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ガラスの満月<ミヅキ>  作者: ミホリボン
第1章
9/35

7球目 「一発で決めてくれ」

「やっぱりパッとしないな...次、再び変化球!」


輝夜からの返球を捕る満月は、1球目早々に告げられた苦言を頭で何度も反芻していた。


(コントロールは自分としてはまぁまぁいいし、体の調子も悪くない。だけどボールに威力が足りない...)


次で17球目。重い空気の中、果凛達は満月の投球を見守る。


(芥川輝夜さん。重い表情を浮かべながらも満月ちゃんの動き・クセ・表情を絶え間なく見つめている......)


輝夜は1球目から今まで憂いの表情を保ったままであるが、 それは満月の可能性を信じているからこその行動だという事を果凛は十分に感じ取っていた。



変化球ののち、18球目となる右打者のインローへの()()()()な速球を投げた後の事であった。


「島内さん......速球の握り方、見せてほしい」


満月は不思議そうに速球の握り方を右手で披露する。


変化球の握り方は人それぞれで個性が出て、変化の量・球の重さ・スピードなども変わってくるのだが、速球に握り方のバリエーションが出る事は稀であるのだが......


「ボールは人差し指と中指で振り切って投げるもの。そしてボールを離す時に2本の指が縫い目に絡まってボールに力が加わり、力のある球が投げられる」


満月の前に立った輝夜は狡猾に説明を始める。


「それとは別に指先でしっかりと投げているかどうか、特にボールのノビに関してはここが重要であって......()()()()な球はボールを深く持っていたことが原因だと思う。現に島内さんはがっしりとボールを持っている」


「...?そんなことで変わるんだ......?」


「あたしの予想ではあるのだけど、あの試合から結構背がでかくなったように見える。それで手も大きくなって、それまでの投げ方と同じように深く持ってしまった......とか」


満月は自分の手のひらをまじまじと見るも、よくわかっていないようだった。


「んーどうなんだろ、とりあえず意識浅く持てばいいってことなのかな?」


「...意識程度じゃなくて思い切って2mm、浮かせて一回投げてみて」


「あー、うんわかった!」


いまいち感性が噛み合わない満月と輝夜ではあったが、満月は物は試しにと指示通り2mm浅くボールを持ちアウトローへ投げ込んだ。


「あっ!」


ボールはど真ん中へと浮いてしまう。しかしながら今日一番の音を鳴らした輝夜は、生き生きとした目で満月へ「ナイスボール!」と呼びかけた。


「早くなってる......!」


果凛達全員も満月のボールの変わりように驚いていた。


これは、【ボールのスピン量が増え、ボールの終速、すなわちキャッチャーミットに到達した時点での球速が急激に上がったことによる速さの上昇】であり、スピードガン(球速を測る便利な道具)での測った場合の数値は全く変わってない。


「よしじゃあ変化球もこれを真似て......」


「......あら?」


変化球もこれを真似て投げようとする、が今度は握りを浅くした変化球が思うようにいかない満月であった。


「簡単な話、島内さんの変化球は今まで通りの持ち方がいいってこと。変化球に関しては十人十色。スライダーに関しては前よりキレが増してる。あれから、変化球にかなりの力を入れていたでしょ」


輝夜もあのど真ん中のストレートを受けてからご機嫌なのか、声色を上げて話す。


「...ドンピシャだよ、スライダーを完成させたくて。果凛とずっと練習してた。...あの練習試合、うちのチームの男どもを次々と盗塁阻止してた時からすごいと思ってたけど、流石に実力の桁が違う」


輝夜の適切なアドバイスに感銘を受けた満月。一息つき、腹をくくり決意した満月は輝夜への““告白”を口にする。


「芥川さん、あなたとバッテリーを組みたい!この三吉野球部であなたと甲子園を目指したい!いや、ここにいるみんな、そして私がまだ知らない、いつか部員になる人たちとてっぺんを掴みたい!だから......」


「恋人としてこれから私と組んでほしい!!!」


希望とやる気に満ち溢れた表情で告白をした満月。


プロポーズされた輝夜は少しだけ顔を赤らめていた。そして小さく笑う。


「......()()だね、実に()()!まぁそう言ってくれるなら......最後に、あたしを一度...()()()()()【左打者を抉るインローへのスライダー】、一発で決めて!」


輝夜がミットを構える。


「......じゃあ、行くよ」


大きく振りかぶった腕から、流れるように放たれる。



「ナイスボール!」



2人は互いにガッツポーズを決め、駆け寄った。



【1年2組 1番 芥川 輝夜 三吉野球部入部を決意】



***



「へぇ、高校の野球部に入るのか」


眼鏡をかけた中年の男は、テレビを見ながらいかにも不満げな声で話す。


「とりあえず報告はしたよ。あたしの決めた道は揺るがない。高校生活こそは、あたしの行きたい道を行く」


「......そうか......」


相槌を打つと、輝夜の父はテレビを消し、輝夜へと顔を向け、鬼の形相で責め立てる。


「お前はプロ野球選手になってもらわないと困るんだ!新しい公立校に行かせたのは、お前がリフレッシュした空間で勉学を受けてほしいと思ってのことであって「ぬるま湯」で野球をやれと俺は言ってないはずだ!芥川家の一人娘としての自覚を持ってーーー


「あなた!!!」


間を切って止めたのは輝夜の母であった。


「輝夜はようやく自分の気持ちに素直になってこうやってわたし達に話しているんだからすこしは聞いてやりなさいよ!!!」


怒号を遮られた輝夜の父は冷めたかのようにテレビをつけ、ソファーへ腰をかける。


「輝夜......」


「......ごめん、お母さん」


下を向いた輝夜は、せっせと階段へと向かうのであった。



***



翌日の放課後、一足先に校門でビラ配りをするため、果凛は荷物を抱え廊下を歩いていた。


自分は輝夜ちゃんに認めてもらえるのか。いや、認めてもらうんだ。私だってピッチャーにこだわってここに来てるんだからーーー



***



両親に連れられバレーボールクラブの視察に来たのは、中学校に入って間もなくのことであった。


しかしながら小さな頃からプロ野球を見ていた私は、いつのまにか近くのグラウンドでの富士村シニアの練習試合を観戦していた。


「島内ー、力抜いて行けよー」


「どんどん打たせてこー!」


チームにたったひとりだけの女性、しかもピッチャーをやっていた満月ちゃんは、私には輝いて見えた。


あの人のようになりたい。そう強く願った私は、親に何度も頼み、ついに富士村シニアに入団することになった。


「気をつけてな果凛。」


「怪我には気をつけるのよ。」


クラブの活動日は土日、そして祝日。それでも両親は休みを削っていつも揃って送り迎えをしてくれた。


「それじゃあ自己紹介を。」


「は、はははじめまましてぇ!こここみややま かかかりんと言います!」


私が初めてカミカミ自己紹介をクラブのみんなにした時、困惑していた表情をしていたが、満月ちゃんだけは待っていたかのような目で私の肩を揉みながら


「ねぇ、ポジションはどこ?どこ中なの?......あー、緊張しないでリラックスしよ!ここの人たちはみんないい人で、私もまぁまぁ好きな人達だから!」


満月ちゃんの言うことは間違ってなかった。みんな、何も知らない私に「野球」を一から叩き込んでくれた。


そしてシニアのB戦、いわゆる2軍の最終試合で、私はやっと満月ちゃんと同じグラウンドに立つ事が出来た。


「スタメン発表するぞ!......1番センター松本、そして2番、ライト小宮山!ーーー


中学校の頃はひたすら野球を覚えるため、そして男の子達についていくためライトに専念していたけど、高校では......!



***



「ワッ!」


ある学生の横を通りかかる刹那、果凛はわざとかのように足を引っ掛けられ、膝から転げ落ちる。


「ププッ」


「レン......w」


足を差し出したレンは、反省の色一つ浮かべず、笑いながら果凛を見下ろす。


「しつこいんだよいつもいつも。誰か手を差し伸べるだろう、そう思って毎日宣伝するあんたらを見るとヘドが出る!」


「え、あ、ご、ごめんね?私たち何か悪いことしちゃったかーーー


「お前ら見てると、嫌なこと思い出すんだよずーーっと!野球の怖さを何も知らないその目を見ると!」


自分の兄を思い出したレンは怒りのあまり癇癪(かんしゃく)を起こす。


「どうしたの果凛ちゃん!?」


教室から顔を見せた理子が果凛へと駆け寄ると、レンは「行くぞ」とここなに告げ、その場を去るのであった。


膝を擦りむいたまま立ち上がれない果凛は、突然の罵声に涙を抑えられなかった。


「なんで......!私たちが何を......?」


「果凛ちゃん......とりあえず保健室に行こう」


理子に肩を支えられ立ち上がる果凛。


窓から見える外の天気は、晴れの予想を大きく外し、今年初めてのにわか雨が降っていた。それは、これからの嵐を物語っていたかように、空を濁らせていた。




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