第百一話 不思議な夢
そこは、真っ白な世界だった。
脈絡もなく突然起きたその現象に、私は辺りを見渡した。
この風景は、これまでに二度、見た覚えがある。
「ここは……あの時の……」
一度目は、ゲームで不可解な裏クエストを見つけ、その直後に突然この世界へ召喚された時。
そして二度目は、洞窟でカラミティに不思議な力で飛ばされ、父さんと再会した時。
そのどちらも、恐らくは現実世界とは切り離された特殊な空間であり、きっとこの後、また何かが起こるのかもしれない。
ただ、これまでの白い世界の時とは何か少し違う気がする。
何が違うのかは分からないが、私の直近の記憶が宿の部屋のベッドの上だった事から、もしかするとこれはただの私の夢の中なのかもしれない。
しかし、もしこれが夢だったとしたとしても、この夢が一体何なのかと言うのはわからない。
それに夢にしてはやはり違和感がある。どうにも表現が難しいが、今、私が見ている夢の中という感じが一切しない。
「……まるで、私じゃない誰かの見てる夢の中みたいな……」
そう私がボソリと小さく呟くと、目の前の白い世界が徐々にゆっくりと薄らいでゆき、しばらくすると目の前に、薄っすらと人影のようなものが見えて来た。
「!? だ、誰!?」
思わず発した私の声にまるで反応するかの様に、辺りの白い景色は霧が晴れるかのように消えて行き、そして、目の前には大きな火床(炉)と、その前で腰を落として鍛治を打つ、一人の男の姿が現れた。
「え!?まさか父さ……いや、違う。誰!?」
突然の事に思わず私はそう声を漏らすも、目の前の男には私の声が聞こえていない様子で、その男はただひたすらに、赤く熱せられた金属の素材に何度も何度も強く槌を打ち付けていた。
「ねえ、ちょっと……って、え?」
そして私が男に声を掛けながら手と足を前に出したその瞬間、男の姿もふわりと霧の様に消えて行った。
え、な、なにこれ??
男が消えると先程までの槌を打つ音も聞こえなくなり、火床の中で炭の燃える音だけが、この静寂の中で鳴り響いていた。
そんな状況に私は激しく戸惑うも、すぐに意識を切り替えて、改めて辺りを何度も何度も見渡した。
一体何なの!?てか、ここ、何処!?
ここは私の知らない場所。見覚えのない景色。
辺りを見渡して分かったことは、ここは何処かの鍛治工房で、とても古びた、かなりの時代を感じられる鍛冶場だった。
私の父の鍛治工房もなかなかに年季の入った物ばかりだったが、目の前に広がるこの景色に比べれば、それは遠く及ばない。
どの設備もかなり古く、かなり使い込まれている様だったが、その分しっかりと手入れがされており、古くはあるが今もしっかり現役で稼働しているようだった。
「すごい……。どれもまるで持ち主の魂がこもっているみたい……。凄く、いい鍛冶場だ」
『そうかい?そう言ってもらえると嬉しいね』
「!?」
その時、私のすぐ後ろの方から突然誰かの声が聞こえてきた。
「――だ、誰!?」
私はそう言い思わず後ろに振り返ると、そこには先程鍛治を打っていたと思われる、一人の男が立っていた。
『驚かせてしまって申し訳ない。こんな所に来客なんて初めての事だったものでね。どうか許してもらいたい』
「え、あ、いや……。別にそんな……って、そう言う事じゃなくて、あなたは一体……」
と、そう答えながら男の顔を見たその瞬間、私は大きく目を見開いて、言葉を詰まらせ驚愕した。
「――?!?!」
その男は私の知っている人物だった。
額からは二本の角が生えており、褐色肌のとても偉丈夫なその姿。
それは、かつて鉱山の最奥でカラミティが擬態していた、トコとガベルの生みの親である、ギルドランの姿だった。
「ぇ!?まさかギルドラン!?本物!?」
『ああ。まさか私も君と会えるとは思わなかった。初めまして、伝説の神級鍛治師、エト』
「え、何で私の事を……」
目の前の男ギルドランは、なぜか私の名前を知っており、長い左手を胸に当てて、華麗なお辞儀を一つこなした。
『知っているよ。君の事はここでずっと見ていたからね』
「え??ここで?? てか、私のことを見てたって、どういう……」
『それは、君をこの時代に召喚したのが、この私だからだ』
「……え?」
私はギルドランのその言葉に一瞬理解が追い付かず、キョトンとした顔をしたまま固まった。
え、え、どう言うこと??
私を召喚したのはギルドラン??トコじゃなくて??
え?でもトコが私を召喚したって……。
いや、召喚したのは私の持ってた星砕の槌か。
え、じゃあ、どうして私は……え?え?
だめだ、さっぱりわからない。
私がこの世界に召喚されたのは、トコが星砕の槌を召喚した時に間違って私も一緒に召喚されたからって事のはずだった。だから、私の召喚はエトの召喚に偶然巻き込まれただけのイレギュラーで……!?!? いや、違う!
そこで私はようやく大事な事を思い出し、再び目を大きく見開き、少し震えの混じった細い声で、恐る恐るギルドランに問いかける。
「ま、まさか……あの裏クエスト……」
『そうだ。君の召喚は、君が裏クエストと呼んでいる私の残した召喚スクロールによるものだ』
「そんな……」
『もっとも、想定外のトコの召喚のおかげで転移座標が遥か上空にずれてしまった時は流石に肝を冷やしたがな』
ああ……それでいきなりあんな上空に……って、それも確かに驚きだけど、今はその話はどうでもいい!
「ギルドランが私を!?どうして!?」
『それは、君が神級鍛治師だからだ』
「は??それがどう言う関係が!何で神級鍛治師だからってそんな事を!!」
『わかっている。悪いのは私だ。私の勝手な都合だけで君をこんな事に巻き込んでしまった。本当に申し訳ない』
ギルドランはそう言うと、深く深く私に向かって頭を下げた。
そしてそのまま何も言わずに、ただひたすらに、ずっと頭を下げ続けていた。
私はそんなギルドランの姿に、何処か儚げな必死さを感じてしまい、葛藤しつつもそれ以上強く出る事が出来なかった。
「申し訳ないって言われても……。んああ、もう!わかったわよ!!分かったから取り敢えず頭をあげなさいよ。話しにくいし」
『すまない』
ギルドランはそう言うと、ゆっくりと体を起こし、私の顔をじっと見つめた。
「それで、ちゃんと説明してくれるんでしょうね」
『ああ。……いや、悪いが全てを話している時間はなさそうだ。君はこれ以上ここにいない方がいい。君もここから戻れなくなってしまう』
「は?」
『それでも、これだけは伝えておきたい』
ギルドランはそう言うと、私をじっと見つめたまま、その瞳に力を込めて言葉を続けた。
『――トコとガベルを救ってやってくれ。これは、君にしか出来ないことだ。だから君を召喚した』
「え、いきなり何を、」
『そして、これを君に託す。使い方は君が決めてくれて構わない』
「いや、だから……」
ギルドランはそう言うと、少し大きめの道具箱のようなものを何処からともなく取り出して、戸惑う私に手渡してきた。
『そして、私の力も君に預ける』
「え、」
その瞬間、突然私の身体中に激しい熱が駆け巡り、そしてそのまま膝から崩れ落ちるようにその場に倒れ、そして意識がどんどん薄れ遠のいて行った。
「ぎ、ギルドラン……まだ、話は……」
私は薄れる意識の中、必死に抵抗を試みるが、まるでそれは叶わなかった。
『――最後に。心優しき少女、鍛治師エトよ。真の鍛治打ちとは、魂を込めるものではない。もちろん生み出すようなものでもない。魂はどんな物にも元からそこに宿っている。だから、魂は芽吹かせるものだ。トコとガベルをよろしく頼む』
「……ギル……ド……ら…………」
◆
「がはっ!!……はあ、はあ、はぁ……」
私は勢いよく体を起こして目を覚ますと、私はベッドの上で大量の汗をかきながら、肩を上下に揺らして大きく息を乱していた。
な、なに、今の夢……多分、夢、だよね……。
何だかとても大事な夢だったような気がするけど……。
だめだ、どうもうまく思い出せない……。
私はベッドの上でそんな事を考えながら、ゆっくりと息を整えていく。
「はぁ……はぁ……。あれは一体何だったんだろう……。って、ん?」
すると、私の腰に付けたままのポーチの中で、デバイスがブルブルと震えているのに気が付いた。
「何?何かメッセージでも届いた?ってか、昨日の服のまま寝ちゃってたか。後でお風呂入らなきゃ」
そんな事を呟きながら、私はポーチの中からデバイスを取り出し、メッセージを確認する。
「えっと、差出人は……。ナーシャさん……。ああ……」
そう言えば呼び出しを食らっていたんだったっけ……。
なんだろう、今日は朝からよくわからない夢で寝覚めが悪かったうえに、ナーシャさんからの追撃のメッセージ。
こんなにメンタルのやられる朝は初めてだ。
まだ起きて数分だって言うのに。
てか、何でナーシャさんが私のデバイスにメッセージを送れるの??フレンド登録なんてしてないのに。
まあ、ナーシャさんはギルドの人間だし私のデバイス情報を調べるくらいは余裕だろうけど、いいの?それ??
この世界の個人情報の扱いとか大丈夫??
「まあナーシャさんだし。考えるだけ無駄か。で、そんなわざわざメッセージを送って来るような用件て何なんだろ」
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件名:エトさんへ伝言
本文:
こんにちは、エトさん。
今、ゲラルドとか言う大工士からあなたに伝言を頼まれたわ。
相談したいことがあるからあなたの地下工房まで来て欲しいって。
生産者ギルドに来るのはそっちの用事が済んでからでいいから、彼のところに行ってあげて。
ところで、エトさんはその彼の大工道具の修理依頼を受けていたんですってね。
それは別に構わないけど、その修理素材は鉱山の魔物の素材らしいじゃない。
何処の鉱山の何の魔物かしら。
まさか先日の古代の魔物が出た鉱山じゃないわよね?
エトさんのランクじゃ立ち入り禁止の場所のはずだし、まさかそんなわけはないわよね。
用事が済んだらちゃんとこちらに来てちょうだいね。
美味しいお茶とお菓子をたくさん用意して待っているわ。
ナーシャより
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「……」
今朝の夢より、こっちの方がよっぽど悪夢だ……。
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