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カジxトコ 〜赤猫の鍛治師〜  作者: なな/おたふくろ
第2章
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第百二話 地下工房

 私はナーシャさんからのメッセージを確認したのち、のんびりと出かける準備を進めていた。


 あのメッセージを見た直後はさすがに軽い眩暈をを覚えたものの、わざわざ生産者ギルドに伝言を残してまで私に話があると言うゲラルドさんの事については、純粋にとても気になっていた。


「で、着ていく服はどうしようか……」


 この日私は、外に着て行く服装をどうしようかと、普段の出立ちの姿のまま鏡の前で悩んでいた。

 と言うのも、昨日マリンにあれこれと服を買わされ、普段からお洒落をするようにと強く言われていたからだ。

 私も一応年頃の女子ではあるので、別にお洒落をするのは嫌いではないが、かと言って、すすんでお洒落をする理由も特にない。

 それに、これまでずっとこの鍛治師の服装だっただけに、いまさら少し気恥ずかしい。


 いつも着ているこの鍛治師用装備は、“技巧者の外套“と“シーラ繊維の装飾服“というかなりレアな装備品だ。

 流石レア装備というだけあって汚れ無効の特殊効果が付与されており、洗濯の必要などは一切ない。

(ちなみに、下着と肌着はレア装備でも何でもないので毎日ちゃんと替えている)

 なので、いつも通りこの服装でなんの問題もないのだが、もし街中でマリンに出くわした場合めんどくさい。

 せっかく選んで買ったのに何で着てないのかとか言ってきそうだ。

 いや、絶対に言ってくる。

 まったく、あの子は私に何を求めているのだろうか。


「けどまあ、ゲラルドさんの呼び出しもお店の改修依頼に関係する事だろうし、別に遊びに出掛けるわけでもないんだからいつもの鍛治師用の服装で問題ないでしょ。それに……」


 私はそう言い、腕の袖をグイッと上に引き上げると、そこに刻まれた不思議な模様をまじまじと見つめる。


「あの鉱山の時に出来たアザのようなよくわからない模様。なんか、気が付いたら手の甲のあたりまで延びてるんだよね……」


 その模様は今はだいぶ薄くなっていて、ほとんどわからない程度までにはなっているが、つい先ほど宿屋の風呂を借りた時にはくっきりとタトゥーのように目立っていた。


 どうやら時間経過で消えるようだが、いつの間にこんな事になっていたのか。

 一番考えられるとすれば、恐らく今朝の夢の中だ。

 ほとんど忘れてしまってはいるが、ぼんやりと夢の中で、全身が燃えるような熱さに見舞われていたような記憶がある。

 きっと、その時になったのだろう。


「またいつこの模様が濃くなるかもわからないし、当分お洒落な服はお預けね」


 奇しくもマリンに対する都合のいい言い訳を手に入れた私は、気分揚々そのまま部屋を出てゲラルドの待つ私の地下工房へと向かって行った。





「……え、なにこれ」


 数日ぶりに地下工房のある場所まで到着した私は、思わずそう声を漏らし感嘆した。


 以前見たその場所は、草や木が生い茂る荒地のような場所で、地面から飛び出た煙突とそこから少し離れた所に一つの井戸があるだけだった。

 しかし、今はその草木は綺麗に刈り取られ、整地された広い更地になっており、地面から伸びる煙突と地下への入り口となっている井戸だけが、ポツンとそこに取り残されていた。


「おかしいな。私は地下工房の内装を頼んでだはずなのに……」


 まさか、整地代金まで請求されたりしないよね??

 こんな規模の整地、それだけで私の予算(≒全財産)を超えている。

 請求されても無理だからね?


 私はそんな事を考えながら、取り敢えず地下への入り口である井戸の方まで歩いて行き、その井戸の中にある下り階段をゆっくりと下って行った。



ーーー



「――こんにちは~。ゲラルドさん居ますか~??」


 私はそう言いながら階段を下り切ると、そこには以前とは見違えるように綺麗になった、広いフロアが目の前に広がっていた。


「んあ?おお、エトの嬢ちゃんか、待ってたぜ」


 すると部屋の隅の方からゲラルドさんの声が聞こえてきた。

 見ると、ゲラルドさんは水筒を片手に壁にもたれており、どうやらそこで少し休憩をしていたようだ。


「こんにちは、ゲラルドさん。なんか、すごい綺麗になってるね。前に来た時からまだ数日しか経ってないのに」

「まあこのくらいはな。とは言っても、中のものを片付けて、天井を含めた壁という壁を混合土で塗り固めて均しただけだがな」

「へえ。でも全然前と違うよ。いい感じ」


 恐らく、混合土というのはこの世界のコンクリートのようなものだろう。

 色味は多少違うが、見た目は打ちっぱなしのコンクリートのような感じで、無骨ながらも何処か重厚感があり、私は割と嫌いじゃない。


「だが、このままじゃ音の反響が酷いから剥き出しってわけには行かないんだ。まあ、剥き出しだと腐食や劣化にも弱くなるってのもあるが」

「へえ……色々と奥が深いんだね。何か凄い」

「まあ、こちとらこれで飯を食ってるプロだからな」


 ゲラルドさんはそう言うと、得意げにニヤリと笑みを一つ浮かべ、しかしすぐに、真剣な表情に戻ってしまった。


「それで、だ」

「ん?」

「少し問題が起きてな」

「問題?ああ、もしかしてナーシャさんからの伝言の?」

「そうだ。ちょっとこっちに来てくれ」


 ゲラルドさんはそういうと、奥の鍛冶場の方へと歩いて行った。


 そして、とある物の前で立ち止まり、私の方に顔を向けた。


「これだ」

「これって……」


 それは、大きな金床だった。

 私が初めてここに来た時にもあった大きな金床。

 そして、トコが一度鉱山で私に召喚して見せた、トコの“本体“と言っていた物だった。


「コイツがどうやっても動かなくてな。重いと言うより、まるで地面と同化しているみたいに何をやってもビクともしねえ。それで、金床の下の地面を掘ってみたり横から強く叩いてみたり、色々やって無理矢理動かそうとしたんだが……まあ、実際に見てもらうのが早いか」

「??」


 ゲラルドさんはそう言うと、近くに置かれていた袋を私の前に持ってきて、中身を一つずつ取り出した。


「……え!?!?」

「すまないな。せっかく嬢ちゃんに直してもらったのに……。結局動かせずに諦めて帰った翌朝、こんな事になっていた」


 その袋から取り出されたのは、先日私が古代の魔物の修理素材で直したはずの、ヒビ割れだらけの大工道具達だった。



「なにこれ、ひどい……」

「すまん」

「いや、今のは責めたんじゃなくて。たった数日でこんな風になるなんて、普通無理でしょ。わざとやろうとしたってその前に折れるか砕けるはずだし」

「確かに」

「じゃあこうなった原因はやっぱり……」

 

 その言葉に、私とゲラルドさんはまるで示し合わせたかのように、すぐそばの大きな金床に視線を向けた。


「これしかねえよな」

「うん。間違いないと思う。理屈はわからないけどね」


 私はそう言うと、ゆっくりとその金床の方へ体を向け、恐る恐る両手でその両端を強く掴んだ。

 なるほど。びくともしない。

 でもこれは、重さで動かないとか言うのとは違う感じだ。

 まるでこの場所、と言うかこの空間そのものに、不思議な力で固定されていると言ったような感覚だ。


「……ん?」

「どうした、嬢ちゃん」

「いや、よくわかんないけど、なんか腕に違和感が……」

「違和感?」


 そう、私がこの金床の両端を掴んでから、その掴んだ両腕に違和感の様なものを感じ始めた。

 違和感といってもそれは決して不快なものと言うわけではなく、むしろ、感覚が研ぎ澄まされていく様な感覚だった。


「この感覚は……」

「おい、どうした?ってか嬢ちゃん、なんか手の甲にアザみたいなのが出て来てないか?」

「え?」


 見ると、金床を掴んでいる私の両方の手の甲に、今朝も見たアザの様な不思議な模様が浮かび上がっていた。

 恐らく、今は服の袖で見えてはいないが、このアザは今朝見た時と同じ様に、肩のあたりまで浮かび上がっていているのだろう。

 そう言えば、両腕が熱を帯びている様な感覚もある。

 今朝見た夢と同じように。


「なんか、今なら動かせるかも」

「は??」


 何故か私は不思議とそんな感覚に襲われ、掴んだ両手に力を込めて地面を強く踏み込んだ。


「せーのっ、ぐぬぬぬぬぬっ!!」

「お、おい嬢ちゃんやめとけ、流石に無理だ、力技でどうにかなるもんじゃない、そんな事をしたら腰をいわすぞ!?」


 ゲラルドさんはそう言って私を静止しようとするが、そんな事はわかっている。

 これは力技でどうにかなるようなものじゃない。

 言ってみれば、超常的な何かだ。

 なにせ、これはトコの本体なんだから、超常的でも非常識的でも何でもありだ。

 だったら非常識な存在である私だって同じ事だ。

 それに、この腕のアザが反応したと言うことは、何かあるに違いない。

 トコの事は私が面倒見てあげなきゃなんだから!!


「んぬぬぬぬぬぬっ!!!」


 私は更に力を込め、足を強く地面に押し込み、そしてそのまま引き抜くように大きな金床を引っ張り上げる。


「うぬぬぬっ!良い子だからちょっとだけ、私の言う事を聞いてちょうだい!!!!」


 その瞬間、私の両腕に激しい熱がほとばしり、その鈍色の大きな金床は、“ガコン“とバランスを崩すように私によって持ち上げられた。


「なっ!?!?お、おいおいマジかよ!?」

「動いた!!って、ぐおっ!重っ!!」


 まるで何かから取り外されたかのように大きな金床が動いたその瞬間、それと同時にその重量が私の両手にのしかかった。


「んがががががが、んぐぐぐっ!!ぬぬぬぬぬっ!」


 突然の重さに思わず落としそうになった所を何とか踏ん張り持ち堪え、そしてそのまま後ろに二、三歩後退したのち、巨大な金床をその場にドンと置き直した。


「だはっ!!ふいぃ、……びっくりした」

「お、おい、嬢ちゃん、い、今の、どうやって持ち上げたんだ!?!?」

「え?いやぁ、まあ……気合いで?」

「気合いでって……お前……」


 どうやってと聞かれてどう答えれば良いのか分からず、思わずそんな返事をしてしまったが、とは言え、的確ではないにしてもあながち遠からずと言った感じだ。

 この金床と同じ様に超常的な何かの力で、無理矢理気合いで動かしたのは間違いない。


 それに、


「それよりゲラルドさん」

「な、なんだ?」

「あれ、なんだと思う」

「あ??」


 私はそう言い、元々この金床が置かれていた場所に視線を向けると、それに釣られてゲラルドさんもそちらの方へと顔を向けた。


「!?!? か、隠し階段!?まだ下があるのか!?!?」

「そう見たいね」


 井戸の入り口といい、金床の下の隠し階段といい、この地下工房はホントに一体なんなんだろう。

 まるで何かから隠れ潜む為みたいに……。

 そう言えば、この地下工房の元の持ち主って確か、


「おい、嬢ちゃん!中で何か光が動いてるぞ!魔物か?!?!」

「――え!?」


 私が色々と考えていたその時、突然ゲラルドさんがそう叫び、私はその声に瞬時に反応をして咄嗟に右手に槌を構えた。


「ゲラルドさん、下がって!!」

「お、おう」


 私はそう言い、ゲラルドさんを下がらせると、右手の槌を構えながら、ゆっくりと階段の元まで行き、身を乗り出してその先を覗き込んだ。


「……何かあるね。でも、魔物の気配は感じないからたぶん大丈夫だと思うけど、一応見てくる。ゲラルドさんはここで待ってて」

「いや、それなら俺も、」

「駄目。ゲラルドさんはここで待ってて」


 付いて来ようとするゲラルドさんに私が強い口調でそう言うと、ゲラルドさんはすすめた足をぴたりと止めた。


「……わかった。もちろん嬢ちゃんが強い冒険者なのは知っているが、でも、あまり無茶はするんじゃないぞ」

「大丈夫。わかってるよ」


 ゲラルドさんの言葉に私は短くそう言葉を返すと、目の前の隠し階段をゆっくり慎重に下って行った。






読んでいただきありがとうございます。

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