頭の使い方
碁盤の目のように並べられた机。黒い板に書かれた字を、ひたすら紙に書き写す。それに何の意味がある?
「あと十分で試験終了」
時計を確認した教授が生徒に告げる。生徒達は黒板の上に掲げられた時計を確認し、再び、答案用紙に目を戻す。
「終了時間を過ぎたら一切、受け取らないから、そのつもりで」
教授はなにやら教卓で作業をしながら言う。
キーンコーンカーンコーン
試験の終了を告げる合図が鳴る。
「終了だ。試験を出して教室を出るように」
教授は作業を止め、教室を見渡す。
生徒達はせっせと動かしていた手をすぐさま止め、静かに教室をあとにする。
だが、二人、手を止めず問題を解き続けている生徒がいた。一人は勉強してます、という雰囲気。なにやら、書いた答えを消しゴムで消し、急いで何かを書き直しているようだ。もう一人は、マイペースで問題を解いている。こっちはあまり、勉強はしていない雰囲気。試験の時間に遅れて入室し、時間が足りないようだ。まだ、問題を解いている。
教授は二人に気付いたが、なにも無かったかのように、回収した答案用紙を両手で持ち、教卓にトントンと二回叩き整えると、教卓の端に置いた。規定時間に答案を出さない生徒を注意するわけでもなく、何事もなかったかのように、再び作業を再開した。
程なくして、二人残っていたうちのガリ勉風の男が、慌しく席を立つと、教授の座る教卓に走った。
「テストの時間は終わってる。答案用紙は受け取らない」
教授は生徒を見ることなく言う。
「解答用紙を一マス、ずれて書いてしまっていたんです……」
その生徒は焦ったように弁解する。教授は反応することなく黙って作業を続けている。
「毎回、授業に出て、ノートもとっていたんです!」
その教授の冷たい反応に、生徒は哀願した。
教授は、作業している手を止め、上目で生徒を見据える。
「キミが、前のほうに座り、毎回授業に出ていたことは知っている。しかし、決まりは決まりだ。規定時間を過ぎた答案用紙は受け取らない」
それだけ言うと、また、何事もなかったかのように、作業を始める。
教授の取り付く島もない応対に、生徒は落胆した様子で、受け取ってもらうことのできなかった、答案用紙を片手に出口に向かう。
そんなおり、教室に残って試験問題を解いていた、もう一人の生徒は、さっきのやりとりを見たにもかかわらず、落ち着いた様子で、答案用紙を片手に教授の座る教壇の前に立った。教授は無言で、再び上目遣いでその生徒を睨む。しかし、生徒は余裕の表情で、教授の目を見つめる。
「なにかね?」
教授がとても冷淡な声で訊ねる。生徒は無言で、他の生徒達が、時間通りに提出した答案用紙の束に、自分の答案用紙を、裏返して、そっと重ねる。
「さっきも言ったが、規定時間を過ぎた答案用紙は受け取らない」
教授が束に重ねた束の一番上。つまり、時間通りに提出することのできなかった生徒の答案を弾いた。
弾いた答案用紙は横に弾かれ、教卓から、パサリと床に落ちた。
その様子を先ほど、提出を拒まれた生徒が見て、やっぱりという顔をした。
「先生、僕のこと知ってます?」
必死な様子も、哀願する様子もない。生徒はただ一言そう訊ねた。
「テストさえ遅刻する奴の名前を知っているわけないだろう」
そう言い放つと、教授は再び作業を始めた。
「そうですよねー♪」
生徒はにこりと笑う。
そして、次の瞬間──
教卓の端に置いてあった、答案用紙の束が宙を舞った。
あとから提出しに来た生徒が、教卓の上から、思い切り掃ったのだ。
答案用紙は一瞬、教室の天井に向け舞ったかと思うと、ひらひらと花びらのように床に散らばった。
「なにをする!」
教授は驚いた様子で生徒を見る。
「先生が俺の答案用紙にしたことを、そのまましただけですよ」
生徒は当然というような顔で言う。
そして、続けた。
「別に決まりなら、答案用紙受け取ってくれなくてもいいですよ。そいじゃ」
その生徒はニヤリとすると、教室の出口に向かって歩いていく。
教授と最初に付き返された生徒は床に散らばっている答案用紙を眺め呆然とする。
その生徒は出口で、最初に付き返された生徒とすれ違い際に、ウィンクすると、自らの頭をトントンと二回指差した。
頭は使いようだというように。
END