5球目 「勧誘開始!」
【アミューズメントパーク・イナセ】
学校から徒歩で20分程度の距離にあるこのゲームセンター。
ここで稼働している話題の太鼓リズムゲーム「太鼓の達人」に精を出していた1人の三吉女子高校生、通称三女生は、いくつもの感情が交差し、複雑な表情を浮かべていた。
***
「ねぇ2人はどのポジションがいいの?」
「うーん野球よくわからないけど打てればどこでもいいかな!」
「ははっ、それなら代打っていう打つだけの最高のポジションがあるから同じこと聞かれたら代打って答えなよ!」
「理子ちゃんは?」
「私はショートかセカンドかな、ピッチャーもやりたいけど素人だし......ゲッツーのプレー、かっこいいなって思って」
話に花を咲かせ、輪になって座る4人を廊下から睨みつけていた少女は、静かにその場を去る。
***
「............」
太鼓のバチを握るその手が無意識に力んでいく。プレイも段々と雑になっていく。
***
「レンは打撃の飲み込みが早いなぁ!この調子だとレギュラー奪えるんじゃないか?」
少年はレンと呼ぶその少女の小さな頭を包むように大きな手で撫でる。
ーーー
「軌央!軌央!!!」
母親の叫び声、救急車のサイレン、救急隊員の掛け声が混ざりぐちゃぐちゃになって青空に響き渡る。少女は担架で救急車へと運ばれる少年をただ呆然と見ているだけだった。
「一体どうしたんだ?」
「ピッチャライナーだってよ。鋭い打球が頭に当たって。」
「災難だなぁ。まだ中学生だろ?生きていればいいが......」
ーーー
「お子様の病状は「くも膜下出血」だと思われます。応急処置はいたしましたが近いうちに手術が必要で、
その際後遺症を残す可能性が限りなく高くなりますが......」
ーーー
「右半身が動かないの?」
「うん、それにクラスメイトやチームメイトもお見舞いに来てくれるけど全然思い出せなくて......手術は成功したって医者は言ってたけどこれじゃ......これじゃ野球なんて.......!」
少年は垂泣し、左手で次々と流れる涙を何度も拭いていた。
***
「ッ!」
嫌なことを思い出した。ゲーセンに来て考えることじゃねぇよ、と少女は舌を鳴らした。
「お、レンのこんなひでースコア久々に見たなー、なんかあったのか?」
別のゲームを終えて寄ってきたもう一人の三女生は、盛るに盛ったいかにもふかふかしてそうな室のある長い茶髪を揺らし、7分まで袖のおったYシャツ姿をしている。
「.....うるせーな.....ここな!今日は気分悪くなったから河川敷行くぞ!」
レンは荷物置きカゴに置いたバッグを抱え、慌ただしくゲームセンターを後にする。
「えっ、待ってくれよレン〜!」
早歩きで歩くレンを、ここなは走って追いかけていった。
ーーー
一方同時刻、2-5の教室では取り残された満月4人が向かい合って話していた。
「なんだよあの先生は!部員集めるのはわかるけど9人集めなければ教えないみたいな言い方とか、用を済ませたらすぐに出てったりとか!こっちが質問する時間はないのかよ!」
腹を立てているのは、野球用具のパンフレットを両手で持つ始音である。
「まぁまぁ落ち着こ本間さん、だけど部員4人だけってのもかなりやばいよね......」
果凛がそう話すと、満月が立ち上がり、右拳を振り上げる。
「やるしかないっしょ部員集め!どちらにしろ野球やるならたくさんチームメイトは欲しいし!」
満月の発言に、3人もそれしかないと頷く。
「よーしじゃあ早速部員集め、と行きたいとこだけど今は説明会の途中だからみんなが下校するであろうタイミングを狙おう!それからパンフレットを作ったりーーー
バフッ
「ワッ!」
満月を先頭に4人が教室を出ようとした時であった。満月の顔が女性の大きな胸に埋まる。
「あっ......」
状況にいち早く気づいた女性は、2歩ほど身を引き、一息つく。
「ごめんね出会い頭でぶつかちゃって!大丈夫だった?それにしても生田目先生はどこにいちゃったんだろう?もう説明会の時間はとうに過ぎているのに...あれ?」
先頭の満月は上の空状態になり、彩野の話などなーんも聞いていない状態であった。
「あ、あの先生ならもう説明会終わってどっか行きましたよ」
ぼーっとしている満月の後ろから果凛が顔を出した。
(貧乳の満月ちゃんにとってあの大きさのおっぱいは刺激が強すぎる、これだとしばらくは動けないだろうからーーー仕方ない!)
「えいっ」ペチン!
果凛が満月の左頬を叩く。突然のその光景に一同が固まる。
「え、一体何を...」
「い、い、いやーなんでもないんです、ちょっと病気を発症しちゃったんで、な治してあげてるんですよ、ほら満月ちゃん、目を覚まして!」
果凛は愛想笑いをしながら必死にごまかした。
ーーー
「自己紹介が遅れたけど、私、彩野 菜々美といいます!いろどるに野原ののと書いてあやの。今日から野球部の顧問として頑張っていきますよ!」
教卓の側で立つ彩野は右手を上に伸ばす。
「......さっきの人は口少なくて苦手だったけど、今度は口数多くてうるさそうだな......」
「何か言いました?」
彩野は独り言を呟いた始音に暗黒微笑を向けた。
「い、いえ、なんでも......すいませんでした」
「それでよし!......じゃあそろそろ入ってきていいよ、金子さん」
彩野が手招きすると物陰から出てきたのは、後ろ髪を三つ編みにし編み下ろした三女生であった。
「彼女は1年3組の金子 ちひろさん。マネージャー志望らしくて、この子と話しててちょっと遅れちゃったのよ。」
彩野が紹介すると、ちひろは頭を深く下げる。
「マネージャーとして、精一杯皆さんのサポートをできるよう頑張るのでよろしくお願いします!」
ちひろが話し終えると、きょにゅー病が解けた満月が待っていたかの方に話を切り出す。
「よろしく!じゃあせっかくだし金子さんにも手伝ってもらおうよ!」
「そうだね、人が多いに越したことはないよ」
「?」
ちひろと彩野は4人の会話に首を傾げた。
ーーー
翌日、話を聞いたちひろがみんなの意見をまとめ、速攻で作り上げ印刷した勧誘ポスターを持った4人は、校門でビラ配りを行なっていた。
「野球部です、よろしくお願いしまーす!」
「初心者大歓迎です、なんなら私も初心者です!」
しかしながら部活説明会の翌日と言うこともあり、ポスターは取るものの興味を示すような素振りを見せる人物は少なかった。
ーーー
「三女野球部の第一歩を私たちと歩み続けませんかー!はい、どうぞ!」
黒髪ポニテのキャプテンっぽい子にそう言われ受け取ってしまったが、ああやって必死に野球に取り組む奴らが、私は嫌いだ。
「くだらねぇ。野球なんてよ」
1-2の教室に着いたレンは、ポスターを破りに破ってゴミ箱へ投げ入れた。
***
「え、野球?早矢華は自分の俊足を生かせるスポーツだったらなんでもいいけど、杏子ちゃんはどう?」
「私?んー、陸上部の説明を聞いたのも早矢華ちゃんが入るって言ったからだし...早矢華ちゃん次第だなぁ......でも野球部は部員4人しかいないんだよね?ちょっとかわいそうかなぁ.....って」
「うーん、じゃあ早矢華達が野球部入って一緒に部員探そうか!ポスターも楽しそうだったし!」
ーーー
「ということで新しい部員が2人増えるよ!2人とも私と同じ1-3なんだよ!」
ビラ配り3日目の放課後、すっかり野球部の溜まり場となった2-5で始音が1-1の野球部3人とちひろに嬉しげに紹介する。
「いやいやいや嬉しいんだけど突然すぎない!?ほんと嬉しいけど!」
満月はそう言いながらも内面では、進捗がなかった中で新入部員を見つけてくれた始音に感謝の気持ちでいっぱいだった。
「とりあえず見つけてきたんだ、早速自己紹介しちゃってよう!」
始音が新入部員2人へ手を差し伸べる。
「松野 早矢華!足には自信あります!」
「林 杏子です。野球未経験で、運動神経もあまり良くないですがよろしくお願いします!」
「松野さんに林さん、2人ともよろしくね!これで6、いやちひろちゃん含めて7人かー......あと3人、早めに集めておきたいよなぁ......」
満月がそう呟くと同時に、前扉の方から透き通るような声が水を差した。
「あんたたちもしかして野球部?」
そう言葉にし2-5を覗き込んだのは、黒髪ストレートの三女生。均整が整った顔をしている彼女は、ブレザーのポケットに手を突っ込んでいた。
彼女を見るや、満月と果凛は、知っているかのような表情で同時に声を掛けた。
「浦島シニアの “芥川 輝夜!」
芥川 輝夜......埼玉の強豪浦島シニアで正捕手を担っていた、スカウト注目の実力者であった。