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ガラスの満月<ミヅキ>  作者: ミホリボン
第1章
31/35

26球目「天才の苦悩」

 ここなを無事見送った薄暮の時間、生田目もまた、中間テストの採点に手を追われていた。


 生田目が担当する教科は地理。三吉女子高等学校では1〜5組の【普通科】と6・7組の【英語科】、そして8・9組の【理数科】に分かれており、生田目は英語科と理数科の地理を任されている。


 透明なデスクシートの上に置かれた無地のカップを人差し指で持ち、純黒なブラックコーヒーを口に流す。


(まさる)くんおつかれ!初試合は勝利した?こっちは快勝だよ快勝!」


 生田目の右隣の席。1年7組の顧問で数学担当、バスケ部の顧問を務める【吉村修(よしむらおさむ)】がデスクチェアにもたれかかる。


「お疲れ様です吉村さん。初めてにしては彼女達もいい試合を見せてくれたのですが......」


「さっきの送り向かい、か。いろいろ大変そうだな」生田目より明らかに歳を重ねているであろう吉村は、チェアにもたれながら事務らしき人物にコーヒーとシロップの紙筒を2つ受け取る。


「吉村さん、本当にシロップ好きなんですね......」


「コーヒーが苦いから仕方なくいれてるだけだよ、いや、ここのコーヒーがってわけじゃなく全てのコーヒーの美味さがいまいちわかんなくてな。それよりどうだ、うちのクラスの出来は?」


「申し訳ないですが今6組の答案に手をつけたところです」


「そっかぁ〜、6組だけには絶対負けたくないからな〜おまけしといてな」


「駄目です」



「生田目先生、部員らしき生徒が顔を見せています」


 胸に【(じょう)】と綴られた名札をつける事務の女性が生田目を呼ぶ。


「城ちゃん僕にはなんかないの〜?」


「ないです」


 吉村を冷たくあしらった(じょう)を後に、生田目は職員室の入り口に向かった。



「芥川さん......」


 蛍光灯が照らす壁の隅、ジャージ姿の輝夜は目を逸らす。


「部活終了後に失礼して申し訳ありません。小宮山さんについて少し話がしたくて」


 場所を変えましょう、と生田目は近くの教室を借りて、芥川を座らせた。


「交代した6回の初めから、普通の投手にはない違和感はありました。責任感に近い、でも行き過ぎてるような......彼女の性格から見ても、異質な空気を漂わせていたのは覚えてます」


「自分ではどう言葉を伝えればいいか正解が出ず......生涯の捕手生活でこれ以上無いほどの実力不足を感じました。7回、逆転されてしまったのは小宮山さんの気持ちを汲み取ってあげられなかった自分の責任です」


 輝夜の視線は、生田目が机の上に置く両手から離れない。


「そうならば、私に何を?」生田目も輝夜の顔を凝視する。


「小宮山果凛のこと、何か知らないでしょうか......近づきたいです、彼女との心の距離を......」


 生田目を含めた三好女子野球部の前で初めて吐いた輝夜の弱音。


 生田目は一度目を閉じて瞑想する。芥川さんはあの事件についておそらく聞かされていない......


 息を吐き、目と口を同時に開く。


「......たとえ知っていたとしても、今の時点であなたに話すことはないでしょう。未知との遭遇を前にして芥川さんは焦っているのではないですか?...... 彼女と出会って約1ヶ月半。たったそれだけの時間で人が人の根本を理解できる」とは私には思えません」


 ーすぐに答えを探そうとする性格。あなたのような人物は一見冷静を装っているが、一度崩れると脆い、【ガラス】のようなもの。


「あたしは......」輝夜の声が徐々に乱雑になる。


「あたしはこんなステージでつまづく訳にはいかない!」


 黄昏時の教室、一本の蛍光灯に照らされた生田目は首に手を当て、一度首を回す。


「芥川さん、やるせない心情であるあなたに今言う言葉ではないかもしれないですが......あなたは決して “天才” ではないのです。そして同時に小宮山さんの気持ちを簡単に理解できるような人間でもない......」


 使い始めて間もないはずの白い蛍光灯が一瞬切れる。


「私もそうです、あなた達のことを何も知らない。一緒に、焦らずに一段ずつ昇っていけばいいのではないでしょうか?あるプロ野球選手は言ってました。


 『野球は人と人を繋げる掛け橋になれる』と」


 初試合。昼の青空に浮かぶ月のように、皆が孤独に戦っていたのかもしれない。


 母が試合観戦に居なかったのを指摘する満月、教室で一つ照らされた蛍光灯の下で机を叩く輝夜、ベッドの上で返信を待つ恋、一人薄暗がりの道を歩く果凛。


 その夜は、いつも以上に風が強く、肌寒かった。



ーーー



 翌日、普段通りの練習メニューをこなしす部員達。ここなは大事を取って家で療養。生田目監督も女子野球連盟の方の出張で姿を現すことはなかったが、彩野先生が夏大会までの練習試合の日程表を作り、部員達に配る。


 6月8日(土)雉ヶ原清風(きじがはらせいふう)高(雉)

 6月15日(土)越村東(こしむらひがし)高(三)

 6月16日(日)北見沢西(きたみざわにし)高(北)

 6月23日(日)大槻開成(おおつきかいせい)高(大)

 6月30日(日)梅村女子(うめむらじょし)高(三)

 

 ※()内は開催する高校の頭文字


「ねぇ満月、こいつらってどれくらい強いの?」


 野球素人全員が抱いていた疑問を、いろんな意味で安直な早矢華が真っ先に聞く。


「うーん、私も長いこと野球やってるつもりだけど......」


 満月の発言に、素人集団がそろって息を呑む。


「よくわからない!アハ!」満月の平常運転ぷりが遺憾無く発揮された瞬間であった。


「あのなぁ満月......!」恋にゲンコツを入れられた満月は頭の上で星をくるくる回す。


「わ、わたしも詳しくはわからないけど、この『梅村女子』ってところは県大会ベスト4入りとかもしている実力高だよ!」やっぱり野球の実力以外で頼れるは果凛とただ1人紙を見つれる輝夜で間違いない。


「他は頼れるバッテリーがいる分、わたし達の方が有利......なんじゃないかな?」果凛の憶測に越したことはない、がそれを聞いた素人集団は安堵の表情を浮かべる。


「まぁ当面の目標は、【打倒梅村女子!】ってとこかな?」


「あっこれ足元をすくわれるってヤツだ!早矢華知ってる!」


 知ってても縁起でもないことを言うな。顔にシワを寄せる満月であった。



ーーー



 月曜日。それはテスト返却が始まる、審判の時。


 三吉女子高等学校の休み時間は、かたや欣喜雀躍、かたや平々凡々、そして阿鼻叫喚が教室をこだまする。


 混沌の中、野球部のエース、島内満月は......


「あああああああああっぶね古典ギリ赤点回避!ありがと果凛、ここ出そうって問題ほとんど出たよ!天才!預言者!?」


「そこまでのことじゃないよ......だけど満月ちゃん唯一の欠点は回避できたことだしこれで安心だね!」


 果凛が手を合わせて喜んでいると、クラスメイトの理子も自らのテストを2人へ見せる。


「見て見て78点!わたしにしてはよくやった方......あ、満月ちゃん赤点回避おめでとう!」


「サンキュー理子!次の英語も自己採点では40点越えてたし順調な滑り出しだよ!」


 しかし現実はそう甘くはない。


 3時間目・英語


「小宮山サン!」


「はい!」英語の担任・ソフィー先生は名前の順で一人一人名指しで配る。


「小宮山サンハ授業ノ態度ガソノママテスト二成リマシタネー!」


「ありがとうございます!」


 相当良かったのだろう、ソフィー先生も笑顔だ。


「島内、サン!」


「はい!」


 自身ありげに教師机へと向かう。道中、一番前の席の理子が、左手でグッドマークを作る。理子も満足した点が取れたらしい。


「......島内サンハ......」


 満月は、半分に畳んで差し出された答案用紙を受け取る。


 ソフィー先生の真剣な表情が緩くなり、満月が勝利を確信した瞬間であった。

 


「赤点デース!」



 笑止千万呵呵大笑。ソフィー先生もクラス中に笑い声が響く。腹を抱えて笑う理子に苦笑いを浮かべる果凛。


「まじか満月赤点か!笑」


「よっクラス初の赤点王女!」


 クラスメイトに煽られながら、満月は静かに席についた。



ーーー



「ハァーーーー............ーーー......


 魂が抜けた満月と満足の2人は、次の授業・生物の授業のために実験室へと向かう。


「た、魂抜けちゃったね満月ちゃん......」


「フラグ建築士の名は伊達じゃないね」


 黒いカーテンがかかっている引き戸の前に到着し、理子が扉を開けようとすると、扉は独りでに開く。


「うわぁっ!!!」


 理子と誰かがカーテン越しにぶつかったみたいだ。


「ご、ごめんね!大丈夫!?」


 理子は先に立ち上がり、相手の元へ膝歩きする。


「こちらこそごめんなさい、痛くなかった?」


 肩まで伸ばした質感のある長い髪。切れるような鋭い目とは裏腹の優しい口調で理子に応える。


「はい“穂乃果ちゃん”、常に入り口は気をつけないとね」


 膝を曲げ穂乃果の筆箱を拾うのは、左目の上にラベンダーのヘアピンをつけた小柄な女の子。


「ありがと“リリ”、でもわかってるわよそれくらい」こっちが彼女の素の口調なのだろう。


 渡された筆箱には、満月が知る野球選手のユニフォームキーホルダーがついていた。


「ねぇ、もしかしてあなた野球......


 野球。満月がそのワードを発した瞬間、


「興味ないわよ野球なんて」と少し荒げた口調で満月に返した。


「行こう」穂乃果は心配そうに何度も振り返るリリを連れ、実験室を後にした。



 生物のテスト返し。満月はまたも赤点を宣告された。


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