受注して来たのだ。


 そう、強引に。


 通常、クエストの受注にはランク制限が設けられている。

 それは、冒険者が無駄に危険な目に会わない様にするためと言う、ギルド側の冒険者達への配慮からという事になっているが、実はそれだけではない。

 もちろん、そう言う理由も間違いなくあるのだが、本音のところは、依頼の消化効率を上げるため、明らかに実力の足りない冒険者によってその依頼が塩漬けになる事を嫌ったギルド側の都合と言う部分がとても大きい。


 そんなギルドの本音や事情を、マリンは全て把握していた。

 かつて、マリンはサフィアと共に王都へ来る以前、生まれ育った町の冒険者ギルドで非正規の助っ人として辣腕を奮い、部外者ながら新人受付の教育まで出来るほどの職員顔負けの働きをしていたことがある。

 そんなマリンならば、当然知らない訳がなかったのだ。


 マリンが選んだクエストは、常に張り出されている害獣駆除系の討伐クエストで、同時に何人受けても、そしてそれを何度こなしても問題のない、決して塩漬けにならないタイプのクエストだった。


 マリンはとても頭が良く、

 そしてその話の詰め方は、

 とても完璧だった。


 ギルド側がランクを理由に何度却下しようとも、

 マリンは理詰めに理詰めに理詰めを重ね、要所で正論パンチをブチかまし、

 時折さりげなくギルドの突かれて痛い部分を小出しに各所に散りばめながら、およそ数十分に渡る静かに激しい舌戦の結果、マリンはとうとうそのクエストを勝ち取ってしまったのだ。


 そんなマリンはホクホク顔で私の元に戻って来ると、


「やりましたよ、エトさん!ランクCのクエストです!!本来、Fランクなら最初は薬草採取あたりからなんですけど、とっても強いエトさんにそんなクエストをさせる訳には行かなかったので、ちょっと本気を出してみました!!流石にランクBは自重しました!!」


 そう言って、見事勝ち取った依頼書を勢いよく私に渡して来た。


 へぇ……あれで自重してたんだ……。

 受付嬢さん、机に突っ伏したまま動いてないけど。

 あれ?自重ってどう言う意味だっけ??

 ……マリン……恐ろしい子。


「う、うん。ありがとね……」

「どういたしまして!」


 うん。サフィアがまるで形無しなのも理解ができる。

 あの口下手そうなサフィアが、このマリンを言い負かしているビジョンなんてこれっぽっちも思い浮かばない。

 そもそも、日頃いろんな冒険者を相手にしているはずのギルドの受付嬢が、ギルド規定と言う、およそ負けるはずのない戦いで敗北を喫してしまったのだ。

 こんなの無理ゲー以外の何者でもない。


「いや、でも……」

「??」


 私が受付の方へと視線をやると、先程まで机の上で突っ伏していた受付嬢さんが、別の受付嬢に肩を抱えられながら、奥の方へと消えて行っていた。


 あの受付嬢さん、大丈夫かな……。

 ただでさえメンタルやられてそうなのに、こんな登録したての冒険者にランクCクエストなんかを許可しちゃって、上司に怒られたりしないといいんだけど。

 いや、されるだろうなあ。なんかもう、不憫すぎる。


 ご愁傷様です……。そしてどうぞお大事に……。


「ナンマイダナンマイダ……」


 いや、しかしどうしよう。

 マリンが本当にクエストを受けて来てしまった。

 しかもランクCの討伐クエスト。

 何でいきなりこんなものを。


「ランクC……」

「はい!」


 マリンはそうら元気よく答えるが、このランクだと敵の攻撃がマリンに当たれば一発アウトの可能性もある。

 マリンのレベル上げをするにしても最初はもっと安全な所から始める方がいい。

 やはり、最初のクエストでこれは受けるべきじゃない。


「ねえ、マリンさん。頑張ってとって来てくれたのは嬉しいんだけど、やっぱりこのクエストはちょっとマリンさんには危険過ぎると思うんだ」

「え?」

「ごめんね。でも、このクラスの、特に討伐クエストなんて、私がいても本当にいつ何が起こるかわからないんだよ。どうしてもクエストが受けたいって言うんなら、もっとランクの低いクエストにしない?それならいくらでも付き合うからさ」

「そ、そうですか……」


 私の言葉に、マリンはそれまでの勢いを止めてそう言葉を返す。

 てっきり「エトさんがいれば問題ありません!」とか言うかと思っていたが、素直に私の言葉に耳を傾ける。

 ただの勢いだけではなく、ちゃんと聞く耳も持っている様だ。


 もちろん、ランクC程度のクエストであれば、私が遅れをとってマリンを危険な目に会わせる事は、まずないだろう。

 だが、そう言うことではない。

 どんな事にも万が一というのはあり得るのだ。


 それはきっと、マリンもよくわかっているのだろう。

 だからこそ、私の言葉でちゃんとブレーキを踏めたのだ。

 なかなか出来ることではない。


「わかりました。……では、プレゼンをさせてください」

「……へ??」


 と思ったら、どうやらマリンはまだ諦めていなかったらしく、

表情をスッと真剣なものに切り替え、こちらを見つめてそう言い放った。


 そして、静かな声で、そしてハキハキとした口調で私に話をし始めた。


「いまから、私がこのクエストを受けようとした理由を説明させていただきます」

「え、いや、ええっと……」


 戸惑う私に、マリンはお構いなしと言わんばかりに言葉を続ける。


「ではまず、エトさんの言う事はとても正しく、もっともです。ですが、それではいつまで経っても私の付与術のレベルを上げる事も出来ず、エトさんの時間を無駄に浪費してしまうだけです。私は冒険者としての実経験はありませんが、故郷のギルドで多くの冒険者達を見て来ましたし、Aランク冒険者である兄からもいろんな話を聞いています。それに、私はあの鉱山での戦いを間近で見ていましたし、短い時間ではあるものの、その戦いに参加もしていました。あれは本当に生死をかけた戦いで、冒険者がどれほど危険なものなのか、身を持ってわかっているつもりです。決して軽く見ていたりはしていません。瀕死のエルヴィンさんにエリクサーを飲ませたのも、この私ですから。ですので、危険は承知の上です」

「ちょちょちょちょ、そんな一気に言われても……」


 突然、マリンの怒涛の言葉の弾幕が私を襲う。

 なにこれ、凄い怖いんですけど。


「それに、私は兄からエトさんの素性を聞いていますが、エトさんはこの時代ではランクFの新人冒険者扱いになっているんですよね。そんなのおかし過ぎます。とても看過できません。一秒でも早く、ランクを上げてしまうべきです。それには、出来るだけランクの高いクエストをこなすのが一番です。このクエストならば、ただ私がエトさんの貴重な時間を食い潰すのではなく、少ないながらもエトさんのランクポイントに貢献できると言う意味で、ぜひ受けたいクエストでもあるんです」

「お、おぅ……。そうですか」


 何この子、強過ぎでしょ。

 めっちゃ喋るし。

 ディベート対決させたら絶対誰も勝てないでしょ。

 完全に圧倒されて言いくるめられちゃったよ。


「で、どうでしょうか」

「え、あ、うん。そ、そうだねぇ……」


 しかし、確かにマリンの言う事は理にかなっている。

 マリンの話の中で、矛盾も無理筋も付け入る隙もほぼ見当たらない。

 正直、反論する余地はほとんどない。

 でも、


「うん。マリンさんの言いたい事はわかったよ」

「なら!」

「でもね、それでもダメ」

「!?どうして」


 私の言葉に、マリンは驚いた表情でこちらを見る。


「マリンさんがただの興味本位でクエストを受けたんじゃないって事はわかったよ。このクエストが危険を孕んでいる可能性がある事も、その危険がどう言う意味なのかちゃんと理解しているという事もわかった。それに、それでもこのクエストにこだわるのは、私のランクについて気を遣っての事だってことも。マリンさんの言い分はきっと正しい」

「はい」

「でも、私はサフィアからマリンさんの事をよろしくと頼まれているの。サフィアが何もかも投げ打ってでも救おうとした、あなたの身を、あなたの命を、私は託されているの。マリンさんがどれだけ危険を承知だって言ったところで、私はそれを承知出来ない。だからこのクエストは却下だよ」

「……」


 そんな私の言葉に、マリンは何の反論もせずじっと黙ったまま、私の目をじっと見つめる。

 その瞳は真剣で、その奥では様々な言葉や考えが巡り巡っている様だった。


 そして少しの沈黙の後、マリンはその瞳をゆっくりと閉じた。

 どうやら、反論する言葉は見つからなかったようだ。


 やはり彼女は真面目な子だ。

 ムキになって、無理筋な反論はして来ない。

 ちゃんと私の言い分を理解した上で、反論できないと判断したのだろう。


 しばらくして、マリンはその目をゆっくり開く。


 その表情は、まるで迷いが消えた様な、どこか決意を持った表情で、そしてそのまま、私の目を見て口を開いた。


「わかりました。エトさんの言う事はもっともです。私の考えはとても浅はかでした。もはや反論の余地もありません。さすがエトさんです。負けました」

「よかった、じゃあ、」

「では、多数決を取りましょう」

「……へ?」

「私とエトさん。そしてトコちゃんの三人で多数決を取って決めましょう。トコちゃんも随分前から起きて私たちの話を聞いていたようですから」


 え、何??どゆこと??

 納得してくれたんじゃないの??

 多数決???

 と言うか、今言った『負け』とは一体……??

 てか、トコ起きてたの??


「え、いや、でも今、負けましたって……」

「はい。エトさんの話を聞いて目から鱗が落ちました。エトさんの方が正しいです。やはり、エトさんは凄いです。ですが、その事により、新たな思いが生まれました」

「新たな思い?」

「はい、それは、……」


 マリンは私の目を真剣な眼差しで見つめながら、しかし、一瞬言葉を詰まらせる。


「それはエトさんと……いえ、すみません。今はまだお話しする事が出来ません。ですが、やはりこのクエストは受けるべきだと、受けなければならないと確信しました。これは、私のわがままです。申し訳ありません」

「え?ええっと……??」


 これまで完璧な理論責めを展開し、その後私の言葉で敗北を認めたマリンが、一転、曖昧でなし崩し的なゴリ押しの展開に急遽舵を切って来た。


「先程のエトさんの言葉に、私は何の反論もありません。ですが、私のこの思いも下げる事が出来なくなりました。とは言え、それで私のわがままで押し通すのはやはり違うと思います。なので……」

「多数決で決めると?」

「はい。エトさんはクエストを受けないに一票、私は受けるに一票。そして、エトさんの事をよく知っているであろうトコちゃんに、最後の一票を入れてもらって決めてもらえればと」


 いや、それ、多数決というか、トコに丸投げしているだけの様な気がするんだけど??

 ほら、トコも凄く微妙な顔をしている。

 そりゃ、そんな顔にもなっちゃうよね。


「うーん……」


 何がどうなってそうなったのかさっぱり意味が分からないが、どう言うわけか、マリンの決意は先程以上に強くなっちゃってるみたいだし、もはや理屈とかでもなさそうだ。

 マリンも自分が無理を言っていると言う自覚があるからこそのトコに判断を委ねた多数決という提案なのだろう。

 確かにここまで来たら、別の第三者に全て委ねて決めてもらうとかしない限り、いつまでも埒が開かない。


 だったらもう、ダイスやコイントスでも良かったはずだけど、それは恐らく、自分の我儘を通す後ろめたさから、私寄りの人物であるトコを選んだと言う事だろう。


 ならばもう、あまり納得は出来ないが、それで手を打つしかないだろう。

 マリンの態度を見る限り、私の言葉で説得できるとも思えない。


「わかった。それでいいよ」

「ありがとうございます」


 私の言葉に、マリンは深く頭を下げ、感謝の言葉を口にした。


 まあ、いくらトコでもこの話を聞いていたなら、ほとんど絡みのないマリンと、互いに秘密を共有し合う私とならば、きっと私の方に付くはずだ。

 とは言え、トコの思考は私でもいまいち読めない所はあったりするので、結局ダイスやコイントスとあまり大して変わらないかも知れないが。


「でも、これってあんまり公平とは言えないかもよ?本当に決めるのがトコでいいの?」

「はい。私はトコちゃんの事をあまり詳しくは知らないですが、サフィアや、シーラさんからの伝言で少しは話を聞いていますから」

「ほう」


 そう言えば、今日来れなかったシーラさんからサフィア宛に伝言の手紙を渡していたんだっけ。

 そこにトコの事も書いてあったのか。

 どんな事が書かれてたんだろう?


「エトさん、先に謝っておきますね」

「え??」


 マリンはそう言うと、おもむろにトコの方へと体を向け、とても優しい口調で話しかけた。


「ねぇ、トコちゃん。話は大体聞いていたわよね」

「……ん」


 トコは心底面倒くさそうな表情で、短くそう返事をする。

 まあ、突然いきなりこんな面倒事に巻き込まれたら、そりゃあそんな表情にもなっちゃうよね。

 私がトコの立場でも、かなり嫌だ。


「もしこのクエストを受けれたら、私の特製、絶品オムライスをご馳走するわ。しかもおかわり無制限で」

「ん。マリンに一票」


 ……え。


「な!?んなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 私の叫び声がギルド中に響き渡り、そしてマリンは、ニッコリと微笑みながら、体の下の方で小さくガッツポーズをとる。


「いやいやいやいやいやいやいやいや!!それルール違反でしょ!!」

「いえ、条件が不利だった分、差し引きでプラマイゼロかな?なんて」

「んなわけあるかあぁぁぁぁ!」


読んでいただきありがとうございます。

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