2球目 「四の顔を持つ一本道」
***
9回裏2アウトランナー2、3塁。
この日7回から投手として登板した島内 満月は、毎回ランナーを背負いながらもピンチを抑え、チームメイトが作った3-2というリードスコアを死守していた。
満月が所属する中学男女混合野球チーム ”富士村シニア“ のライトには小宮山 果凛が守る。富士村シニアの3点の内1点は、果凛がスクイズで入れた点数だった。
あと一人アウトにすれば試合終了のこの場面、満月が投げた球はキャッチャーの遥か上に弧を描くすっぽ抜け。ランナー2人がホームへ生還し、チームは逆転負けを喫したのであった。
***
「う、うう......」
沸騰したやかんは火を吹かなくなったが、やかんの中身は沸騰したままである。
果凛もここまでになるとは思わず、赤面の満月を励ました。
「ん?」
果凛の鼻に花びらが落ちる。その花びらを見ると果凛はすぐさま首を上に向けた。
「満月ちゃん、上見てよすごいから!」
一本道の両側の路側帯には等間隔に桜の木が植えられていた。 入学式の時期、2人が住む埼玉県は丁度桜が散る時期であった。
「すごいよ、桜吹雪!」
「お、おお、おおおおおお!!!」
上を向いた満月も驚きと興奮が混じった声を出す。 話に夢中で桜に気づかなかった2人は、いつの間に桜吹雪に閉じ込められていたのだ。
「ここは季節によって4つの顔を見せるのよ」
そう呟いたのは、2人の興奮を側から見ていたおばあさんであった。
「あ、おはようございます!わざわざありがとうございます!それにしても4つの顔って......?」
いきなり声をかけられあたふたするも果凛は聞き返す。
「ここに植えられている木は全て桜の木なの。春はこのように桜を咲かす。夏は葉っぱの衣を着けて、秋は衣を紅く染める。冬は衣を脱いで...四季によって姿を変えるのよ。」
「あなたたちそこにできた新しい高校 “三吉女子高校”の方々でしょう?」
2人はおばあさんが指した方を向く。そこには「三吉女子高等学校」の文字が書かれた看板が見えていた。
あっ!と満月が言うと果凛もスマホを見て、時間がないことに気づく。
おばあさんに手短にお礼を伝え、2人は桜吹雪をかき分け、校門へと駆けて行った。