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カジxトコ 〜赤猫の鍛治師〜  作者: なな/おたふくろ
序章
63/106

第六十一話 その後①兄妹

 鉱山から出た俺とマリンは、すっかり暗くなった空を見上げながら、色んなことを思い返す。


 このたった一日の出来事で、俺とマリンの人生が大きく変えられた。


「サフィア、お疲れ様」

「ああ。マリンもな」


 マリンの労いの言葉に、俺は短くそう答える。

 先程、帰る前のエトも俺の所にやって来て、感謝と労いの言葉を言ってきたが、このくらいで借りた恩を返せたとは思っていない。

 そもそも、エトが自分の素性を明かしてまで俺にエリクサーを渡してくれなければ、俺とマリンはこんな風に会話する事すら出来ていなかっただろう。


 俺がエリクサーを貰って戻ったあの時、既にマリンは虫の息の状態だった。

 やはり、無理してこのソレントまでやって来たのは、マリンの身体に相当な負担がかかっていたらしく、こちらに来てからの消耗速度は著しく激しかった。

 青白かった顔色は、土色のように変わりはじめ、いよいよもう、ダメだと言うのは見てわかった。


『ちょっと待って、今すぐ薬を飲ませてやる!まだ死ぬな!!』


 その時の俺はそう言うのが精一杯で、今思い返しても、あの時のマリンは本当にやばかった。

 俺は、そんなマリンの上半身を抱え起こし、ゆっくりとマリンの口の中にエリクサーを流し込む。

 既に体力も底をついていたのか、なんの反応もなく俺にされるがままのマリンだったが、口の中に流し込まれたエリクサーが喉を通り、気管の方にも入ってしまうと、


『けほっ!!けほっ!!』


 マリンは激しくむせてしまった。

 しかし、その顔色はすっかりもとに戻っており、その瞬間、俺はこのエリクサーが本物だと確信し、そして全身の力が抜けてしまった。


『けほっ、けほっ、……え!?なにこれ!?え!?私……!?』


 エリクサーの効果は凄まじく、それを飲み干す頃にはすっかり顔色も戻り、か細かった呼吸もゆっくりと深い呼吸へと変わっていた。

 別に疑っていたわけではないが、これには本当に驚いた。

 エトから受け取ったエリクサーは、間違いなく本物だと確信出来た。


『マリン……良かった』


 俺はそう言って、思わずマリンを抱きしめた。

 俺の泣き顔がバレないように。

 そんなのは無駄だとわかりながらも。


『ありがとう。サフィア』


 そんな俺に、マリンは俺の頭を優しく触れるように撫でながら、そんな言葉を返して来た。

 その言葉に、俺の涙はさらに溢れ、止まらなかった。


 その後、落ち着きを取り戻した俺は、マリンにこれまでの経緯を説明した。

 その直後、マチルダからの緊急メッセージがデバイスに届き、俺は悩む事なく、すぐさま鉱山へと引き返し今に至る。


 まさか、これ程までに大変な戦いになるとは、まるで予想はしていなかったが。


「でも、どこに行っても悪目立ちするサフィアが、今回は珍しく一番地味な感じだったね」

「全くだ。俺が埋もれる程とか、あの場にいた全員、キャラ濃すぎだろ」

「ふふ。たしかに」


 自分で言うのも何だが、双剣使いはかなりレアだ。

 そして俺の素早さも、常人の域を超えたものだと言う自負はある。

 高速の動きで振るわれる二本の剣での戦い方は、その戦闘スタイル的に、どうしても悪目立ちしてしまう。


 しかし、あの場にはそんな俺の存在をあっさりと超えるほどの、濃すぎる奴しかいなかった。


 その一人は、無駄にうるさく、感情任せに無茶な動きばかりする、熊のような大男、ガルカン。

 しかし、その無茶の線引きは神掛かり的に絶妙で、一見、気合と根性だけで何とかしているように見えるが、その実、かなり周りは見えていて、ただ単にうるさいだけで、相当上手い立ち回りを見せていた。


 もう一人は、戦闘中に恐ろしいほどの成長を見せた女剣士、マチルダ。

 彼女の判断力は、今まで見た誰よりも数段上で、その技術は、戦いを重ねるたびにその精度を高めて行った。

 そんな彼女の行うフォローは、たとえ、俺が無謀な攻撃を仕掛けたとしても、彼女なら結局何とかしてくれそうだと、そんな風に思わせるほどだった。実際、ガルカンとはかなり相性が良かったように思う。


 で、ここまではいい。

 この時点でも既に十分脂っぽいが、まだ常識の範囲内だ。

 問題なのは、残りの二人。


 そのうちの一人は、相手の動きを何となく予知できてしまうと言う、ほとんど反則のような能力を持つ、ハーレムパーティーのリーダー、エルヴィンだ。

 予知ができると言う時点で、もう、よくわからない。

 

 実際の戦いを俺は見ていないので詳しくはわからないが、最後のエトのヘルプに向かったタイミングや、その後のエトの攻撃のためのフェイントは、予めその展開を知っていないと出来ない動きだった。

 何より、ガルカンをはじめ、その場のすべての冒険者達がエルヴィンの言う事に何ら疑いを持たずに行動していた事で、その信憑性の高さがうかがえる。


 そして止めは、誰もが認める、歩く非常識こと、猫耳族の鍛治師エトだ。

 俺の速さにも当たり前のように付いてくる、500年前から来た、異世界人の、神剣を持った、伝説の鍛治師。

 設定盛りすぎにも程がある。


 もはやここまで来ると、全てが“エトだから”で片付いてしまうまである。


 だいたい、エトはどうして鍛治師なんかをしているのか。

 戦闘の経験が足りないだけで、エトの身体能力はずば抜けて高い。

 ただの場当たり的な力押しのみの立ち回りで、十分俺たちと肩を並べられている。

 エトが生産職の鍛治師ではなく、何らかの戦闘職に就いていれば、果たしてどんな存在になっていたのだろうか。


 本当に、一体アイツは何者なんだ。


「まったく。びっくり人間大集合かよ。とても付いていけないな」

「大丈夫。サフィアも十分そっち側だから」

「おい」

「うふふ」


 マリンはそんな軽口を叩きながら、ケラケラと笑っている。


「というか、マリン。お前もだからな?」

「え?」

「あの付与術、覚えたての奴が出せるような威力じゃなかったぞ。そもそも、付与術自体、相当レアで強力な魔法だからな」

「そうなの?」

「ああ。最後の方はお前の付与がなければ完全に押し切られていたはずだ。みんな驚いてたぞ」

「そっか。ふーん」

「ふーんって、お前な……」


 結果論にはなるが、今回、マリンを連れてきて本当に良かった。

 マリンがいなければ、本当にどうなっていたか分からない。


 もともと、病み上がりのマリンを連れて行くつもりはなかったが、マリンは一緒に行くと言って聞かなかった。

 

 エトのエリクサーで完全回復したとは言え、冒険者でもないマリンを連れて行くのは、流石にあり得ないと説得したが、頑として譲らなかったのだ。


 命の恩人がピンチの時に、全て兄に任せて、自分は大人しく待っているなんて出来やしないと、最終的には押し切られてしまった。


 マリンが付与術を会得したのは偶然だった。

 マリンがエリクサーでエルヴィンを助けたあと、それまで何とかエルヴィンの命を繋いでいた回復術師のシーラから、マリンが回復魔法を教わろうとしたことがきっかけだ。


「だいたい、何で回復魔法を教わろうとしたんだ?」

「そりゃ、私だって何か力になりたいじゃない。もちろん、何も出来ないのはわかってたけど。でも、シーラさんの回復魔法を見てたら、何だが自分にも出来るような気がして」

「……なるほどな」


 俺は魔術師ではないので詳しくはないが、魔術師がその才能に目覚める時、そんな感覚に襲われることが多いらしい。

 恐らく、マリンのそれも、そう言うことなのだろう。


「でも、回復魔法は無理だったんだよな?」

「うん。シーラさんからはめちゃくちゃ才能があるって言われたんだけど、でもダメで。ここまで出来てて回復魔法が発動しないのは有り得ないって。でも、もしかしたら別の魔法ならいけるかもって」

「それで付与術か」

「うん。シーラさんも驚いてた」

「だろうな」


 そもそも付与術とは、逸失技能と呼ばれる、なんらかの理由によって失われた、過去に実存した技術の一つだ。

 そりゃあ、驚かないわけがない。

 ちなみに俺の双剣も、逸失技能の一つだったりするのだが、別に剣を両手に持って振り回すだけなら誰でも出来るので、付与術ほどのインパクトはない。


「あ、でも、その時“何か“に呼ばれたような気がしたんだよね」

「何か?」

「うん。聞き覚えのある声だった。たぶんあれは、時々私の夢に出てくる、あの女の人の声だと思う。すごい、優しい声だったから」

「夢……そうか。なるほどな」


 マリンのその言葉で、俺は大体納得出来た。

 マリンの言う、夢に出て来た女というのは、恐らく、俺の夢にも出て来たことのある、あの人物と同じだろう。

 とても優しい声で、いつも何かを語りかけていた。

 目が覚めると、その内容はほとんど忘れてしまうのだが、その声だけは耳に残っていた。


 きっとあれは……


「サフィア?」

「ん?いや、何でもない。なんにせよ、残念ながらお前も今日からこっち側の人間だって事だ」

「えー。でもまぁ、サフィア達と一緒側っていうんなら、別に構わないけどね。ただ守られてるだけよりは全然いいし。それに、実は冒険者にもちょっと憧れてたしね」

「は??お前、冒険者になりたいのか?」

「ダメ?」


 上目遣いでそう聞いてくるマリン。

 まぶたをパチクリさせながら、少し不安げな表情を浮かべるこの仕草は、妹ながら、なかなかの破壊力だ。

 絶対にコイツ、全部わかってやっている。

 兄に色目を使ってどうするつもりだ。


「いや、それは別に構わないが。どうせマリンが付与術を使えるって事はすぐに広まるだろうし、遅かれ早かれそういう事になるだろうからな」

「ほんとに??」


 マリンはそう言うと、まるで小動物のように上目遣いの瞳をキラキラとさせながら、すがるような表情を浮かべて頭を少し横に倒す。

 コイツは、どこでこんな技を覚えて来たんだ。軽く、しなまで作ってやがる。


「だから取り敢えず、その仕草はとっととやめろ」

「どう?ぐっと来た?」

「来るか馬鹿」


 まあ、本人がそうしたいというのなら、好きにすればいい。

 もちろん、兄としては心配なので、いくつか条件は出させてもらうが。

 だが、マリンは今まで、死の淵を彷徨いながら苦労ばかりをして来たんだ。これからはできる限り、やりたい事をやって欲しい。


「さて、そろそろ俺たちも帰るか」

「うん、そうだね」


 そうして俺とマリンは、のんびり帰路につく事にした。




「あ、マリン」

「ん?」

「冒険者になるのはいいが、決してエルヴィンには近寄るなよ。アイツは誰かれ構わずハーレムにするらしいからな」

「あー、はいはい。ご心配なく」


 マリンの技は、しっかりとサフィアに効いていたようだった。






読んでいただきありがとうございます。

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