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ガラスの満月<ミヅキ>  作者: ミホリボン
第1章
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30球目「長髪のあの人」

 三峰と対面した夜の翌日。生憎、満月が高校の最寄駅である“三吉駅”の改札を降りた時には、小雨が降り始める。


 昨日まで曇りの予想だったのに、とエナメルから折り畳み傘を取り出そうとした時、右肩にポン、と手の感触が乗っかる。


「おはよ満月〜、今日は勉強の日なのに早いんだな」


 低い声だがハキハキとしている。振り向くと、恋が、よっ!と肩に乗っけていた右手で挨拶の仕草を見せる。隣にここなの姿はない。


 野球部では火曜日と木曜日のどちらかで部員全員で2−5の教室に集まり、勉強会を開いている。生田目監督も高校野球の教師の例に外れず、文武両道こそ高校球児の模範と考えているのだろう。とはいえ、生田目監督や彩野先生が不在の時は勉強会という名の女子会、いやダベり会になりつつあるけど… (ちなみにソフィー先生は勉強そっちのけで兄の武勇伝(笑)や最近の出来事を話してくれるので普通に女子会になってる節がある)。


「おはよう、それはこっちのセリフだよ。勉強の日って分かったらギリギリに入ってくるあんたが…」


「お互い様だろ」


「そうだね」


 挨拶を終えると、恋は作り笑顔で手を合わせてその腕を上下に揺らす。


 -まーた傘を忘れたのか…


 おおよそ恋も曇りの予想で傘を持ってこなかったのだろう。折り畳みを持つ腕を上に伸ばすと、「サンキュ!」と猫のように入ってきた。



「それで、結局ここなは来れないんだよね?」


「うん、まぁ、そういうことだよ」


 演技が見え見えの、残念そうな口調・身振りで話す恋。


 昨日の夜、そんな彼女から野球部のSNSグループに連絡があった。


『さっきここなの家に行ってきた。具合は、いきなり立つと目眩がするくらいで、私生活は大丈夫だって。だけど、来週の試合は大事を見て見送ることにするって。』


 -硬球が頭に当たったんだ。今、おうちで安静にできているだけで運がいい方かもしれない。おでこの真ん中だったから、当たりどころが良かったといえばそうだけど。


「まぁ300人も生徒がいれば1、2人くらい経験者とか野球わかる人いるでしょ」


 そんな楽観的な恋の横で、満月は筆箱に野球選手のユニフォームキーホルダーを付けた一人の女性を思い出す。が、同時ににらめつけるような視線をも思い出し、「そうだね」と口短に呟いた。


 -あの人じゃ難しいか…?


 そんな思い悩む満月に対し、


「そういえば」


 と、話題を変えるぞと言わんばかりに途端に恋が通学路の前方、2つの傘の方へ指を指す。


「始音、あんなメガネっ娘と話してたっけ?」


 黄色い傘が横に向くと、話に花を咲かせる始音の姿が見える。確かに、始音は理子、もしくは杏子と早矢華と一緒に来ているイメージがあった。だけども、いつも和顏愛語(わがんあいご)な始音の事だ。誰とだって仲良く接しているところは簡単に想像できた。


「まぁ今じゃクラスに人気者みたいなとこあるし、なんていうかああいうのも一種の才能なんだな〜って始音を見ているとつくづく思うよ。わたしなんて昨日何されたと思う?クラスのみんなの前でこうやってググーッとここを掴まれて___


「ははっ、そりゃドンマイだな!」



 もうじき梅雨の季節である。



***



「そう…よかった、森山さんは無事なのね。……そうね、今日は土曜日の試合に向けた話し合いをしたほうがいいかもね。マサさんにはあたしが伝えておくわ」


 新品同然のオフィス椅子に腰を深くかけ、口に手を当ててながら、今日の勉強会の監督役であった彩野は立ち上がる。今日も欠席連絡があったここなを除く部員は各々、好みの体勢で勉強机に座り、話を聞いていた。


「でも、助っ人と言ってもみんなに心当たりはいるの?女子野球ってバレーやダンスに比べたらそんな有名じゃないし…」


 彩野同様、これといった手がかりを持つ人は誰もいなかった。満月・果凛・輝夜の3人は、男子中心が当たり前なシニアリーグでプレイしており、少なくとも学校や名簿で目に付くような選手はいない。そのほか、三女野球部員が通っていた中学でも、そもそも女子が野球を行う文化がなかったり、別の高校に行ったりしていたため、有力な情報が出ることはなかった。


 会話が行き詰まりかけ、彩野もため息を漏らそうとした時である。


「グッドモーニング!伊住うららです!…あ、いたいた金子さん!失礼します!」


 そう話すと、うららは返事も待たずに机の間を縫うように歩き、彩野の「あっちょっと!」と止める声にも反応せず、スタコラサッサとちひろの席の前に立つ。


「この前の試合の写真、現像できたので持ってきました!この“飛びキャッチ”の写真とかすごく良くないですか!?それとか、このホームランの写真も角度よく撮れたんですよ!それとかほら!これとかも!」


 写真のことになると周りが見えなくなるようだ。


 うららの前に座るちひろの、「伊住さん、静かに…」の声で、ようやく静寂になった部員たちの存在に気づいたのかもしれない。


「……」


「あっ、皆さんもぜひ見てください!これは野球部の皆さんが被写体の写真達ですから!どうぞ!」


 そういうと、近くの空席に写真を並べ始めるが、違う、そうじゃない。


 彩野もやれやれと思っていると、写真を並べ終え満足げのうららに、座ったままのちひろが声をかける。


「伊住さん、もし、もし知ってたらでいいんだけど、この学校に野球経験者とか野球に興味があるって人知ってたら教えて欲しいんだけど」


「えっ、どうしてですか?」


 どうしてって…と、固まってしまったちひろに代わり、恋が簡単に説明した。


「なるほど、森山さんは次の試合に出れないんですね?」


「まぁ、そういうところだ」


「ふむふむ…伊住うららの顔は狭いけど、写真部うららの顔は広いですからね!」


 -どうでもいい。あとこいつ無駄に小顔っぽいのがムカつく!


 と今にも胸ぐらを掴みかかりそうな恋を理子と満月が止める。そんな彼女らをよそに、うららは閃いた!と頭に電球を灯す勢いで話し始めた。


「たしか、合唱部に一人、野球をやっていた人がいるって聞きましたよ!」



***



 【その合唱部の人は、いつも友達と食堂の決まった席でパンを食べている】。その情報を基に、満月・恋・そしてうららは昼休みに食堂へ再集合していた。


 ちなみに、満月はお母さんが弁当を作るのを忘れた時利用し、恋はほぼ毎日ここで買い弁をしている。


「いたいた、あちらの席です!」


 うららは左の指先を奥の席、両脇に席をあけた2人組の方へ差し出す。


 こんな人でも人差し指を人に向けないってマナーだけはあるんだ…と席に近づくと、その人達は明らかに、そして鮮明に覚えているあの顔であった。


「ハロー!ちょっと野球部の人が用ありなんですけど、よろしいですか?」


 うららの声に、ラベンダーのヘアピンを付けていた女の子と話していた彼女は、目つきを変えて言葉を返す。



「何ですか?」



 間違いない。“穂乃果”と呼ばれていた、長髪のあの人だ。

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