第三十四話 見学
私は少し離れたところで倒れている【エルヴィン桃源郷】の二人の女性冒険者のもとに駆け寄り、ポーチから取り出したポーションを血を流して負傷している怪我の箇所に次々と振り掛けて行った。
本来ポーションは飲み薬の為、直接振り掛けても効果が出るのかは不明だったが、どうやら問題はなさそうだ。
ゲームの時にもイベントムービーでそういう使い方をしているシーンがあったので、何となく行けそうな気はしていた。
「!?痛みが引いていく……まさか、ポーションを使ってくれたの!?」
「うん。もう痛いところはない?」
「ええ、もう大丈夫よ。自分達の分のポーションは戦闘中に使い切ってたから助かったわ。ポーションなんて高価なものを私なんかに使わせてごめんなさい。ちゃんと後で代金は支払うわ」
「気にしないで。たくさん持ってるから」
具体的にはあと98個ほど。
戦闘職ではない私にとって、回復アイテムは必需品だ。
もしもの時のために、各種回復アイテムは全て最大所持数の99個持っている。
今更、1個や2個くらいどうって事はない。
「たくさん?」
「取り敢えず、はい、これ。予備も一個持っといて」
「あ、ありがとう……って、え!?」
私は急いでもう一人の負傷している女性冒険者のもとに駆け寄り、先程と同じようにポーションを振り掛け、同じく先程と同様の下りの会話を済ませる。
さて、あとは前線にいた二人だね。
見ると、その二人はマチルダが一人でキングスコーピオンの相手をしている後ろで、膝を落としてへたり込んでいた。
「す、凄いな……。あの女冒険者、サソリの攻撃を一人で全部受け切っているぞ……」
「ええ。確かに凄いけど、いくらなんでもあんなの1人じゃ……早く戻らないと……うぅっ」
そう言って再び立ち上がろうとする二人だが、一度緊張の糸が切れてしまったこの状況では、既に限界を超えて酷使していた身体は言う事を聞いてくれない。
それでも、少し休憩が取れた二人はなんとか立ち上がろうと、地面に手をついて立ち上がろうとしていた。
「待って、二人とも!!」
「え?」
私は二人のもとに声をかけながら駆け寄っていく。
そんな私の声に気付いた二人は、疲労困憊な表情をさせながらこちらを振り返り、やがて私の姿を見つけると、とても驚いた表情へと変化させた。
「な!?君は入り口付近で会った鍛治師の少女!?なんでこんなに奥の方まで!?」
「え!?あの時のエトちゃん!?ちょっと何してるの!ここは危険よ!早く逃げて!!」
どうやら向こうも私の事を覚えてくれていたらしい。
そういえばあの時も私の心配をしてくれて、素材をとったらすぐ帰るって事にしてたんだっけ。
そりゃ、戦闘職でもない鍛治師の少女がこんな場所にいたら驚きもするよね。
しかも、絶望的に危険な状況のこんな場所に。
「大丈夫。取り敢えずこれを飲んで。話はそのあと」
「いや、そんな事を言ってる場合じゃ……って、おい!こんな高価なものを受け取るわけには……!!」
私はポーチから取り出したポーションを二人に渡し、この期に及んでグダグタと話しかけてくる彼らを尻目に、すぐにマチルダの元に駆け出して行く。
ポーションを受け取った二人は何やら騒いでいたけど気にしない。
別に代金を請求するつもりもないので、さっさと飲んで戦線に復帰して欲しいものだ。
「マチルダさん、お待たせ。怪我はない?」
「ああ、問題ない。エトからもらったこの盾のおかげだ。さすがは神級鍛治師の作品だな。信じられん性能だ」
マチルダは私とそんな会話をしながらも、危なげなくキングスコーピオンの攻撃を捌いていた。
確かにマチルダの言う通り、黒殻の盾がいい仕事をしているっぽい。
「運良く昆虫系の特効が付いたからね。素材のおかげだよ」
「いや、これは運でどうにかなるようなものでは……」
戦いながらも、私を見て呆れるマチルダ。
確かに、追加効果の発現は製作者のスキルの高さに依存しているので、運が良ければ誰でも出来ると言うものではない。
なるほど。特効付きの武具を店に並べるのはやめておいたほうが良さそうだ。
「まあいい。それで、これからどうするつもりだ。今のところは問題ないが、肝心の攻撃はほとんど通用していない以上、このままだとジリ貧だぞ」
「うーん」
私が渡した盾のおかげで前線を維持する事は取り敢えず問題ないが、言ってもキングスコーピオンはAランクの魔物だ。
盾と同じ素材を使った黒殻の剣でも、ランクB冒険者のマチルダの攻撃では決定打を与える事が出来ずにいた。
「じゃ、私がやるしか……」
「却下だ」
「え?」
マチルダはキングスコーピオンの大きなハサミでの攻撃を黒殻の盾で大きくはじき返し、間髪入れずに突き出されたもう片方のハサミを、私の槌で弾き返す。
取り敢えず、私とマチルダの2人なら前線維持は問題なさそうだ。
「まさか、またあの剣を使うつもりか。そんな事をしたら左腕まで使い物にならなくなるぞ」
「いや……」
「私の力が不足しているせいで、お前がまた割を食うなど、何があっても絶対に認めん」
「マチルダさん……」
マチルダの言うあの剣と言うのは、神剣エターナルの事だ。
私はその神剣を使ったせいで、右腕が武器に喰われて使い物にならなくなってしまった。
別にマチルダのせいでそうなったわけでもないのに、本人的には負い目があったようだ。
「大丈夫。あれは使わないよ。今回は覇斬の剣があるし」
「私が最初に借りた剣か?」
「うん。あれなら攻撃も通ると思うから」
覇斬の剣も、マチルダの腕を少し食べてしまうほどに強力な武器だが、恐らく私が扱うぶんには問題ない。
本当なら使い慣れた星砕の槌を使いたいところだけど、あれでダメージを入れるにはかなり全力で打ち込まないとダメだからね。
だいぶ慣れたとはいえ、利き腕ではない左腕では全力を出せるかどうかわからない。
「それもやめておけ」
「え、なんで?」
「あの剣もかなりの業物だ。こんなにも人目のあるところで使うのはまずい。出所を問われたら面倒な事になるぞ」
「いや、でも!」
確かに言ってる事は理解できるけど、いま、そんな事を言ってる場合じゃなくない!?
いくら防御が完璧でも、いつかは倒さなきゃいずれは倒されちゃうんだから。
「そもそも、エトのような鍛治師の少女がコレを倒してしまう事自体が問題だ。大騒ぎになるどころの話じゃないぞ」
「いや、それはそうだけど」
「幸いにもあっちにはランクA冒険者がいる。じきに倒してこちらに加勢に来るはずだ。それまで待て。その武器は最後の最後の奥の手だ」
「……わかった」
言われてみれば、それが一番スマートではある。
時間はかかるが、その後に起こり得るトラブルなどを考えれば、むしろあれらを使わない方が最短で事が収まる方法だと言える。
「確かに、後々、キングスコーピオン以上の面倒事が起きるよりは断然マシかも」
「まあ、既にもう、やらかしてしまってはいるがな」
「え?」
突然、表情を曇らせるマチルダ。
キングスコーピオンの攻撃を次々と弾き返しながら、言葉を続ける。
「さっきエトが配って回ったポーションだ」
「え?ポーションが?でも別にエリクサーみたいな伝説級のものってわけでもないでしょ?」
ポーションを渡した時の反応としては確かに高価な物っぽい感じではあったけど、各自でもいくつか持ってたみたいだし、やらかしたと言うほどのことではないはずだ。
しかも今は緊急時だし、せいぜい羽振りが良すぎると言う程度だろう。
流石にここで、エリクサーや、メガポーションなんてものを出そうものなら、色々とまずい事になると言う事は、いくら私でも容易に想像できる。
本当なら、怪我の具合的にはハイポーションを出したかったところだけど、グッと我慢してただのポーションにしたのだ。
今回に関しては抜かりはない。
「エトの居た時代ではどうだったかは知らんが、中身ももちろん高価だが、一番高価なのはその容器だ」
「はい?」
「エトの持っていたそれは、貴族か富豪の持つものだ。普通の冒険者の持ち物ではない」
「ふぁ!?」
いや、知らんしそんな事!!
なにそれ?どう言う事よ!?!?
その後、キングスコーピオンと戦いながら詳しい話を聞くと、およそゲーム時代には存在しなかった、この世界での常識を知る事となった。
どうやら、この世界ではポーションというのは自分が持っている容器に薬屋で中身を入れてもらうのが一般的なようで、通常、冒険者が持っているような安価なポーション容器では中身の劣化が早く、せいぜい3日くらいしか持たないのだという。
なので、ポーションを大量に持って行ってもすぐに使えなくなるため、予算的にも、荷物的にも、必要最小限の量にするのが常識らしい。
中身の劣化を抑えられる高価な容器は、長期の遠征をするような高ランク冒険者や、金の有り余っている富豪か貴族が持つものであると言う。
いや、そんなん知らんし。
「エトの見た目的に、高ランク冒険者とは思われないだろうから、どこぞの富豪か貴族の令嬢と思われているだろうな」
「なっ……」
「この戦いが終わるまでに、言い訳を考えておけ」
「のおおおおおおおおお!!!!」
私の叫びが辺りに響き渡ったとほぼ同時に、まるでその会話が終わるのを見計ったかのようなタイミングで、離脱していたエルヴィン桃源郷のメンバーが戦線に復帰してきた。
「お待たせしました!!お二人の加勢に感謝します!!」
「エトさん、さっきはありがとうございました!!おかげで命拾いしました!」
「ねえねえ!さっきのアレ、プラチナボトルだよね!?あなたどこのお嬢様!?」
「こら、貴族様になんて口の利き方するの!失礼でしょ!」
うわぁ……どうしよう……なんかみんな敬語だし……。
これ、どうしよう……。
「エト、取り敢えずお前は後ろの方で見学していろ」
「ふぇ?」
「ここは私と彼等で大丈夫だ。これ以上エトがここにいると面倒ごとになる気しかしない。ほら、さっさと行け」
「えええ……」
◆
「エト。なんで見学?」
「なんか目立つからダメなんだって」
「そう」
私は、マチルダの指示により、戦いの前線から離れた後ろの方で待機させられていた。
ちょうど遅れて到着したトコと共に、体育座りをしながらマチルダやエルヴィン桃源郷達の戦いを見守っている。
「まあ、あれだけ居れば大丈夫でしょ。ダメージは全然通ってないけど、負ける事はないと思うよ」
「ふーん」
マチルダをメイン盾に、エルヴィン桃源郷の四人がそのサポートをしながら攻撃を繰り出す。
しかし、その攻撃はキングスコーピオンの硬い甲殻に阻まれ、せいぜい浅い傷を付ける程度しか出来ていなかった。
「それより、問題はあっちのパーティーだね」
「あっちの?あの熊?」
「うん。あの熊が思ったより苦戦してるのがちょっと問題」
「口だけ番長」
「いやいや、大口叩くだけあって十分強いよ。ただ、相性が悪いね。むしろ、あの素早いキングスコーピオンに対してあんな大きな戦斧でよく戦えてると思うよ」
キングスコーピオンの最大の特徴は、その堅牢な甲殻だが、ビースト系特有の瞬発力のある素早さも大きな特徴の一つだ。
あの熊戦士、ガルカンの戦斧ならば硬い甲殻を砕く事は可能だが、パワー系の武器だけあって取り回しが大きく、なかなか当てられずにいた。
ガルカン自身の素早さもそれほど高くない事もあり、明らかに苦戦を強いられていた。
それでも流石はランクA冒険者らしく、キングスコーピオンの素早い攻撃にもベテランならではの勘と身のこなしで被弾を最小限に抑えていた。
「問題は周りのパーティーメンバーの方だね。あの熊とは力の差がありすぎる」
別に弱いとまでは言わないけど、はっきり言ってほとんど役に立っていない。
そう考えると、ガルカンのあのやたらと横暴な暴言も、それを理解していたからの事なのかも知れない。
いや、単純に性格が悪いだけという線も捨て切れないが。
「勝てるの?」
「普通に考えたら無理だろうね。いくらランクA冒険者でも、キングスコーピオンを相手にたった一人で勝つのは流石に無理だと思う」
「ふーん」
トコはそう言ってガルカンの方へ視線を向けたまま、相変わらずの無表情でジッとその戦いを見つめていた。
「でも、大丈夫だと思うよ」
「??」
私がそう言うと、トコは視線をこちらに向けて、頭を少し斜めに倒す。
可愛いな、こんちくしょう。
「力不足のクランメンバーの中に、一人変わった人がいるみたいだからね」
「??」
先程とは逆の方向に頭を倒すトコ。
やっぱり可愛い。
「その人、前に一度だけ会ったことがある人なんだけど、予想以上にいい動きしてるよ。たしか、鉱山に向かう途中で会ったきりだから、トコはまだ会ったことないよね」
私がそう言うと、トコは再びガルカン達の方へと視線を戻す。
忙しなく駆け回っているクランメンバー達を改めて注意深く眺めていたトコは、ようやくそのメンバー達の中で一人、違う動きをしている人物を見つけた。
「あれ?」
「そう。たしか名前はシーラさん。回復術師みたいだね」
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