6球目 「満月の”告白“」
『浦島シニアの “芥川 輝夜”!』
重なった満月と果凛の声が教室に響き渡る。
「2人とも知ってるの?」
「......わ私は休んでたから噂で聞いただけなんだけどね、浦島にすごい女性キャッチャーがいるってくらいで」
興味津々の理子に、果凛は微笑を浮かべる。
「あの時のことは鮮明に覚えているよ。プロ注目の女性キャッチャーがスタメンのチームだって。確か、あの時は......」
どうだったっけ...?と指を広げて数えようとする満月に、
「3打数ノーヒット1三振。完敗だった」
と視線は合わせず、輝夜はただただ必要なことだけを喋る。というより呟く。
「でもあの試合は結局こっちが1点も取れなくて負けたじゃん!」
満月はブーブーと不満げに言い返す。
「島内さん?多分そういうことじゃないとおもうよ?なんていうか、チーム?としてじゃなく個人的にってことで......」
「あーそういうこと!」
そう話す新入部員の林 杏子に、満月はポンと手を打つ。
(ほおほお杏子は誰も傷つけない優しいツッコミ役と言ったところか......“俊足脳筋バカ” ”野球以外すっからかんな野球バカ”を抑えられるツッコミ役がそろそろ欲しかったからな.....)
心の内で性格判断士ぶる始音を含め、後に “3馬鹿” と呼ばれることになることをまだ彼女は知る由もなかった。
「生涯であたしが完璧に負けた女は島内さん、あなただけだった」
一同は満月を見つめ、
「あなたすごいピッチャーなんだね!」
「つまりは “やべーやつ” なんだな!」
「芥川さんがあんなこと言うって、何があったの!?」
と、質問責めにする。そんな彼女らを横に、
「やっぱりここに来てよかった。島内さん、あなたがあの時のまま、いやそれ以上の存在になってくれてるというのなら、あたしはその球を取る相手になりたい」
-簡単なことじゃないよ。あたしは推薦を蹴ってまでここに賭けたんだ。そして、あいつを見返すためー
「だから、聞かせてよ。私にあなたの “告白” を。」
「えっ」
「.....えっ、ここここ告白ぅ!?!?」
一斉に声を上げる果凛達。満月だけはやってやるかという顔で返すのであった。
「なるほどー、これが “ 同性結婚 ” なんだね!」
「いや違うから早矢華ちゃん」
昔から付き合いがあることもあり、“俊足脳筋バカ”へのツッコミが冴える杏子であった。
ーーー
3年前に改定された女子硬式野球ルールで、女子野球でも観客に迫力を与える、パワプルな試みを示していこうと方向性により、それまでの外野フェンスまでの距離の理想【97.534m以上】から【86.912m以上】へ、塁間距離も約3m、ホームベースからピッチャープレートまでも約2m削減されている。
ブルペンを使用するために満月達が向かった三吉女子高校野球グラウンドも、勿論新ルールの規定に則って整備されている。
とは言え野球グラウンドはサッカーグラウンドと併設になっており、野球で言う “バックスクリーン”の場所からライト側に向けていつでもサッカーの試合ができるよう作られており、日頃の練習では使用できる場所が限られていると野球部の顧問・彩野も懸念していた。
しかし今は部活決定日までまだ日にちがあるということもあり、グラウンドには誰も姿を現さなかった。
「よし、後は満月ちゃんに任せるから!」
ブルペンマウンドで足場を鳴らしていた果凛がジョウロと木のトンボを抱え、体育着に着替えた満月に合図を送る。
「ありがと果凛!じゃあやろっか芥川さん!んー久々に投げるから緊張するなぁー!」
「緊張して酷い球投げないでね、今のあたしは真っ裸と同じ状態なんだ」
同じく体育着姿の輝夜は一足先にブルペンへと進む。
「さっきの告白といい真っ裸といい、あの輝夜って人、変わってるよなぁ」
険しい顔で輝夜を見る始音に果凛がフォローを入れる。
「芥川さんの意見を聞いた時は私も納得したけど、初対面でああやって自分の意見を言えるのは彼女のいいとこなんじゃないかな」
【投手と捕手というのはいわば恋人。上から目線になっちゃうけどあたしが惚れるほどの相手かどうか、改めて見極めたい...】
(満月ちゃんは大丈夫だと思うけど私の球を受けたら何て言うんだろうなぁ...)
輝夜の言葉を思い出した果凛は表情を固くし、苦笑いを浮かべた。
あっという間に準備運動を終えた満月は、背伸びをしながらマウンドへと登り、輝夜と言葉の通り肩慣らしのキャッチボールを始めた。その様子を、ちひろ含め三女野球部の5人はネットを挟んだブルペンの横から様子を見守る。
「満月の投球、初めて見るな」
仲良くなった始音はすっかり名前呼びをしている。
10分ほどキャッチボールを続けた満月は輝夜に手で「座っていいよ」とサインを送る。サインを見た輝夜は何も言わずその場にしゃがみ、左手にはめた黒いミットをマウンドへ向けて構えた。
「あっ、ちょっと15秒だけちょうだい!」
満月はそう輝夜に伝えると、ホームベースへと体を向け、帽子を右手で胸に当てるジェスチャーをし、目を瞑り黙祷を始めた。
「あれが満月ちゃんの” ルーティーン ”。プレイボールの前に必ずやるんだよ。」
慣れてるかのように果凛が説明した。
惚れ惚れとしながら理子も口ずさむ。
「かっこいいですね......あのポーズ...」
『秋の満月のように...とても大きく、美しいなぁ......!』
10秒ほどして目を開けた満月は、「行くよ」と言わんばかりに右打者への” アウトロー “ に構えた輝夜の黒いミットへ渾身のストレートを投げこんだ。
満月のストレートはミットに吸い込まれるように注文通りのアウトローへ決まる。ミットが発する声が、周りへと響く。
野球未経験者一同は、満月の投球フォームを見て同じ単語を頭に浮かべた。
“ 豪快 ”
左足を大きく踏み出し、逸らした上体の前上から出てくるしなやかな右腕。ボールを投げ終わった後に高く浮いた右足。伸びきった右腕。
野球の世界ではこのフォームをオーバースロー、もしくは上手投げと名付けられている。
渾身のアウトローを捕球した輝夜は、満月へ意味深な言葉を投げつける。
「あなたの球、苦しそうに見えた」
「苦しそう.....?」
言葉の意味を理解できない満月は、ただ自分の掌を見つめなおす事しかできなかった。