伝説との対峙
エンダルキア山脈には古龍が生息する。
しかも魔法とは異なる不思議な能力を使ってくる。
噂は噂だが、確かめずにはいられない。もしかしたら僕の求める情報が手に入るかもしれないのだから。
「結構登ってきたよな」
「だ、だよね……くしゅっ。生き物がいる様子も無いけど」
「……さむい」
ここは多種多様な環境のエンダルキア山脈でも特に極寒の地、エルニス山。標高は他の山と比べて少し低いものの、その圧倒的気温の低さと悪環境は生命を断絶するにふさわしい環境だ。
既に雪を降らす雲を抜け、青い空に届かんとする高さまで登ってきた。
……本当に古龍がいるのか怪しい。
所詮は噂。見つけられない事も想定して登ってきたが、ここまで来て何もいませんでしたは少しばかりメンタルに響く。
せめて何かしらの収穫が欲しいところ……と考え歩き続けたら――いた。
白い雪が積もる柱に囲まれた、遺跡跡地のような場所。その中央に冷気を纏った神々しい生物。丸くなって寝ているのに驚くほど大きい身体と濃い魔力。
巨大なものを沢山見てきた僕らだったけれど、出会った瞬間に鳥肌が立つレベルで驚いた。なんというか、身体の大きさよりも、存在力……のようなものが今までとは別格。先程から肌がピリピリと痺れるような感覚が続いている。
「にぃ……」
「ナツ、絶対離れないでね」
ナツが震えている。抱きつく腕に力が入る。
精霊は他の種族との関わりを意図的に作り出せる。言い換えれば、相手の魔力質に合わせた感じ方ができる。
(けど、相手の魔力による影響力を直接受けちゃう。この威圧感が精神の耐性を無視して心に侵食するのはまずい……)
目を閉じ震えるナツを抱き寄せて、正面の伝説と向き合う。
「これが――古龍」
「見たことねぇ存在感だ。一人だったら今すぐにでも逃げ出してたぜ」
この世の生物分類学的にはブリザードドラゴン、アイスドラゴンなど氷属性の龍族に当たるはず。
けれどそれだけ。対峙して分かる、この圧倒的実力差。こんな感覚は味わったことが…………あ、る?
(勝てないと思い知らされるこの感じ。僕には経験がある――)
一度だけ。
この世界に来て一度だけ。
この感覚を味わった。あれは、
――「母様?」
僕らの母様は全く怒らない。どちらかと言えば、僕やナツが母様に注意する方が多いくらいだ。つまみ食い、一日中だらだらと布団の上、夕飯の時間になっても帰ってこない。
まるで小さい子供のような母様は、他人に対して"怒る"ことは無かった。
小さなミスは笑って見逃し、大きなミスは起きる前に黙って対処する。そして普段は母様が子どものよう。
そんな母様は、僕がこの世界に来てから一度、たった一度だけ本気で怒ったことがある。
怒った、よりもあれは――キレた。そう表現する方が適切だろう。
あの道端の花にすら笑いかける母様が、相手の意見を何一つ聞かずに――殺したんだから。
詳しい事はまだ話せないけれど、あの時の母様は本気だった。母様の本気を見たのもその時が最初で最後。
圧倒的魔力圧と、無限に膨れ上がる存在力。背後で見ていただけの僕ですら足が震えて動けなかったあの時の感覚は忘れたくても忘れられない。絶対に勝てないと、果てしない実力差を思い知らされた。
僕が母様を尊敬した出来事でもある。
――そんな威圧とも呼べる感覚に、今僕は再び相対している。
あの頃よりも強くなった。
けれど、全く勝てる気がしない。
かろうじて立っていられるだけ成長した……と思う。
しばらくの間、一歩として動くことなく対峙したまま時が流れた。
存在力による威圧感があるとはいえ、これだけ何も起こらなければ相手に敵対の意思が無いことは理解出来た。
それどころか、これだけ近づいても反応がないのは何かおかしい。恐る恐る接近してみるも、古龍は丸くなって目を閉じたまま動かない。
「……弱ってる?」
これだけの威圧感を放っているのに弱っているとは考えにくいが、今の様子だとそう考えざるを得ない。
「伝承では古龍には病気や呪い、魔法なんかに強力な耐性があると聞く。可能性があるとすれば呪い病気以外の何かだろうな」
「呪いでも病気でも無い、とすれば……」
古龍を注視していた僕は、アルゴートさんにそう言われてその周囲に視線を移す。古龍が眠っているのは謎の遺跡跡。あちこちボロボロで、微妙に残る瓦礫には雪が積もっている。
「にぃ。ここ、雪が……」
「あ、そういえば」
魔法で対策しているから気にしていなかったが、ここは雲より遥か上。標高も一万は越えている。
この場所に雪が積もるはずがない。
しかし事実、この場所は雪に覆われていた。
さらに不思議なことに、あの古龍の場所には雪が積もっていない。
「けっかい……ある、かも」
「でも魔法に耐性があるって」
「いや、もしかしたら能力かも」
魔法に耐性がある古龍にも効く結界。
そんなものが創れるとしたら――
「助けよう」
僕の求める情報を手に入れられる可能性が大きくなった。魔力を使わない結界。十中八九能力が関係している。
なんとしても話を聞きたい。そのためには、危険だけどこの古龍を助けるのが確実。
「ま、セイタがそういうなら手伝うぞ」
「うん!ここ寒くないし!」
「……おけ」
頼もしい仲間が、ナツが、力強く笑顔で頷いた。
「まずは遺跡の探索だ!」
魔法で作る結界には魔法陣や発動するための鍵が必要となる。能力が万能では無いと仮定するならば、どこかに結界解除の鍵がある。
僕らはそれを探すために遺跡跡に踏み入れる。
『……そなた、何者だ』
「っ?!」
しかし助けるより早く、頭の中に見知らぬ声が響いた。――動いていないはずの、囚われの生命の声が。
どうも、深夜翔です。
圧倒的存在、セイタは過去に出会っていた。
果たして、セイタの知る彼女と古龍との間にある関係は如何に。
そして、無事に危機を乗り越えることはできるのだろうか……?
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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ではまた次回……さらば!
PS.次回は6日後となる予定です。




