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カジxトコ 〜赤猫の鍛治師〜  作者: なな/おたふくろ
第1章
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第七十三話 フェンリルvs白仮面

 傷を負ったマチルダが後ろで見守る中、白い仮面をつけた黒づくめの男は目の前の巨大な狼を“伝説の古代種フェンリル“と呼び、男はそのフェンリルに対し、戦いを始めようとしていた。


 伝説の古代種フェンリル。

 それは、この世界の歴史書にも存在する、伝説上の魔物。

 深い青色の毛が特徴的な狼タイプの最上位モンスター。

 かつて、エトもゲーム時代に戦ったことのあるエリアボスモンスターであり、その強さは、通常の魔物とは一線を画す強さを誇っていた。


「まさか本当に伝説級まで湧いているとは思わなかったが、探しに出て正解だった。悪いが、狩らせてもらうぞ」


 男はそう言うと右手の黒殻の剣を強く握りしめ、少し姿勢を前に傾けたその瞬間、まるでその姿が消えたと思わせるほどの超速度で、一瞬にしてフェンリルの目の前まで飛び込んでいた。


 直後、その黒殻の剣はキンと金切音を立てながら横に振り抜かれるが、フェンリルはそれを紙一重で体を引いて回避する。

 そしてフェンリルはその反動を利用するように、瞬間的に真正面へと飛び掛かり、男の喉元目掛けて口を開ける。

 バクン!とその口が閉じられた瞬間、男は既にフェンリルの真横まで回り込み、振り上げた黒殻の剣を真っ直ぐ下へと振り下ろしていた。

 しかし、その攻撃も音を鳴らしながら空を斬り、フェンリルは少し離れた場所で、男を睨みつけていた。


「なるほど。さすが伝説級と呼ばれるだけはある。面白い」

「グルルルル……」






 おいおい、何だ今の戦いは……。

 あの仮面の男と巨大な狼の獣、どちらの動きも常識の域を超えているぞ……。


 目の前で繰り広げられた、男と獣の非常識な戦いに、私は右手に握ったままの空のポーション容器をギュッと強く握りしめながら、目を見開いて驚愕する。


 奴らの戦いが始まる前までは、怪我の影響もあり目が霞んでよく見えなかったが、今ならその凄さがよく分かる。

 あの男も、あの巨大な狼の魔物も、どちらも非常識な強さを持っている。

 なにせ、ポーションで全快した今の私ですら、殆ど残像しか見えていないのだから。 


 しかも、驚くべきは、恐らくどちらも、まだ本気ではないと言うことだ。

 

 何なんだ、一体。

 魔物の方は古代種と言う時点で、何でもありだからと強引に納得出来るとしても、男の方はそうは行かない。

 あんな非常識な程に速い動きと、まるで空間を切り裂いてしまいそうなくらいに振るわれた剣筋。

 到底、普通の人間の動きでは無い。

 あんな芸当が可能な人間など、見たことも聞いたこともない。

 非常識と言う点では、エトならばあるいは、とも思うが、恐らくあの男は、間違いなくエトよりも数段強い。

 

 それを裏付けるのが、あの男が言った言葉。


 伝説の古代種フェンリル。


 かなり眉唾物ではあるのだが、深い青色の巨大な狼と言えば、確かに書物に記されたフェンリルの特徴そのものだ。

 もしそれが本当だったとするならば、そんな魔物に一歩も引けを取らず、しかもソロで戦っているあの男は、エトどころの話じゃない。


「では、そろそろ本気でやらせて貰おうか。さっきのでお互いに様子見は済んだだろうからな。まさか、今のがフェンリルの本気の強さと言うわけではないだろう?」

「グルルルル……」


 男はそう言うと、再び右手の黒殻の剣を構え、左手を顔の前に持ってくると、その左手の指で印を結ぶ。


「……では行くぞ」


 その瞬間、男の姿がぐにゃりと歪み、その場から消えてしまった。


 !?!?

 あれは、少し前に取り巻きの狼達を一掃した時の!?


 その直後、フェンリルの居た場所から甲高い金切音と、何かがぶつかり合うような激しい衝撃音が聞こえてき、そしてその衝撃波までもが離れた私の元まで届いて来た。

 私は思わずそちらに目をやるが、しかし、そこに男の姿は無く、そして、そこに居たはずのフェンリルの姿までもが、いつの間にか消えていた。

 その後も、その金切音と衝撃音は、あちらこちらから何度も何度も聞こえて来て、私は思わず立ち上がる。


「な、何が起こって……!?」


 私が訳もわからず戸惑っていたその時、ほんの一瞬、視線の隅に男とフェンリルが互いの攻撃を打ち合う姿が入って来た。


 咄嗟に私がそちらに視線を向けたその瞬間、フェンリルの眼球がギロリとこちらに向けられて、私が一つ瞬きをしたその間に、フェンリルが口を開けてすぐ目の前にまで迫っていた。


「!?!?」


 私は思わず後ろに飛び跳ね、その攻撃を紙一重で回避するが、フェンリルはそのまま再び地面を蹴って、私目掛けて飛び掛かる。


 無理だ!速すぎる!回避が間に合わない!!


「ゴゥゥッ!!!」


 私が死を覚悟したその瞬間、目の前には、左手一本でフェンリルの喉元を掴み上げる、黒づくめの男の背中が現れていた。


「何のつもりだ、お前の相手はこの俺だろう」


 男はそう言うと、フェンリルの喉元を掴む左手にグッと力を込め、フェンリルをそのまま左の方へと投げ飛ばした。


 フェンリルは投げ飛ばされながらも空中でクルンと身体を一回転させ、少し離れた地面の上に着地すると、そのままその場で動きを止め、こちらを睨みつけていた。


 そんなフェンリルの様子見て、男は背中越しに私に声を掛けて来る。


「すまないな。少し危ない目に遭わせてしまったようだ」

「い、いや、とんでもない。むしろこちらが礼を言う方だ。今のは本気で不味かった。心から感謝する」


 私は男にそう言葉を返すが、男は視線をフェンリルの方からは外さない。


「ところで一つ、キミに聞きたい事がある」

「聞きたい事?」

「ああ。どうやらアレは、戦闘中の私よりもキミを狙っているようなのだが……。そもそも、キミはどうしてアレと戦っていたんだ」


 男はそう言い、私の返事をそのまま待つ。


「どうしてと言われても……。アレには関所に向かう途中でいきなり襲われただけなのでな。別に私も好きで戦っていた訳ではない。それに私を狙う理由も知らん。むしろこちらが聞きたいくらいだ。あるとすれば、応戦の際にまぐれで入った一撃に怒っているとか、そんな事くらいしか」

「……ふむ。なるほどな」


 私の返事に、男はどこか腑に落ちない様子を見せながらも、特別こちらを疑う様子も感じられない。


「だいたい、まぐれとはいえ何故あの時、私なんかの攻撃が当たったのか、全く理解出来ないがな。はっきり言って、今の戦いは私のそれとは別次元の動きだったぞ」


 今考えても不思議でならない。

 視線の先にいるフェンリルの身体には、最初に私がつけた傷以外、どこも負傷していない。

 目の前にいるこの男ですら、一度もフェンリルに攻撃を通せていないのだ。


「まあ、フェンリルクラスの魔物に傷を付けるなど、普通は無理だからな。そもそも回避するつもりもなかったのだろう」

「なに?それはどう言う……」

「さあな。実際に傷を付けたキミにわからないのであれば、当然私に分かるはずもない」

「……」


 確かに、アレが本当に伝説の古代種フェンリルだとすれば、普通の攻撃が通るはずもない。

 まして、攻撃力特化でもない、むしろ非力な部類に入る私の攻撃で、あのフェンリルに傷が付けられるとは到底思えない。

 だとすれば、考えられる可能性としては一つしかない。


 大サソリの古代種の素材で、神級鍛治師エトの作った武器。


 黒殻の剣だ。


「さて、お喋りは一旦終わりとしよう。続きは、アレを始末してからだ。という訳で、これはキミに返しておこう」


 男はそう言うと、持っていた黒殻の剣を左手に持ち替え、視線はフェンリルに向けたまま、その左手を私の方へ突き出して来る。


「え?」

「アレに狙われている以上、丸腰というわけにも行かんだろう。というか、そもそもこれはキミの物だ」


 そう言って男は左手の黒殻の剣を再度突き出す。


「言っておくが、キミはキミ自身が思っているよりも、とても優れた冒険者だ。突然キミの方へと向けられた、あのフェンリルの攻撃を回避できる冒険者は、数いる冒険者達の中でもそう居ないはずだ。私の援護は不要だが、自衛の手段はあった方がいい。先程のように私の援護が間に合わない場合があるからな」

「わ、わかった」


 私は男の言葉にそう答えると、突き出された黒殻の剣を受け取った。


「その剣は大事にしたほうがいい。かなり消耗しているようなので、可能であれば早めに修理するべきだろう。それはなかなか面白い武器だ」

「あ、ああ」


 男はそう言い、私に黒殻の剣を手渡すと、そのまま腰のマジックバッグに手を突っ込み、そこから大きく長い一本の剣を取り出した。


「キミはこの武器を知っていたりするか?」

「……?その大剣か?いや、恐らく初見だと思うが」

「ふむ。そうか」


 男は唐突に、私にそんな事を聞いて来る。

 それは、普通の両手剣よりも一回り大きく、重量もそこそこありそうな、大剣だった。

 見るからにガルカンあたりが好みそうなその剣は、柄の部分も特徴的で、龍を模った細かな意匠の施されていた。


 それが相当な業物である事は一目見てわかったが、私の戦闘スタイル的に大剣はほぼ使う機会のない武器なので、両手剣に関する知識は殆ど持ち合わせていない。


「それは、名の通った有名な武器か何かなのか?」

「まあ、ある意味そうかもしれないが、私も最近手に入れた物でな。興味本位で少し聞いてみただけだ。すまない。気にしないでくれ」

「そ、そうか」


 こんな時に、突然そんな世間話のような話をして来たこの男を若干不思議に思いつつも、私の黒殻の剣にもどこか興味を持っていた様子から考えるに、ひょっとするとこの男は、武器マニアか何かなのかもしれない。

 案外、エトと会わせれば気が合うかもしれないが、どうせエトの事だから面倒ごとしか起きないような気がする。

 取り敢えず、この男の素性が分からないうちは、エトとは会わせない方がいいだろう。


「——なる程。そう言う事か。チッ」

「え?」


 男はボソリと呟き舌打ちを決めると、大剣を両手で握り締め、身体を捻って横に構える。

 その姿はまるで油断なく、白い仮面で表情はわからないものの、その様子からは、少し苛立ちを感じさせていた。


 男が舌打ちをした理由。

 それは、男の視線の先にあった。


「おかしいとは思っていたが、そう言う事か。伝説級の古代種の割に、通りで歯応えが無かった訳だ」


 男の視線の先にあったもの。

 それは、暗い青色の毛をみるみる黒く変化させ、毛を逆立てながらこちらの方を睨みつける、先程までとはまるで別ものとも思えるような姿をした、そんなフェンリルの姿だった。

 しかし、その姿からは、以前ほどの威圧感のようなものは感じられない。


「お、おい、アレは……」

「恐らくアレは、ブラックフェンリルだな。フェンリルの姿に偽装して獲物を襲う、フェンリルの亜種だ。もはやこちらに対して偽装でハッタリをする意味もないと判断したのだろう」

「な、なるほど」

「強さはせいぜいランクSとAの間くらいか。本物のフェンリルとはまるで比べものにならん」

「そ、そうか。……は??」

「結局今回もハズレだったが、まあ、収穫がゼロという訳でも無かっただけ良しとするか。ならばもう、これ以上は時間の無駄だな」

「ちょ、おい、」


 男はそう言うと、両手で大剣を構えながら一直線にフェンリル目掛けて走り出した。

 それと同時に、黒い姿となったフェンリルも、男目掛けて飛び掛かる。


 ——凄い。

 あんな重そうな大剣を構えながら、あの男はまだあんな速度で動けるのか!

 先程までの戦闘の時と比べれば当然その速度は落ちているが、それでも私のMAXスピードよりも断然速い。

 本当にあの男は何者だ!?


「終わりだ」

「グガガガガガッ!?」


 それは一瞬だった。


 男とフェンリルが接触したその瞬間、気付けば男の大剣は横薙ぎに振り抜かれており、フェンリルの体は上下真っ二つに切り離され、地面にゴトリと落下した。


「!?!?」


 何だ今のは。

 まるで見えなかった。


 しかも、いくら長い大剣とは言え、あの巨体を一撃で真っ二つにするなど……明らかに常軌を逸している。


「ふむ。やはりこの程度か」


 男はそう言うとゆっくりと構えを解き、やれやれといった様子で、片手だけで衣服の身だしなみを整える。

 そしてそれを終えると、もう片方の手で持った大剣を少し上に掲げ、その剣身を眺め始めた。


「なるほど……まあ、この剣の試し切りにはちょうど良かったか。だがやはり、この手の武器は私にはあまり向いていないな」


 男はボソリとそう言うと、その大剣を腰のマジックバッグに戻し、踵を返してこちらの方へと向き直った。


 それを見て、それまで呆気に取られていた私は我に帰り、思わずビクリと体を揺らす。


「……!」


 その男に対して、今の所は敵意を抱いている訳ではないが、全身黒づくめの衣服に白い仮面。そして理解不能な異常な強さのこの男に対し、私は反射的に体をこわばらせてしまう。


 そんな私の様子に気付いた男は、まるで貴族の所作のように片手を自分の胸に当て、静かな声でこちらに話しかけて来る。


「突然現れて驚かせてしまったようで申し訳ない。状況が状況だったので、そこは容赦して貰いたい」


 男はそう言うと、少し頭を下に下げる。


「い、いや、私こそすまない。むしろ危ないところを助けて貰って助かった。私はマチルダ。ランクA冒険者だ。この度の助力、とても感謝する」


 男の言葉に、私も姿勢を正してそう言うと、同じく頭を少し下げる。


「マチルダ……ほう、これは驚いたな」

「ん?」

「いや、こちらの話だ。気にしないでくれ。ただ、高ランクの冒険者にしては礼儀正しいと思ってな」

「ああ……なるほど。高ランクの冒険者と言えば、大抵はクセの強い輩ばかりだからな。私みたいなのは少数派かも知れないな」


 そう言う意味では、この男の丁寧な所作も、私と同じく少数派と言えるが。


「ではこちらも自己紹介をしておこう。私の名はガーネット。冒険者では無いが、まぁ似たようなものだ」

「ん?冒険者では無い?」

「ああ。組織に縛られるのは苦手なのでな。まあ、私もクセのある輩の一人という事だ」

「な、なるほど」


 言われてみれば、あんな強さの冒険者が存在していたのなら、その冒険者の噂が広がっていないわけがない。


「理解が早くて助かる。では、私は少し用事があるのでこれで失礼するよ」

「そうか。今日は本当に助かった。感謝する。また会う事があれば、この礼はその時に」

「ああ、その時はお願いするよ。いずれ必ず、また会うことになるだろうからな。では、気をつけて」


 男はそう言うと私に背を向け、そのまま私の来た道を歩いて行った。


 結局、男の素性は名前くらいしかわからなかったが、最後の台詞を聞く限り、恐らくまた会うことになるだろう。


 規格外の強さを持つ男、ガーネット。


 願わくば、敵としての再会にならなければいいのだが。


「よし、私も向かうか。急がないと、向こうに着く頃には夜中になりそうだ。あまり遅くなって、また親父にどやされるのは勘弁だからな」


 私は一言そう呟くと、逃したバジリを呼び戻すため、丸めた指を口に当てて指笛を一つ鳴らした。




 

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