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カジxトコ 〜赤猫の鍛治師〜  作者: なな/おたふくろ
序章
32/106

第三十話 サフィア・フリージア(後編)


 16歳という異例の若さで国王軍への入軍を果たしたサフィアは、その年から破竹の勢いで功績を挙げ続けていた。


 ギルマスから与えられた半年間という限られた時間の中で、他の者達と同じように普通にやっていたのではまるで時間が足りない。

 そう判断したサフィアは、下手をすれば規律違反にもなりかねない、身勝手とも取れるスタンドプレーを繰り返し、その全てで確実に結果を残して行った。

 そして次第にその実力を認められるようになり、半年もかからないうちに最速での出世コースを突き進むようになる。


 それによりサフィアは十分な稼ぎも得て、ギルマスから紹介された宿からも卒業した。

 そして、借家ながらも王都内に自分達の居を構える事となり、マリンとの生活基盤も安定するようになった。


 王国軍へ入隊してからのサフィアの活躍は、誰からも一目を置かれるほどに目覚しく、魔物の討伐ではその素早さと技術で魔物を一掃し、大規模な盗賊集団との抗争や、敵対国との紛争においては一騎当千の活躍を果たした。


 そんなサフィアの活躍は王国軍の間で瞬く間に知れ渡り、出自の身分が誰よりも低かったにも関わらず、僅か5年で近衛兵団の一員へと抜擢されることになった。


 サフィアは近衛兵団へ入隊してからも、実直に鍛錬を続け、周囲からは次代の筆頭近衛兵候補にもなり得る逸材だと、各所で噂される程に頭角を現していた。


 しかし、そんなサフィアを取り巻く環境は決して恵まれたものではなかった。

 彼は、人付き合いに苦労した。

 もともと、それほど社交的ではない性格に加え、自身の出自の身分の低さや、これまでの身勝手な振る舞いから、若くして大出世を果たしたサフィアに対する周りのやっかみが、彼を孤立にさせて行った。


「ふん、田舎町の野蛮な冒険者ごときが、恥ずかしげもなく、よくもこの誇り高き近衛兵団に居続けられるものだな」


 いつものように練兵場で一人訓練を行なっていると、一人の男が近づいて来て、サフィアにそんな言葉を浴びせて来た。


「俺がこんな平民と同列に見られているのかと思うと、吐き気すら覚えるぜ」

「……」


 この男は近衛兵団の中でも特に武勇に長けており、近衛兵のような護衛の任務よりも、より実戦部隊向きの偉丈夫な男だった。

 そんな男がどうして近衛兵団にいるのか。

 それは、近衛兵団が王国軍の中でもトップクラスの階級の者しか就くことが出来ない、エリート中のエリート職だからであった。


「俺はいずれ、王国軍のてっぺんに行く男だ。最年少だかなんだか知らんが、要はただの青二才って事だろ。デカい顔すんじゃねえぞ」

「……大丈夫だ。顔ならあんたの方がデカい」

「なんだと!?!?」

 

 国王直属の護衛集団、王国近衛兵団。

 そこへの入団は表向きは実力至上主義で、身分の高さは問われないという事にはなっている。

 だが、過去数百年の間、平民の身分のままで近衛兵団に入団した者は一人もおらず、サフィアが初の事であった。


 とは言え、サフィア以外の全員が貴族なのかと言うと、そういう訳ではない。

 ちなみに、この男も出自は田舎町の平民で、その町の領主の娘に婿入りする事によって貴族家の一員という立場を手に入れたと言う、そんな類の貴族であった。

 一応、広義の意味での貴族ではあるが、爵位を持った、正しい意味での貴族ではない。


 この役職に就くには、実力よりも権力がモノを言う。

 自身が貴族であったり、そのお抱えであったりと、何かしらの権力者との繋がりや、その後ろ盾がなければ就くことが出来ない。

 もっとも、その本人に本物の実力があれば、何処かしらの権力者がその噂を嗅ぎつけ、向こうの方から寄ってくるので、必然的にそう言う形になるのだが。

 サフィアに関して言えば、目に見える後ろ盾のような者は存在しないが、直接、王国軍から直々に推薦をされている為、見方を変えれば王国の後ろ盾を持っているとも言えなくもない。

 

「おい、やめておけ。コイツはトップのお気に入りだ。機嫌を取って取り入るつもりならともかく、そうでないなら放っておけ。下手に関わってもいい事は一つもないぞ」

「ああ。わかってるさ。近衛の先輩としてちょっと指導してやっただけだ。……まあ、せいぜい化けの皮が剥がれないように頑張るんだな」


 男はそんな捨て台詞を残し、その場から去って行った。


「悪いなサフィア。あれはただの妬みだ。気にする必要はない」

「こういうのには慣れているので。大丈夫です」

「ならいいが。有名人というのも大変だな」

「いえ、わざわざありがとうございました」


 そう言って深く頭を下げ、先ほどの男とは別の方向へと去って行くサフィア。


「まったく。もうちょっとサフィアに愛想でもあれば多少は違ってたんだろうが。不器用というかなんと言うか……」


 男はそう言って肩を落とし、去って行くサフィアの後ろ姿をぼんやりと眺めていた。



 そんなことがありながらも、サフィアは真面目で愚直だった。

 決して挫けたり折れたりする事はなく、少しの愚痴も一切こぼさず、必死に、それこそ実直に、現実と向き合った。


 そんなある日。サフィアに転機が訪れた。

 これまでの目覚ましい活躍や、近衛兵団での真面目で実直な態度、そして、誰の目から見ても明らかに頭ひとつ飛び抜けたその実力。

 それらを認められたサフィアは、このヴァルシーザ王国の第一王子の筆頭近衛騎士として任命される事となった。


 これには誰もが驚いた。

 第一王子の近衛騎士と言うのには、とても大きな意味がある。

 第一王子とは、次期国王と同義である。

 次期国王の側近中の側近であり、その命を預かる筆頭近衛騎士は、王国軍のいわばトップ・オブ・トップであった。

 

 まさに順風満帆。

 出世街道を破竹の勢いで駆け上がるサフィアは、王国軍の中でその名を知らない者は一人もいないと言われる程までに有名なっていた。


 しかも、その後のとある事件をきっかけに、遂にサフィアは、名誉準男爵の爵位を叙爵される事となった。


 その事件とは、王国軍はおろか、ヴァルシーザ王国全土を揺るがす大きな事件であったが、それはまた別の話。





 遂に貴族の位をも得たサフィアは、名実共に、王国軍のトップへと上り詰めた。


 今や、仕事も住む場所も、更には貴族の爵位も手に入れた。

 サフィアとマリンの生活は一変した。

 その日その日を生き抜く事で精一杯だったあの頃。

 そんな不安しか無かったあの日々からは考えられないほどの今の暮らしに、二人はようやく幸せというものを感じていた。


 運命とは、ままならないものである。


 二人にとっては手に余るほどの稼ぎもあり、貴族としての立派な屋敷も得て、ようやくこれまでの苦労した時間を取り戻して行ける。

 今までの苦労はこの為だったと、サフィアとマリンはそう信じて疑わなかった。


 しかし、その矢先。


 マリンが大病を患った。


 運命とは、本当にままならない。



◆サフィア視点



 魔力欠乏症。


 それがマリンの病名らしい。

 医者曰く、現代では治療方法のない、不治の病だと言う。


 この世界に住む全ての生き物は、多かれ少なかれ、魔力を持って生まれてくる。

 その魔力とは、別の地方の古い言い方では気力とも呼ばれ、それが無ければ人は生きていけない。

 魔力は全ての原動力で、それが無ければ体を動かす事も自由に出来ず、呼吸をする事すらままならなくなる。


 通常であれば、魔力が無くなれば動けなくなり、強制的に身体が休息を取り始める形になり、時間経過とともに自然回復する。

 しかし、マリンの侵されているその病は、何をしていなくても徐々に魔力が減退して行くと言うもの。

 今はかろうじて自然回復量の方が多く、激しい運動をしなければこれ以上悪化する事はない。

 かと言って、大人しくずっと寝ていたのではやがてマリンの筋力や体力は衰えて行き、必然的に魔力の自然回復量も減少して行く。

 だからと言って、体力をつける為に運動をさせるわけにもいかない。

 完全に袋小路に入り込んでしまっている。


「申し訳ございません。今の医学ではこの病はなんとも……」

「どうして……。どうしてなんだ!俺たちが何をしたというんだ!」

「サフィア様、どうか落ち着いて……」


 マリンを診察した医者は、そんな俺の様子にそれ以上何も言えず、バツの悪そうな表情で下を向いていた。


 もちろん、この医者を責めているわけではない。

 いくら医者でも、治せないものは治せないのだ。


 長く苦労した末に、ようやく手に入れた幸せが、まさかこんな唐突に打ち砕かれようとは。

 

「俺は今まで、一体なんのために……」

「……」


 医者はその呟きにも何も返すことが出来ず、俺が落ち着くまで、じっと側に佇んでくれていた。



 それからのマリンの容態はみるみる悪化していった。

 遂にはマリンは自分で起き上がることさえ苦労するようになり、俺はその体を支えてやるくらいの事しか出来ないでいた。


 無力感。

 幾ら剣術に長け、多くの人から認められようとも、今の俺はとてつもなく無力だった。

 そんな落ち込む俺を見て、マリンは「大丈夫、すぐに良くなるから」と笑顔を作り、精一杯に気遣ったが、無理をしているのは目に見えて明らかだった。


 この期に及んで、どうしてそんな事が言えるのか。

 マリンは強い。

 俺が誰よりも強く、まっすぐだったのと同じように、マリンもまた、強く、まっすぐだった。




 俺は、貴族と言う立場をフルに活用し、国中の名医と呼ばれる医者を片っ端から呼びつけた。


 俺はこれまで、唯一の肉親であるマリンとの幸せのために、わき目も触れず、がむしゃらに頑張ってきた。

 そしてその結果として手に入れた地位や権力を、まさかこんなことに使うとは。

 そんなやるせない気持ちを抑えつつ、俺は呼び付けた医者達に向かって声を掛ける。


「それで、どうだった」

「は……。申し訳ございません……」

「そうか……」


 結果は分かっていた。

 それでも一縷の望みをかけ、各地から名だたる医者を呼び集めたが、やはり、治せるものは居なかった。

 いくら名医と呼ばれる医者たちであっても、治せない。

 だからこその不治の病なのだ。

 彼らは何も悪くない。


「もう、どうにもならないのか……」


 俺は、何も取り繕う事は出来ず、露骨に落胆の表情をこぼす。

 初めから予想出来ていた結果ではあったが、実際に現実を突きつけられると、酷く心を打ちのめされてしまった。

 そんな、気落ちする俺に対し、一人の医者が恐る恐る声をかけてきた。


「一つだけ、宜しいでしょうか」

「……なんだ」


 もはや打つ手の無くなったこの現状。

 今更何を言おうと言うのか。

 慰めの言葉など、今は聞きたくない。


「近頃、各地で古代の魔物が目撃されたとの噂があります」

「古代の魔物?ああ、その話は聞いたとこがある。それがなんだと言うのだ」

「はい。古代の魔物がいた太古の時代の医学、主に薬学は、今よりもかなり進んでいたと聞きます」


 それは俺も聞いたことがある。

 今からおよそ500年程前。

 当時のこの世界は、『魔族』という種族が全ての魔物を掌握し、人族との争いが最も激しかった時代。

 その戦いの最前線にあった、とある城塞都市で、様々な技術が爆発的に進歩し、世界全体が飛躍的に発展したと言うものだ。


「学者の間では、その発展には古代の魔物から得られる素材が大きく貢献していたのだろうと……」

「……どういう事だ」

「幻の完全治癒アイテム『エリクサー』」

「!?」

「そのエリクサーも、古代の素材で作られた物だと推測されています。ですから、古代の魔物の素材があれば、今は不治の病と言われている病気でも、それを治せる薬が作れる可能性も……」

「!!……なるほど。その各地で目撃されている古代の魔物から、エリクサーのような古代医術に使われた素材が手に入るかもしれないと言うことか!!」

「ですが、これはあくまでも可能性の話です。憶測の域を超えず、なんの確証もない話ですが……」

「構わない。たとえ奇跡に近い可能性だとしても、何もしないよりは何倍もいい。よく教えてくれた。感謝する」

「い、いえ、とんでもございません」


 突然舞い込んできた、糸より細い可能性。

 それに俺は、迷う事なく飛びついた。


 噂でしかない、古代の魔物の存在。

 もしそれが本当であったとしても、その魔物から獲得できる素材が、薬の素材かどうかも分からない。

 それ以前に、古代の素材で薬やアイテムを作る方法など、誰も知らない。

 もし作れたとしても、それがマリンの病気を治せるものかどうかもわからないし、それが完成するまでどのくらいの時間がかかるかもわからない。

 

 もし、その全てが上手くいってマリンの病気が治ったとすれば、それはもう、奇跡にほかならない。


 そんな蜘蛛の糸を掴むような奇跡とも言える可能性であっても、今の俺にはそれに賭ける以外、方法はなかった。



 俺はすぐに軍を辞め、マリンと共に、古代の魔物の目撃証言が多く報告されていた城塞都市ソレントへと旅立つ事にした。


 突然、軍を辞めると言い出した俺に対して、軍の上層部と多少揉めることにはなったが、皮肉にも、俺の出世を妬む奴らの強力なバックアップにより、そのまま軍を去ることになった。


 俺とマリンはすぐに王都を発ち、数日をかけてようやくソレントまでやってきた。

 俺達はすぐに宿へ向かって二人部屋を取り、ようやく一息つく事ができた。

 自分で歩けないマリンを連れての移動は予想以上に大変ではあったが、屋敷にマリンを一人置いていく事は出来なかった。


 俺が動けないマリンを抱えて、部屋のベットに寝かせていると、マリンは申し訳なさそうに呟いた。


「ごめんね、足手纏いで」

「馬鹿を言うな。お前の言う事を無視して強引に連れ出したのは俺だ。長旅で負担をかけてしまった。むしろ謝るのは俺の方だ」


 マリンはそもそも、このソレント行きには反対していた。

 自分はすぐに良くなるから心配するなと。

 しかし、このまま静養していても良くなる事はない。

 それは日に日に弱っていくマリンを見ていれば一目瞭然の事だった。

 医者からも「もう、それほど長くは保たない」とのお墨付きを貰っていた程だ。

 マリンの言葉は単純に俺に迷惑をかけたくないから出た発言だという事は、長く一緒にいた俺にはわかる。


 結局、そんな自分の強がりが通らないと理解したマリンは、渋々、俺のソレント行きに承諾した。

 

 本来であればこれは無茶だ。

 病人を無理やり旅に連れ出すなど、言語道断。

 ただの自殺行為でしかない暴挙である事など百も承知だ。

 だが、あのままマリンを一人残していけば、俺は絶対に後悔していたような気がした。

 そんな気がしてならなかった。


「サフィアが謝る必要はないよ。あのまま一人でお屋敷に残ってたら、きっと心細くなってたと思うし。連れて来てくれてありがとう」

「俺の勝手だ。気にするな」

「ううん、ありがとう」


 マリンはベッドに横になりながらも、俺の手を握り、優しく微笑みながらそう呟いた。


「まったく……。そんな事よりお前はもう寝ろ。長旅で疲れているだろ」

「うん。そうする。サフィアだって、私を連れながらの長旅で疲れてるんだから、ちゃんと休んでね」

「馬鹿言え。この程度どうということはない」

「いいから休むの。サフィアの事が気になって私が休めなくても、それでもいいの?」

「それは……卑怯な……」

「じゃあサフィアも寝るのよ。おやすみ」

「……ああ。おやすみ」


 マリンは俺とのたわいもないやりとりを終えると、そのまま目を閉じ、ストンと眠りについてしまった。

 マリンは間違いなくこの長旅で疲れていたはずなのに、俺を安心させるために、無理してこんな軽口を叩いていたのだ。

 マリンは、どんな時でも俺のために無理をする。

 そもそも、この病気にかかってしまったのも、今まで俺が無理をさせ過ぎたせいなのかもしれない。

 

「マリン、元気になったら、今度は笑顔で旅をしよう。

 どこでもいい、お前の好きなところに連れて行ってやる。

 だから、もうちょっとだけ、頑張ってくれ」


 マリンはそんな俺の言葉に返事をする事はなく、静寂の中、マリンの小さな寝息だけがその場に聞こえていた。


 絶対に、俺がマリンを助ける。

 マリンが助かるのならば、どんな手段も選ばない。

 どんな事をしてでも、絶対にマリンは死なせない。


読んでいただきありがとうございます。

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