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ガラスの満月<ミヅキ>  作者: ミホリボン
第1章
33/35

28球目「絶対に連れていくから」

『練習試合で打てなかった?本間サン、ダイジョーブダイジョーブ、デス!プロフェッショナルベースボールも、サーティー(30)%ヒット打てれば“ファーストクラス”デス!ウイングスのピッチャーもジュニアハイスクールではファーストクラスにすごいピッチャーでした、バットに当てただけでも上出来デス!』


 ー翌日ソフィーさんにはそうやって元気付けられたよ?でも結果が出なかったし、エラーもしちゃったし、へこむなぁ〜......


「あ〜お腹すいたぁ〜...」


 ー考え事をすると、いつもお腹が空いてしまう。こんな時に大好物のカレーパンをくれる人とかいないかなぁ...


 2時間目が終わった休み時間。手に顔を置く始音のお腹は、昼食まで待てないと小さく鳴いてしまう。


「あ、あの......」


 そう話しかけてきたのは、始音の右に座る、小柄でメガネをかけた物静かな女の子。


「ご、ごめんねいきなり話しかけて。お腹が鳴って困ってるかなって思ってから、もしよかったらこのパンを......あ、これは昼ごはんが多かったからいらない、と思っただけで本間さんが変に気を負ったりはしないで欲しいから......はい」


 そう言うと、彼女は両手でカレーパンを始音に差し出す。


「ねぇ」


「あ!はい!め、迷惑でしたよね、いきなりこんなこと...」


 差し出した両手を引こうとするが、始音はその細い腕を掴む。


「それ......カレーパン!?」


 両手でビニールを雑に破き、まるで乞食のようにがっついた。


「あなたは大天使ガブリエルですか、それともその子孫か何かですか?」


 一瞬でたいらげ、カレーを頬につけた始音に、女の子は愛想笑いで答えた。


「い、いえ、【豊島碧とよしまあおい】です...」



***



 その日は2人の息が合ったかのように、休み時間中は行動を共にする時間がほとんどであった。


「へー、碧は沼地(ぬまち)中出身なんだ!...ってどこだっけ、ここら辺のことよくわからないんだよ!」


「沼地市って地名にはなってるのですけど、駅名は【大塁(おおるい)】と言ってこの三吉の隣駅なのですよ?」


「あーはいはい大塁ね!...行ったことないけど」


「急行電車も通り過ぎてしまうくらいのですからね...本間さんはどこ中出身なのですか?」


「あー、わたしは河原西中。わかる?あのド田舎。あそこらへん、電車も通ってないからいつも自転車で45分かけて河原駅まで行って、そっから駐輪場とかで...電車で4駅、駅からも歩くし、ここまで来るのに下手すりゃ1時間半かかってるよ。あと、堅苦しい言葉じゃなくていいよ〜、同じクラスメイトじゃん」


 碧は首を横に振る。


「いいんです、昔から目上には勿論、目下の方にもずっと敬語で話してきましたので...」


 そう話す葵の目は、まばたきを繰り返し、始音の一挙一動を伺っていた。

 

「そっか、それが”豊島碧“という人間なんだね!」


 始音の言葉を聞いた瞬間、碧は自身の視界が明るくなるのを感じた。


「やっばソフィー先生に呼ばれてるんだった!これからも何かあったらよろしくね!碧!」


 碧が声をかけようと立ち上がった時には、始音は走って教室を出て行ってしまっていた。



ーーー


 

 火曜日の5時間目、英語の授業を終わらせた満月は机に伏せていた。


「......」


 クラスメイトは皆、こうなった理由を知っている。


「......」


 野球部の顧問、ソフィー先生による英語の中間テストでクラス最下位の点数を叩きこんだ満月を、ソフィー先生がいじめにいじめこんだのだ。


「あれじゃまるで個人塾だよね...」

「いくら部活の部員だからってあそこまで色々を露わにされて...同情しちゃう」


 6時間目は体育。周りが着替えを進める中、それでも制服姿で机に伏せている。


「...ミヅ〜、次は体育だよ、早く着替えないと〜...」


 理子は満月の耳元で囁くが、返事はない。ただの抜け殻のようだ。


 どうにかしないと、と焦る理子のを横に、一本の腕が伏せる満月のポニーテールを掴み、首を無理やり前に向かせた。


「イデッ......えっ」


 たまらず頭を抑える満月の正面には、満月と同じ体育委員のクラスメイト、松原の鬼のような形相。


「なぁ...満月、今日も体育委員の仕事サボる気か...?」


 狩人に見つかったかのようなウサギのように冷や汗を浮かべる満月。


「お前お前お前お前最近は野球部で試合があるからって多めに見てたけど、今日はしっかりと体育準備手伝ってもらうからな!!」


 松原は決して真面目なヤツではないがメリハリがしっかりしており、与えられた仕事はキチンとこなすタイプだ。そして......4組の女性体育教師”鬼教官“灰塚”となぜかウマが合う。


「わ、わかったよ今すぐ着替えるから!」


 満月は椅子から飛び上がり、ハイハイハイハイとトントン拍子に体育着へと着替える。そして......


「......あの満月ちゃんが後ろ首を鷲掴み......」


 理子の目の前で、松原に連行されていったのである。



***



「はぁ〜、体育の準備なんてみんな来てからパパッとやればいいじゃ〜ん...」


 今日の体育の科目はサッカー。授業前に満月ボールのカゴやラインカーを運ぶのが、体育委員の業務なのである。


「わたしだってそうしたいよ〜、でもちゃんとやらないとあの人に怒られるからな。」


 ー鬼教官の事だろう。何かとケチつけてきて怒られる体育の授業は...フツーに楽しくない。悩みがいっぱいだ。テストのこと、体育のこと、野球部のこと、ここなのこと、果凛の......


 満月がそう考えていた瞬間と、体育倉庫の中のある物が視界の入る瞬間がマッチする。


「ねぇ、これ......



***



 その日の放課後。ここな不在の中がが始まった練習で、投球練習の予定だった果凛を満月が引き留めた。



「...満月ちゃん、軟式のテニスボールなんて使って何をするの?」


『ねぇ、これ......余ってるのがあったら少し借りたいんだけど』


 体育倉庫に入っているのは全部使って大丈夫だよ〜、とテニス部の部長に許可をもらい、拝借したのである。


「前の試合、初めてピッチャーライナーを打たれたと思うんだけど...やっぱり怖かった?」


 満月は優しく語りかける。無意識にそうなったのは、自分もそれを“怖いもの”だと分かっているからかもしれない。


「...うん......や、やっぱり満月ちゃんにはなんでもおみとおしだね。あれから、ピッチャーは怖いものなんだって...思いたくないけど、それでもバッターがいるとあの時の恐怖が常に背中に染み付いてくる。...臆病だよね、わたし」


 作り笑顔を浮かべる果凛にテニスボールを1球、軽く放り投げ、果凛もそれをグローブでキャッチする。


「少なくとも、初登板にカーブで三振を奪ったあの果凛は臆病なんかじゃなかったよ。もしそれでも臆病風が果凛を追いかけてくるなら」


「わたしが手を差し伸べて、絶対に連れていくから」


 ー満月ちゃんにはかっこつけな一面がある。わたし以外みんな男の子の野球部で三年間やってきたから、自然と男らしさが移ってしまったのかもしれない。


 ーそれが今はとても温かく、愛おしい。



 ...試合後、練習が終わってすぐに逃げ出してしまったわたし。


『...ちょっと体調が良くないから、わたしは先に帰るね!』


 ...それから、ママとパパの墓の前で泣き崩れたわたし。


『...わたし!事故のことを思い出しちゃって、ママとパパの事も思い出しちゃって、チームにも迷惑かけて...!野球が、すごく怖くなって...!......!!!』


 それでも。


『ストライク!バッターアウト!』


 あの時の気持ちをまた味わいたい。だから。


 果凛はグローブの中のテニスボールを、力強く、力強く握りしめた。

 

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