第二十四話 接戦
渾身の力で振り抜かれた星砕の槌は、キングスコーピオンのとても硬い大きなハサミを横殴りにして砕き、ハサミの軌道を左へと大きくずらす事に成功した。
バランスを失ったキングスコーピオンはそのままの勢いで地面に倒れ込み、私は飛び避けて、ようやく距離を取ることが出来た。
「よし!なんとかなりそう!」
キングスコーピオンの硬い甲殻も全力で打ち込めば砕く事が出来る。
それがわかっただけでも大きな収穫だ。
あとは、あの速い動きと強烈な攻撃をなんとか凌げれば勝てる。
「って、それが一番大変なんだけどね」
キングスコーピオンの速さには目を見張るものがある。
私は戦闘職では無いものの、猫耳族という獣人型キャラの中でも俊敏さは特に高い種族で、しかも、既にステータス上限値まで育成済みなのである。
そんじょそこらの魔物やプレイヤーに速さでは負ける事はない。
しかし、このキングスコーピオンはそんじょそこらの魔物とは違うらしく、私の速度といい勝負をするくらいには速い。
もし、先程までのキングスコーピオンの速さがまだ全力の物ではなかったとしたら、真面目に結構ヤバイ。
「しかも、あの攻撃力。たぶん耐えれてあと数回だよね」
そもそも、被弾があのたった一撃だけで済んだのが奇跡に近い。
キングスコーピオンも、まさか私がカウンターをして来るとは思ってもいなかったのだろう。
そういう意味では私もキングスコーピオンも、相手の力量を見誤って油断していたという事になる。
地面に倒れたキングスコーピオンは、気持ちの悪い関節の動きですぐさま態勢を元に戻し、再びこちらを睨み付けていた。
「……仕掛けてこない、か」
来たらまた同じように打ち返してやるつもりだったが、流石に学習したらしい。
やはり高ランクの魔物なだけあって、虫の癖に頭がいい。
「それなら、こっちから行かせてもらうよ!」
そう言うと、私は強く地面を蹴り、キングスコーピオン目掛けて真正面から真っ直ぐに突っ込んでいく。
『ギギ!!』
それとほぼ同時に、キングスコーピオンも私に向かって、一直線に飛びかかって来た。
私の動きを見てから動いたのだとすれば、かなりの動体視力だ。
お互いの距離は一瞬で縮まり、私の下段から打ち上げるように放った星砕の槌での攻撃は、キングスコーピオンの残ったもう片方の大きなハサミで、叩きつける様にして軽々と弾かれる。
そしてそのハサミは素早く向きを変えて刺突の様に突き出されて来るが、今度は私の切り返した槌で弾く様に受け流した。
私はそのままの勢いでキングスコーピオンの右側面へと体を流し、着地と同時に星砕の槌を振りかぶったその瞬間、キングスコーピオンの尾が私目掛けて弾丸の如く撃ち込まれた。
咄嗟に地面を蹴って後ろに飛び退き、毒針の付いた尾の一撃をギリギリ紙一重で交わすが、まるでそれを狙っていたかの様にドンピシャのタイミングで、大きなハサミが再び突き出された。
「フン!二度も同じ手は食わない、よっ!!!」
私は飛び退きながら、頭上に振り上げたままだった槌を、迫りくる大きなハサミ目掛けて思い切り打ち飛んだ。
『ギギ』
キングスコーピオンのハサミは地面に叩きつけられ、動きを止めたその瞬間、私は再び後ろに飛び退いた。
その刹那、目の前を黒い何かが通り過ぎ、直後、大きな音と共に地面がえぐられ、その破片が周囲に飛び散った。
「……え!?!?」
そこには、鋭い毒針のついたキングスコーピオンの尾が、硬い地面に突き刺さっていた。
え、何これ!?
私は着地と同時にもう一度後ろに飛び退く。
取り敢えず、これ以上の追撃はないようだ。
「今の、全く対応出来なかった……」
もし、私がキングスコーピオンの動きが止まったあと、退かずにそのまま追撃に移っていたら、確実にブスリとやられていた。
「いや、その毒針の尾、速すぎない!?!?」
ハサミや本体の動きはともかく、尾の速さは間違いなく私の速さを上回っている。
動きを見ながらそれだけに集中して避けに徹するだけなら何とか対応出来なくはない速さだが、そう言うわけにもいかない。
しかも、地面に打ち付けられた大きなハサミは、少しの擦り傷ができた程度で、ほぼ無傷だ。
やはり、飛び退きながらの振り下ろしでは、力が十分に乗り切らずにダメージを与えられないらしい。
尾を避けるだけでも全神経を使うのに、このハサミまで対処するとなると、マジでもう、お手上げだ。
「まいったなあ。どうしよう……って、もう次来るの!?」
私が手をこまねいていると、そんな事などお構いなしにとばかりに、キングスコーピオンは次々と攻撃を仕掛けて来る。
「ちょ、ちょ、ちょ、こんなの避けるだけで精一杯だよっ!」
矢継ぎ早に次々と攻撃を仕掛けて来る本気のキングスコーピオンに対して、私は防戦一方になってしまう。
幸い、キングスコーピオンはこれといった搦手を使うわけでもなく、その攻撃自体はどれも単純なものばかりだったので、速さや攻撃パターンに慣れて来た私は何とか紙一重で避け続けることが出来ていた。
しかし、このままいつまで経っても攻撃に移れないのでは、完全にジリ貧だ。
私のスタミナだって無尽蔵じゃない。いつかは尽きる。
「でも、それは向こうも同じ。同じ……だよね?」
あれ?虫にもスタミナってあったっけ?
いや、無いって事はないんだろうけど、多分、私よりもあるよね?
あれ?これ本気でまずい??
そんな事を考えながらも何とかキングスコーピオンの猛攻を避け続ける私。
こうなったらもう、なりふり構っていられない。
何があっても使わないと決めていたアレを、今、使う外に無さそうだ。
たぶんこの世界での死は、本当の死だ。
ゲームのように、死んだらセーブポイントからやり直しなんて都合の良い事にはならないだろう。
もしかすると、死ねば元の世界に戻れるという一発逆転大勝利の可能性も決して0ではないが、そんなの怖すぎて出来るわけもない。
だったら使うしかない。
現状で唯一、この局面を一撃でひっくり返す事ができるウルトラC。
もはやチートと言っても過言ではない。
『神剣エターナル』だ。
ポーチの中で死蔵すると決めていた、神剣エターナル。
これまでの経験上、これを使うと絶対にややこしいことになるのは間違いない。
同じく死蔵している“メッキの魔剣”ですら、生産者ギルドのギルマス、ポドルさんに「あり得ない」と言われ、絶対に人前には出すなと釘を刺されている。
ギルド受付の影の支配者(推測)のナーシャさんからは、「世界中のあらゆる権力者から超高額懸賞金付きで指名手配されてもいいくらいの覚悟があるのなら全く問題ないわよ」とか笑顔で恐ろしいことまで言われている。
魔剣でそれなら、神剣なんてどんな事になるのか、もはや想像もしたくない。
私はキングスコーピオンの攻撃を必死に躱しながら、決死の決断を迫られていた。
「でも、死んだらそれこそ元も子もないし、後の事とか、もう知らない!!」
私はそう叫んで覚悟を決めると、ポーチから神剣を取り出すために、タイミングを見計らって大きく跳躍して距離を取った。
この戦いにおいて、対空時間の長くなる大きな跳躍は、キングスコーピオンにとっての格好の的となってしまうため、極力それは控えて戦っていたが、今回はそれを承知で飛び上がる。
予想通り、キングスコーピオンはすぐに体を向き直し、空中で進路を変えられない私に目掛けて突進して来た。
動体視力と判断力の素早さは、やはり凄いとしか言えない。
キングスコーピオンは物凄い速さで私に迫りながら、毒針の付いた尾を頭上に構え、突き出すタイミングを図っていた。
恐らく、私が着地するその瞬間を狙っているのだろう。
着地した瞬間はどうしても一瞬動きが止まるし、素早く次の行動に移せたとしても、この状況や姿勢から、取れる次の行動の種類はそれほど多くなく、それを予測する事は容易だ。
狙い澄まして構えられたキングスコーピオンの尾は、このあと1秒にも満たないであろう一瞬の後に、私目掛けて放たれるだろう。
しかし、逆に言えば、私の着地までは攻撃されないという事だ。
この意味は大きい。
ポーチから神剣を取り出すだけならば、十分すぎる時間だ。
神剣さえ取り出せれば、その直後の攻撃にも対応できる。
なにせ、攻撃力6000超えの、だいぶ頭のおかしいチート級のトンデモ武器だ。
これでなんとか出来きなきゃもう終わりだ。
大きく跳躍した私が、左手を腰のポーチに動かしたその瞬間、
“ドスッ”
「え!?」
突然、鈍い音が聞こえ、その直後、左肩に衝撃を感じた。
私は咄嗟に自分の左肩を見ると、そこにはキングスコーピオンの尾の先についていた鋭い毒針が、腕の付け根あたりに深く突き刺さっていた。
思わず目を丸くし、驚愕のままキングスコーピオンの方に向き直ると、そこには毒針のない黒い尾が突き出されていた。
え、それ飛ばせるの!?
確かに目の前のキングスコーピオンの尾には毒針はついていない。
そして私の左肩からは鮮血が流れ出し、次第に腕の感覚が失われていった。
「そ、そんな……」
私は驚きを隠せないまま地面に着地するが、毒の効果か、うまく踏ん張る事が出来ずに、勢いのまま尻餅をついてゴロゴロと転がっていってしまった。
転がりながらもなんとかバランスを取り戻して体を起こしたその時には、大きく開いた黒いハサミが、もう、目前にまで迫っていた。
「ああ……。もう終わりか……」
私が目を閉じて覚悟を決めたその瞬間。
“ガキン!!!!”
突然聞こえたその音で我に帰り、目を開けるとそこには、突如現れた鈍色の金属の塊が、私の目の前で鋭いハサミの一撃を受け止めていた。
「え……」
渾身の一撃をあっさりと受け止められてしまったキングスコーピオンは、予想外の出来事に驚いたのか素早く後退していき、この戦いで初めて攻撃の手を止めて自ら距離を取った。
キングスコーピオンの一撃を受けてもびくともしなかった目の前の鈍色の塊は、キングスコーピオンが十分な距離を取り終えたのと同時に、スライムのように溶け始めた。
「これって……」
ドロドロに溶け切った鈍色の塊は、再び一箇所に集まりだし、そして、人の姿へと形を変えた。
「エトにしては頑張った。45点」
「!?!?……ト、トコ!?」
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