1球目 「すっぽ抜け」
「おはようお母さん!...あれ、お父さん今日は珍しく起きてるんだね」
自らの部屋からパジャマ姿のまま降りてきた満月は物珍しげにお父さんへと視線を向ける。
「今日は早番だからね、これ食べたらすぐに行くよ」
と、メガネをかけ勇ましい面構えをした満月の父は朝食であるコッペパンを口に入れる。
「満月も早くパン食べて準備しなさいー!今日入学式なんでしょー?」
台所の奥からお母さんの声が聞こえる。
大丈夫、そのために今日は30分余裕を持って起きたのだと満月はダイニングテーブルの上にあるコッペパンを時間をかけて食した。
待ちに待った高校デビューである。
朝食の後自分の部屋でブレザーに着替え、高校デビューのために予め買っておいたブランド物の香水、ハンドクリームと準備を進め、仕上げには黄色い丸、満月がついたヘアゴムでポニーテールを作り上げる。夜空のような黒い髪にある満月のヘアゴムは一層目立って見える。
余裕を持っておくはずだった朝の準備時間は準備を進めるうちになくなってしまい、結局家を出たのは駅まで歩いて目的の電車に間に合うギリギリの時間だった。
満月が住む ” 伊奈瀬駅” を上りの方へ2駅、5分ほどで高校の最寄り駅である ”三吉駅“ へと到着する。一週間前に学校までの道を確かめに歩いた時には高校までの一本道を歩き、10分ほどで着いた。
入学式ということもありいくつかの種類のブレザーや学ランを着た高校生で混み合った電車から降りた満月は、側から見ても分かるくらいにキョロキョロと人を捜していた。
その人とは事前に駅で集合する約束をしていたため駅のホームに最後まで残って捜していたが見つからず、自動改札を降り高校がある北口への階段へ向かうところであった。
「満月ちゃーん!」
呼ばれた声に満月が振り向くと、そこには見覚えのあるアホ毛が目立つ同じ制服の女の子が立っていた。
そう、彼女こそ、私が捜していた友達「小宮山 果凛」であった。
***
北口の階段を降りると、心地いい冷風が2人の頰を通りすぎる。その風は2人の新しいスタートを見透かしたかのようだった。
北口のロータリーを右回りに歩くと見える一本道。横に4人並ぶ程の広さがある、整備されたタイル状の歩道を満月と果凛は足並みを揃えて歩いていた。
「久しぶりだね。確か、成人の日にキャッチボールした以来だよね」
「果凛が “カーブ” を完成させた時だったね。......ごめんね、あの日からはやっぱり受験勉強が忙しくてさ......果凛と違って模擬テストの判定がCだったから遊んでられなかったよ、いいよねぇ果凛は、ずぅーっとBかA判定だったもんねー」
「......で、でも満月ちゃんの教え方がうまくて、“カーブ”と言えるくらいまで特訓に付き合ってくれた満月ちゃんには感謝しきれないよ。」
「わたしに硬球の“カーブ”は合わなかったからね。色々試したけどやっぱ “アレ” がしっくりくる、素直だし」
満月がそう呟くと果凛はクスクスと笑いながら満月を見つめる。
なぜ笑っているのか分からない満月であったが果凛がボソッと呟いた言葉を聞いた満月は顔を赤面するのであった。
「すっぽ抜け♪」
それが起きたのは中学3年の夏、男女混合の硬式野球チームでの満月の引退試合であった。




