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ガラスの満月<ミヅキ>  作者: ミホリボン
第1章
29/35

24球目「崩壊の音」

 それは突如として起きた。


 高々と放物線を描く白球。三峰を始めとした水上ウイングスの全員が、足を止めて打球の行方を目で追う。追わないのではない、確信していたのだ。それがフェンスを越えると。


 6回表・0アウト1塁、4番芥川のライトフェンスを大きく越える完璧な2ランホームランでその差は3点に広げた。(3−0)


 打たれた本人である三峰は、むしろ称賛するように口を緩め、「フフフ......」と不気味なオーラを放つ。


「ほんとにやっちゃったな!すごいよ!」本塁で輝夜を待つ始音のハイタッチに、輝夜も無口で返す。


 三女ベンチは大喝采。中には人生で初めて”ホームラン“を見た者もいた。


「やばっ!すごっ!球ってあんなに飛ぶのか!」表情を固めて驚きを隠せない早矢華。


「最強!やっぱ輝夜は最強キャッチャーだよ!好き!惚れる!」


「やめろ!輝夜をそういうキャラに仕立て上げるな!!!」


 ベンチでは戻ってきた輝夜に満月が熱い口づけを交わそうとするも、恋が必死に止めていた。

 

 チームメイトの熱烈な歓迎の中、輝夜は仕草だけでお礼を返し、ベンチに座る果凛の元に行く。


「最後は任せたよ」


 果凛にしか届いてないであろう小さな声。輝夜はその一言だけささやくと、ヘルメットを着け、選手間で回している1塁コーチャーの理子と交代する。


「............」


 自らのグローブを被せるように左手で抑える果凛の身体は、微かに震えていた。



ーーー



 6番島内がフォームを崩しながらもスライダーをライト前に打球を落とすも5・7・8番に快音はなく、遂に最終回を迎えた。


「よっしゃあと3アウトだ!」ここなが見逃し三振をすると同時にベンチを駆け出す始音。


 彼女につられてベンチを出ていく人の中、恋は3球を見逃して帰ってきたここなを心配する。


「いくら初心者はいえ一度も振らずに帰ってくるのはな......いつもやる気なさそうだけど、今日は特にだぞ......日差しにやられてねぇか?......とりあえずあの”寡黙ヤロー“が点をとってくれたんだ。あと3アウト、気張って行こうぜ」


「わかってるよ」ここなは素っ気なく返す。


 ー意識が朦朧とする。ここな、緊張のせいでまともに睡眠とれてないんだよな。ギリギリまで嘘ついて休もうと思ったけど、また恋に怒鳴られるからなって考えて......眠いけど、ここなが立つ場所にはまだ一球もボールが飛んでこないし、大丈夫だろ......


「ここな、無理はするなよ。あの償いをするのはあたしだけでいいんだ。スポーツってのは......夢ややりがいが無くなったら......そこで終わりなんだ」


 そう話す恋の言葉は、ここなに告げる反面、己を戒めるようだった。


「夢、やりがい、か......ここなには......」恋が去った後、ここなも己に問うた。


 子供の頃に誰もが描いた将来の夢。ここなは欄だけは空白だ。先生の言葉をいくら聞いても、情熱というものは湧いてこない。だって、自分みたいな凡人がなれるものではないとわかっていたから。


 小学生の頃に見た好きなアニメのエンディング、2人の美少女が画面の中を踊るあの光景。それを見た時から、わたしはなる側ではなく、応援する側の存在であることに気付いた。今まで出会った人の中に、将来の夢を叶えた人は何人いるのか?少なくとも、わたしの周りで幼い幻想を叶えた人はいない。ママも、パパも、よくいくスーパーのおばちゃんも、ちっちゃい頃はよく構ってくれた近所のお兄さんも............


 ここなが進む一歩一歩の足取りは、重く、どこか虚しい。試合前に感じた嫌な予感は今まさに起きようとしている。センターを守る満月にはそんな気がして止まなかった。



 7回表、遂に最終回。勝利の味というものを味わいたい、三女の決死の守りが始まる。


 と思われたが、果凛の様子が6回とはまた違う違和感を纏っていた。


 最初に気づいたのは同じ投手の満月。満月がベンチからマウンドへ走る果凛の背中を押した時、それは感じた。


 萎縮している。中学生の果凛の初出場試合、中学最後の試合でも今と同じようなそぶりを見せている。普通ならば(緊張しているのだろう)と取れるが、6回の初登板時、彼女は緊張というより早く試したい、挑戦的な心持ちだったことを近くにいた満月は知っている。


 次に感じたのは輝夜。水上ウイングスの攻撃が始まり、先頭打者の7番武内が打席に入ってからだった。


 6回の時ほどではないものの、投球練習の時には球は()()()()。しかし、打者が立ってからは別人かのように直球の威力が半減していた。


 案の定、3球目に甘く入った直球がセンターへ返されてしまう。


「レフト!ちゃんとカバーはしっかりやってよ!野球は助け合いのスポーツって言ったでしょ!?」


「ごめん!忘れてた......」完全に頭から飛んでいたここなは、満月の叱咤に肩を落とす。


 ー辛い。たった一つのことでなぜここまで怒られなくちゃいけないんだ?


 でもあと3アウトで終わる、とここなは果凛を見る。極度に額に汗を浮かべて肩で息をしているのがレフトから見ても分かるほどには、果凛に焦りが見えていた。



 続く8番小野の打球も捉えるもファーストを守る恋がガッチリと捕球し、無理せず1塁を踏む。


 1アウト2塁。一粒の安心を得るも、全国準優勝の維持が三女に襲いかかる。


 9番鈴木が四球を選ぶと、1番増田の腰にナックルカーブが当たり、増田はガッツポーズをして1塁へと走り出す。


 あっという間に1アウト満塁、続いてリベンジをしたい2番則本が見事にナックルカーブを捉え右中間に落とし、2点を返す。本塁へ帰ると逆転となるバッターランナーも2塁に足を置き、尚も状況は1アウト2、3塁。


 このままでは終われない。3番赤田のうまく転がした三遊間のバウンドゴロをショート理子が横っ飛びでキャッチする。


 立ち上がった時には俊足赤田は一塁を駆け抜けており3塁ランナーの得点を許すも、抜ければ2塁ランナーが帰り、逆転されることもあり得たこの場面。守備の人が魅せた充分すぎるファインプレーだ。


 状況は3-3の同点で1アウト1、3塁。最悪な状況で4番三峰を迎えることになった三女。


 輝夜はその黒い瞳で生田目監督が動かないのを確認する。


 ー今日は監督自身が動かないって言ってたし、タイムを極力使わない予定だったけど、仕方ない。


「タイムをお願いします」


 内野陣を集め、状況、シフトを確認し合う。内野バックホーム体制。ゲッツーを取るチャンスもある中、1点を確実に死守する輝夜独断のシフトを取る。


 ー小宮山さんに何が起きたかはわからないけど、伝えるべき事は伝えた。今、出来ることは善処したはず......!


「よろしくお願いします、フフフ......」


 ホームベースにバットを置き、フォームの形を作る三峰。


 マウンド上、肩で息をする果凛。


 一人地面へ向くここな。


 そんなここなを伺うかのように1歩、2歩とレフト側へ地面をこする満月。



 3球目を投げ、カウントは1ストライク2ボール。


 4球目、果凛の投げたインコースへの直球。


 瞑想するかのように神経を研ぎ澄ませた三峰がこれを見逃すこともなく、気持ちが良いほどにスイングでレフトに打ち返す。


 打球の行く先はちょうどレフトの定位置。動かなくても補給が可能な位置に立つここなであったが、カバーへ向かう満月は走る刹那、ここなの両腕が補給態勢に入らず、宙ぶらりんになっていることに気づく。


「ここな!!!打球!!!」


 敢えて名前で呼んだ満月の掛け声にここなが意識を取り戻す。


 ーえ?球が近っ......


 が、掛け声虚しく、打球はここなの顔面に衝突、その反動でここなは頭から地面に倒れる。


 人体と硬球がぶつかる鈍い音。


 左手から抜けた赤いグローブが、ここなの身体からこぼれ落ちた。

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